雷光の杖
融合の光が収まると、手には一本の両手杖が残されていた。
先ほどまでの《樫木の両手杖》の形を残しつつ、先端には琥珀が嵌め込まれている。単に埋め込まれているのではなく、まるで木と琥珀が互いに絡み合い、自然に一体化したかのような造形だ。どこか洒落た意匠すら見て取れる。
鑑定。
《雷光の杖:両手杖 魔法攻撃力12 雷ダメージ+2 ※ナズカ以外が使用すると破損》
「できたよ。《雷光の杖》だって。雷ダメージが追加されてる」
融合前にリリエットが言っていた通り、琥珀には本当に雷の力が宿っていたらしい。
僕が杖を差し出すと、ナズカは両手で大事そうに受け取り、目を丸くしてまじまじと観察する。そして、すぐに頬をゆるませた。
「きれいだ……」
ナズカはうっとりと呟き、続けて芝居がかった声を張り上げた。
「まるで天を裂く雷が大地に降り注ぎ、その輝きが杖の姿をとったみたいだよ!」
確かに文句なしに美しい杖ではある。だが、さすがにそれは大げさだろう。
魔法使いとしての観察眼で杖の力を言い当てているのか――それとも、ただの性格というか妄想の産物なのか。僕には、どうも後者に思えた。
「ねえ、折角だからダンジョンで試してみましょうよ!」
マリィが身を乗り出す。期待で瞳がきらきらしていた。
「たしかに、まだ時間も早いしね」
朝からナズカを探して駆け回り、大急ぎでここまで来た。太陽はまだ高く、十分探索する時間は残されている。
* * *
ダンジョンに戻り、しばらく進むと早速スライムを見つけた。
「距離は十分ある。僕らもいる」
小さく頷き、ナズカを見やる。
「だから安心して、思い切ってやっちゃって」
「……うん」
ナズカはニッコリ笑みを浮かべ、杖を胸前に立てる。瞼がすっと閉じられ、空気が張り詰めた。
いつもの、あの集中だ。
僕は前方のスライムを油断なく見据える。のろのろと進んでおり、まだ十分距離がある。そろそろかとナズカに視線を戻すと、ちょうど集中を終えたようでパッと目を開いた。
次の瞬間、雷光が奔る。乾いた破裂音とともに通路が白く一閃し、青スライムはひとたまりもなく霧散した。
「相変わらずすさまじいな」
リリエットが低く感嘆の声を漏らす。
「そうね、やっぱりすごい威力! それに、新しい杖のおかげかしら、さっきより雷が“太い”気がするわ」
杖を覗き込むようにしてマリィが言った。
「うーん……もう少し、試してみてもいい?」
だが、当の本人は微妙な顔で首を傾げていた。
「もちろん」
僕らは探索を続ける。二体目、三体目と青スライムを見つけては同じ手順で対処した。僕とリリエットが前に立ち進路を制御し、ナズカが合図に合わせて雷魔法を放つ。稲妻は正確に着弾し、結果はいずれも一撃だった。
三体目が霧散したところで、ナズカは杖を下ろし、きっぱりと言った。
「……やっぱり、いつもと変わらないね。これは」
うすうす――僕もそうではないかと感じていた。元々の威力が高すぎて違いが分かりにくいのかもしれない、と自分に言い聞かせていたが、使い手本人が断言するなら間違いない。雷魔法としての威力は変わっていないのだ。
ということは――。
「ねえ、もしそうだとしたら……一つ、心当たりがあるんだ」
僕の黒溶の戦斧、そしてリリエットのアイスブランド。どちらも追加効果が発揮される条件は決まっている。
「うん、僕のほうにも心当たりがある。もう一体スライムを探してみよう」
ナズカも同意するように頷いた。
* * *
しばらく探索して、また通路の先に青スライムを見つけた。
今度は距離を取らず、あえて接近する。
僕とリリエットがナズカの左右を固め、すぐ後ろには万が一に備えてマリィが構えた。
「近づきすぎると、いきなり飛びついてくるからね。慎重に」
僕はナズカに注意を促す。
「慣れてないんだから、あんまり脅さないでくれよ。……でも、これだけ厳重に守ってもらえたら、さすがに大丈夫だと思いたいね」
ナズカの表情は真剣だが、わずかに余裕も感じられた。
とろとろと動く青スライム。十分に近づいたところで、ナズカが一歩踏み込む。
――コツン。
木とゼリーが触れ合う、拍子抜けするほど軽い音。と同時に――
ピリッ。
刹那、空気が刺すように震え、スライムの表面に細い稲妻が走った。青い塊はぶるりと震え、動きが露骨に鈍る。
――やはり、思った通りだ。
ここまで分かれば十分。
ナズカはすぐに後退し、僕とリリエットが前に出てスライムを瞬く間に仕留めた。
「なるほどな」
リリエットが短くまとめるように言う。
「杖で直接叩いたとき、雷ダメージが発生する…そういう仕組みらしい」
「それって、魔法使いの武器としてどうなのよ……」
マリィが肩をすくめた。
「杖だからね。てっきり、魔法に追加で雷ダメージが発生すると思ってたんだけど」
僕も苦笑を浮かべる。期待していたのとは違う。目的に対して斜め方向の効果――正直そんな印象だった。
「ううん、これ……いい効果だと僕は思うよ」
けれど――当のナズカは、杖を見つめながら小さく笑った。
「ど、どのへんが?」
マリィが目を瞬かせる。
「接近した魔物を、少しでも怯ませられる」
ナズカは杖を胸に抱え、落ち着いた声で続けた。
「それだけで、逃げる時間や体勢を立て直す時間を稼げるはずだ」
「前衛なら私たちがいるじゃない。ナズカの前に魔物を行かせたりしないわ」
マリィが眉をひそめる。
「もちろん、頼りにしてるよ」
ナズカは静かに首を振った。
「でもね、この杖があれば――いざという時、自分で時間を稼げる。君たちを頼りにはしているけど、頼りっぱなしなのは……いやなんだ」
言葉は穏やかだったが、その芯は確かに強かった。
胸の奥で、小さく息をのむ。
……ナズカが、急に大人びて見えた。
《雷光の杖》は、期待していたものとは違う効果だった。
けれど、覚悟を新たにしたナズカには――これ以上ないほど相応しい杖になったのだと思う。
【次回更新について】
本日(9/23)の更新は、体調不良のためお休みさせていただきます。
楽しみにしてくださっていた方には申し訳ありません。
次回の更新は 9/26(金) を予定しています。
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