「ゴーレムの核」×「バインドウィップ」
戦闘が終わり、しばらくのあいだ僕たちは息を整えていた。
初めてのゴーレムとの戦い。緊張が解けたせいか、全員がほっとしたように笑みを浮かべている。
「……ふぅ。噂に聞いた通りの迫力だったわね」
マリィが肩で息をしながら呟いた。
「うん。でも初戦にしては上出来だね。大きなケガもなかったし、動きの確認もできた」
僕は盾の縁にこびりついた土の破片を軽く払った。
足元には、さっき倒したクレイゴーレムが残した素材――拳大の土塊が転がっている。
「ふむ、これが噂の粘土か」
リリエットが拾い上げ、まじまじと眺めた。
「そうみたいだね」
僕も鑑定を使って確認する。
――《ゴーレムの粘土:素材》
見たまんまの鑑定結果だ。
この粘土は建築素材として優れており、乾燥させて焼くと強度が増すらしい。街のレンガ職人たちには引く手あまたの品だという。
「でも、さすがに融合には使えないね。粘土の剣とか盾って……どう考えても弱そうだよ」
ナズカが冗談めかして言う。
「まあ、一階層じゃしょうがないよ。本命はもっと下の階層――金属製のゴーレムたちの素材だからね」
このゴーレムのダンジョンでは、階層が下がるとゴーレムの素材が変化していく。
金属製のゴーレムもいるという話だ。
もし本当にそれを倒せれば、融合素材としては申し分ない。
「ところで、次のクレイゴーレムは魔法なしで戦おう」
僕は三人を見回して言った。
「基本は最初に戦ったように、ナズカの魔法でとどめを刺す形でいくけど――いざという時に、どれだけ魔法無しで戦えるか確かめておきたい」
全員が頷く。
「ナズカ、もし僕らが押されそうになったら、その時は判断して魔法を使って」
「了解。まあ君たちなら心配いらないと思うけどね」
ナズカが軽く笑って杖を肩に担ぐ。
ナズカの言う通り、先ほどの戦いでも十分手応えは感じていた。
確かにクレイゴーレムはトレントより強い。けれど、僕らももう以前とは違う。経験も装備も、確実に積み重ねてきた。
そのまま探索を続け、しばらくして二体目のクレイゴーレムと遭遇する。
作戦通り、今回は魔法なしで挑む。
動きは鈍いが、やはり硬い。盾で拳を受けるたびに、腕に重い衝撃が走る。
それでも、少しずつ崩していけば倒すことはできた。
――だが、一人だけ不満そうな顔をしている。
「やっぱりだめね。麻痺も脱力も効かないわ。……粘土で出来てるからかしら」
マリィが短剣を見下ろして、ため息をつく。
「そうだね。でも、牽制してくれているだけで充分助かってるよ」
彼女は素早い身のこなしで、背後や側面から短剣を振るい続けていた。
確かに大きなダメージは与えられないが、関節や継ぎ目を狙うとゴーレムの動きが明らかに鈍る。
地道な削りが、確実に戦局を支えていた。
「ありがとう。でも、下の階層なら余計難しい気がするのよね。……ちょっと考えるわ」
マリィは短剣を腰に納めながら、小さく息をついた。
* * *
クレイゴーレムの動きや特性も大体つかめたので、その後も一階層の探索を続けた。
魔法を惜しみなく使い、ゴーレムを倒していく。
やはり、魔法があると段違いに早い。
ナズカの魔法の残り回数が心もとなくなったところで、僕らは地上へ戻ることにした。
魔法なしでも戦えることは分かったが、無理をしても仕方がない。
二階層への階段は見つからなかったが、初日としては上々の成果だった。
ダンジョンを出て、都市へと続く道を歩く。
陽は傾き、土の匂いと涼しい風が混じって心地いい。
その中で、マリィがぽつりと呟いた。
「――やっぱり、新しい武器が必要ね」
唐突な言葉だった。
今日はいつもより口数が少ないと思っていたが、どうやら戦闘のことを考えていたらしい。
「それは、短剣以外の武器ということか?」
リリエットが首を傾げる。
「ええ。やっぱり短剣だと、リーチも威力も足りないのよ」
確かにそれはその通りだ。
マリィの機動力は高いが、ゴーレムを相手にするには一撃の重さが足りない。
「でも、どんな武器がいいの? 剣とか、斧とか?」
僕が尋ねると、マリィは少し間を置いて答えた。
「――鞭よ」
「鞭?」
思わず聞き返す。
「ええ。距離を取って牽制できるし、ゴーレムみたいな大きな相手でも巻きつけて動きを止められるかもしれない」
「ああ、バインドウィップのことだね。昔作ったやつだから僕専用になってるけど何かと融合して作り直せばマリィ用にできるね」
意外な答えだったが、悪くない選択かもしれない。
バインドウィップはマリィがパーティに加入するきっかけになった武器だ。
結局、今まで実戦で使われることはなかったが、マリィなら上手く使えるかもしれない。
「だが、何と融合する?」
リリエットが聞いた。
「今日のドロップ、あれ使っちゃダメかしら? 粘土じゃないほう」
「粘土じゃないほう……?」
僕はすぐに思い当たった。
今日、手に入れた素材のほとんどが例の《ゴーレムの粘土》だった。
けれど、一つだけ――珍しいものがあったのだ。
――《ゴーレムの核》
赤く透き通った小さな玉。
手のひらに乗せると、ほんのりと温かい。
まるで、内側にわずかな生命の鼓動が宿っているかのようだった。
「確かに、面白いかもしれないね。……でも、杖とかの素材って感じがするけど」
僕が言いながらナズカの方を見る。
ナズカは唇の端を上げて笑った。
「僕は構わないよ。鞭に融合するなんて、面白そうじゃないか」
その言葉に、マリィの瞳が嬉しそうに輝いた。




