静かな夜に
鞭の性能は、マリィが期待していたものとは違っていた。
けれど、敵の動きを妨害する武器としては悪くない結果だと言える。
僕らはそのまま宿の食堂で夕食を取り、素材の使い道や今後の探索について、取り留めのない話を交わす。
決まったことといえば、しばらくはゴーレムのダンジョンを中心に進めていこうということくらいだ。
食後はマリィは孤児院へ戻り、ナズカとリリエットもそれぞれの部屋へ引き上げた。
僕も部屋に戻り一日の疲れを感じながら、灯りを落とそうとした、その時。
――コン、コン。
静かなノックの音。
「……誰?」
「私だ。入ってもいいか?」
聞き慣れたリリエットの声だった。
「どうぞ」
扉を開けると、リリエットは少しだけ戸惑ったような顔をしていた。
普段の毅然とした雰囲気とは違い、どこか影を帯びている。
「どうかしたの?」
「いや、特にそういうわけではないんだが……少し話をしたくなってな」
曖昧な言い方だったが、無理に詮索する気にはなれなかった。
僕はうなずいて、部屋の中へ招き入れた。
小さなテーブルを挟んで座る。
窓から入る月明かりが、リリエットの金髪を柔らかく照らしていた。
出会った頃より、少し伸びたように思える。
しばし、言葉のない時間が流れた。
「……今日の融合は、面白い結果だったが、少し惜しかったな」
リリエットが口を開いた。
「うん。ちょっとでも動いてくれたら面白かったんだけどね」
「自動で動く武器、か。夢がある話だな」
「リリエットは、何か作ってみたい武器とかある? 実用的なのじゃなくてさ、夢のあるやつで」
「私か?」
少し驚いたように目を瞬かせてから、彼女は小さく笑った。
「そうだな……それなら“空を飛ぶブーツ”なんかどうだ。上から敵を攻撃するんだ」
「すごい。本当に夢のある装備だね」
「ふふ、そうだろう。マリィがゴーレムを作ったら、次は私にそれを作ってくれ」
「なかなか忙しいね」
僕が苦笑すると、リリエットも肩をすくめて微笑んだ。
お互い冗談を言い合っているだけで、本気ではない。
――それでも、その笑顔を見て少しだけ安心した。
最初に部屋へ来たときの彼女は、どこか沈んだ表情をしていたから。
今はもう、ほんのわずかに表情が明るい。
そこで、僕はそっと問いかけた。
「ダンジョンの探索や融合のことで、気になることがあるの?」
「いや、そうではないのだ」
本心からそう言っているようだった。
では、何か別のことが気になっているのだろうか。
パーティのことではないとすると――。
「……そういえば、前に実家に手紙を出してたよね。返事、来た?」
「ああ、それか」
リリエットは少しだけ視線を落とした。
「まだだ。忙しいのだろう。父上から返事が来るとは思っていないが、母上も真面目な人だ。ルークが元気になっても、家のことで色々と動いているはずだ。
……それに、手紙を出してから、まだそれほど日は経っていないしな」
リリエットの父――あの男爵は、僕たちに手紙でこう告げていた。
“ダンジョンを討伐するまでは、家の敷居を跨がせない”と。
厳しくも、温かさを感じる文面だった。
きっと、返事をしないのも彼なりのけじめなのだろう。
「そっか」
「……まあ、返事がなくても、きっと元気にしているだろう」
そう言いながら、リリエットは窓の外を見た。
月光を受けたその横顔は、どこか懐かしいものを見つめているようで――ほんの少しだけ寂しそうだった。
「リリエット」
「ん?」
「僕はね、たまに家のことが無性に恋しくなることがあるんだ。
母さんが作った豆だけのスープが飲みたくなる。……村にいた頃は、都市の冒険者が毎日肉を食べてるって聞いて羨ましかったのに。
不思議な話だよね」
「それは……確かに不思議な話だな」
リリエットは、少し笑った。
「そうだな。私も家が恋しくなることがある」
白状するように呟き、静かに続けた。
「……だが、そういう夜に話をできる仲間がいるのは、恵まれているな」
そう言って、リリエットは立ち上がった。
「夜分に悪かったな。少し気が晴れた」
「また、いつでも話に来てよ」
彼女は小さく頷き、扉の前で振り返る。
「ユニス。――ありがとう」
それだけ言って、部屋を出ていった。
静まり返った部屋で、僕はしばらく扉を見つめていた。
ほんの短い時間だったけれど、リリエットの中の小さな不安に、少しだけ触れた気がした。




