ストーンゴーレム
翌朝。
ゴーレムのダンジョンの入り口に、僕らは集まっていた。
「さて、今日の目標は――二階層、だね」
僕が言うと、三人がうなずいた。
「二階層からはストーンゴーレムが出てくるんだろ?」
ナズカが杖を軽く叩きながら言う。
「うん。クレイゴーレムよりも硬くて、打撃も重いらしいよ」
「でも、僕の魔法なら問題ないさ」
ナズカが自信ありげに笑う。
「そうだね。だから一階層ではナズカの魔法は温存しておこう。
できるだけ消耗を抑えて、二階層で本命の戦いに備えたい」
「了解。じゃあ、今日は私の鞭の出番ね」
マリィが腰の《ウッドゴーレムウィップ》を軽く叩いて言った。
昨日の少し残念そうな表情はもうない。
新しい武器を試す機会が来たのが嬉しいのだろう。
その姿を見て、リリエットがふっと微笑む。
彼女の表情もいつも通りで――それが何より安心だった。
僕たちは短く頷き合い、ダンジョンへと足を踏み入れた。
* * *
一階層は昨日と同じく、湿った土の匂いが立ち込めている。
階段を降りてすぐの通路を進み、十字路を曲がると早くもクレイゴーレムの姿が見えた。
「行こう」
僕が構えると、マリィが右斜め前方に飛び出し鞭を振り上げた。
鞭がしなり、クレイゴーレムの胴体に絡みつく。
マリィは鞭を引いて、クレイゴーレムの動きを封じようとした。
だが、巨体はまったく動じない。
「……ちょっと大きすぎるわね!」
焦り気味に言いながらも、マリィはなおも力を込めて鞭を引く。
けれど、やはりマリィの腕力では動きを止めるのは難しそうだ。
「無理はしないで。ここは僕とリリエットに任せて!」
リリエットと並んで前へ出る。
僕が盾で拳を受け止め、リリエットの剣がクレイゴーレムの腕を切り裂く。
重い衝撃が腕に響くが、昨日よりも冷静に対処できている。
そうしている間にマリィは鞭を手元に引き戻し、短剣を抜いて背後へ回り込んだ。
そこからはいつもの連携だ。
慎重に攻撃を重ね、少しずつクレイゴーレムを削っていく。
やがてクレイゴーレムは倒れ、光の粒となって消え、ドロップアイテムの粘土だけが残った。
少し時間はかかったが、危なげなく最初の戦闘を終えることができた。
「動きを止めようと思ったけど、なかなか難しいわね」
マリィが鞭を巻き取り、腰に戻しながら肩をすくめる。
「でも、感じは悪くなかったと思うよ。動きを完全に止めなくても、阻害できれば十分だから、次は狙いを変えてみよう。手とか足とかさ」
「そうね。やってみましょう」
その提案に、マリィがうなずいた。
* * *
二体目のクレイゴーレムとの戦い。
今度はマリィが先に動いた。鞭が地を這うように伸び、ゴーレムの脚へ絡みつく。
「今度は足よ!」
鞭が締まり、粘土の脚がきしむ。
ゴーレムは踏ん張って転倒までは至らないが、動きが鈍った。
「いいね、今だ!」
僕とリリエットが同時に踏み込み、攻撃を浴びせる。
渾身の力で振り抜いた斧が、クレイゴーレムの左腕を切り飛ばした。
こうなると戦闘はぐっと楽になる。
その勢いのまま、あっという間にクレイゴーレムを討ち倒した。
マリィが息を吐き、満足そうに笑う。
「ふふ、今度は上手くいったわね」
「うん。狙いを変えて一発で成功なんて流石だね」
この調子なら魔法を温存しながら探索できそうだ。
順調な滑り出しだった。
昨日の探索で一階層の地形はほとんど把握していたこともあり、その後もスムーズに進行できた。
数度の戦闘を経て、通路の奥に続く石段を見つけた。
「……あったね。これが二階層への階段だ」
* * *
二階層に降りると、空気がひんやりと乾いていた。一階層と何も変わらないはずだが空気が冷たく感じるのは、緊張によるものだろうか。
一度、大きく深呼吸をして、探索を始める。
最初に出会った敵は、一階層と同じクレイゴーレムだった。
二階層ではまだこの種が多いという話だったので、順当なところだ。
マリィの鞭で先制し、動きを止める――そんな流れが形になってきていた。
もちろん、毎回上手く足に鞭を絡められるわけではない。
初撃が上手くいかなかった場合、マリィはいさぎよく鞭を捨て、短剣に持ち替えて援護に回る。
鞭の軌道を制御するには慣れが必要だ。
僕やリリエットが前に出てしまうと、まだ不慣れなマリィでは誤って僕らに当ててしまう可能性もある。
だから、うまくいかない時は潔く切り替える――それが彼女の良いところだ。
きっとそのうち慣れて、戦い方の幅も広がっていくはずだ。
そうして二階層でも順当にクレイゴーレムを倒していく。
階段からそれほど離れずに探索を続けていると、
やがて、今までのものとは明らかに違う気配を感じた。
「……いたね」
視界の奥、通路の影からゆっくりと巨体が姿を現す。
灰色の岩のような肌。クレイゴーレムよりも一回り大きく、
丸みを帯びていた粘土の体とは違い、角ばった輪郭が力強さを際立たせている。
動くたびに、細かな石片がぽろぽろとこぼれ落ちた。
「これが……ストーンゴーレム」
リリエットが小さくつぶやく。
巨体は、ゆっくりと、だが確実にこちらへと歩を進めてくる。
粘土のゴーレムとは違う――重く、冷たい威圧感。
これからが、二階層の本番だ。




