夢のゴーレム作成
ギルドで素材の売却を終えた僕らは、宿の部屋に集まっていた。
今日の収穫――《ゴーレムの核》と《バインドウィップ》を融合させる、その瞬間を見守るためだ。
「ねえ、ところでさ。どうしてゴーレムの核を鞭に融合しようと思ったの?」
今さらのような質問だが、融合の前に確認しておきたかった。
マリィがどういう結果を期待してこの組み合わせを選んだのか――それを知ることは大事だ。
融合には、融合時の“イメージ”が少なからず影響する。
「だってゴーレムの“核”なんでしょ? もし融合したら、ゴーレムみたいに自動で敵を攻撃してくれる鞭になるかもしれないじゃない」
マリィが得意げに言った。
「どういうこと?」
「あれ、ユニスは知らないの?」
「なんのこと?」
「ふふん。どうやらユニスはゴーレムの話を知らないみたいだね。じゃあ、僕が教えてあげよう」
マリィに変わりナズカが得意げに口を開いた。
「ゴーレムってね、元々は人間が作った“自動で動く人形”なんだ。人間の代わりに仕事をしたり、戦ったりするために造られたって話だよ。大昔の人々は、ゴーレムを使役して便利に暮らしていたんだって」
「え、なにそれ。じゃあ、どうして今はダンジョンで魔物として出てくるの?」
「そんなことは僕も知らないよ」
ナズカはあっさり言い切る。
マリィの方を見るが、彼女も首を横に振った。
ならば――この中で一番博識そうな人物に視線を向ける。
「確かに、ゴーレムの話は古い伝承として残っているな」
リリエットが腕を組んで静かに言った。
「だが、今では人間が使役しているゴーレムはいない。一種のおとぎ話のようなものだ。
……もっとも、今でも“人の手でゴーレムを作ろう”という試みはあるそうだが、成功したという話は聞いたことがない」
「なるほど。じゃあ、マリィは融合で“ゴーレム”を作れるかもしれないと思ってるの?」
「そうよ。でも、そんな都合よくいくとは思ってないわ。
ただ――バインドウィップって、相手に向かって自動で絡みつくでしょ? なら、いきなりゴーレムとまではいかなくても、“ゴーレムの腕”くらいなら作れないかなって思ったの」
「……ゴーレムの腕を振り回して戦うの?」
思わず想像してしまい、ちょっと奇妙な絵面が浮かんで苦笑する。
「そうよ。名づけるなら――《ゴーレムハンド》ね!」
「マリィはセンスがいいね」
ナズカが笑って頷く。
二人はすっかり意気投合して、楽しそうに盛り上がっていた。
前から感じていたが、この二人はどこか波長が合うのだろう。
リリエットを見ると、なんとも言えない表情で僕の方を見て、肩をすくめた。
どうやら彼女は僕と同じ側らしい。
……まあ、まったくイメージが湧かないわけではない。
要は“自動で相手を殴ったり、掴んだりする鞭”を期待しているのだろう。
正直上手くいくかは自信がないが、二人が楽しそうにしているので水を差す気にはなれなかった。
もともと今回の融合は、ゴーレム相手に短剣では戦いづらいという話から始まったものだ。一階層のクレイゴーレム程度なら今のままでも問題ない。
それに失敗したとしても、明日の融合でまた《人喰い花》の素材からバインドウィップを作り直してそれをマリィに使ってもらったっていいのだ。
だから、今はただマリィの期待に素直に答えてみよう。
「何となくわかったよ。じゃあ、融合を始めるね。――期待通りにならなくても、がっかりしないでよ」
「ええ、でも……期待はしているわ」
マリィはいたずらっぽく笑いながらも、瞳の奥には真剣な光を宿していた。
僕は小さく息を整え、両手に融合素材を構えた。
静かに目を閉じ、頭の中でイメージを描く。
しなやかで、強靭な腕。
細く長く、鞭のようにしなる。
先端には、敵を掴み、殴るための“手”。
――融合。対象はマリィ。
手の中で素材が混じりあるのが分かる。
目を開けると、手の中には一本の新しい鞭があった。
見た目はバインドウィップに似ている。
細く長い鞭。だが、決定的に違うのはその“先端”だ。
先端は四つに分かれており、――見ようによっては人の手のように見える。蔦が絡み合って形成されたその形は、柔らかくも強靭な印象を与えた。
そして手のひらに当たる部分――そこには《ゴーレムの核》が埋め込まれている。
思わず、息を呑んだ。
本当に――それっぽいものができてしまった。
慌てて鑑定を使う。
――《ウッドゴーレムウィップ:鞭 攻撃力3 ※マリィ以外が使用すると破損》
……鑑定結果は普通だ。特別な効果らしきものは見当たらない。
けれど、これまでだって実際に使ってみるまでは分からなかった例がいくつもある。
まだ断定はできない。
「すごいじゃない! 本当に“手”になってるわ!」
マリィが目を輝かせて鞭を掲げる。
「ウッドゴーレムウィップって名前みたいだね。鑑定だと、特に特殊なことは書いてないけど」
「へぇ……でもこれなら、本当に動き出しそうだね」
ナズカも笑いながら感心したように頷いた。
「とにかく試してみようか。ここじゃ狭すぎるし、外でやろう」
* * *
僕の提案で、宿の裏庭に移動した。
マリィから少し距離を取り、僕は盾を構える。
マリィは嬉しそうに鞭を手にして、まるで子供のように頬を緩めていた。
「ねえ、試すだけだからね。……あんまり強くやんないでよ」
「わかってるわよ」
マリィは軽く笑って、手をかざす。
「――いくわよ! ゴーレムハンド! ユニスの盾を叩くのよ!」
……沈黙。
鞭はぴくりとも動かない。
「え、あれ? 今の聞こえなかった?」
マリィが首を傾げ、もう一度言葉を変えてみる。
「ゴーレムハンド、アタック!」
反応なし。
「ええっと……ウッドゴーレムウィップ、攻撃よ!」
やはり、反応なし。
マリィが鞭をじっと見つめたまま固まる。
しばしの沈黙のあと――おもむろに鞭を振った。
シュッ。
鞭がしなり、僕の盾に絡みつく。
少し引いてみると、しっかりと食い込んでいるのがわかった。
「……えーと」
とりあえず、僕は苦笑いしながら鞭をほどいた。
もう一度、盾を構える。
マリィは表情を引き締め、再び鞭を振る。
「殴りなさい!」
しかし、結果は同じだった。
鞭は勢いよく盾に絡みつくだけで、それ以上の動きはない。
「ふむ、どうやら見た目だけのようだな」
リリエットがバッサリと言った。
分かってはいたが、やはりそう簡単にはいかないか。
――けれど、悪くはない。
もともとの《バインドウィップ》にあった、相手に向かって自動で絡みつく性質は健在のようだ。
それだけでも十分な成果だと思う。
……まあ、がっかりしているマリィになんて声をかけるかは、少し悩ましいけれど。




