「樫木の長杖」× 「魔花の琥珀」
「……私でよければ」
おずおずと告げるナズカに、僕は迷わず答えた。
「もちろん! あらためてよろしく、ナズカ!」
返事が嬉しくて、胸の奥がじんわり温かくなる。
安堵と高揚が入り混じって、思わず声が少し大きくなってしまった。
その言葉にナズカは安堵の笑みを見せ、再び仲間としての輪に加わった。
リリエットもマリィも表情を緩めて言葉を掛け合い、空気はようやく和らいでいく。重たかったものが溶けていくようだった。
「ねえ、少し気になってたんだけど」
マリィが首を傾げる。
「ナズカ、話し方を変えたよね?」
ナズカは一瞬ためらったが、やがて小さくうなずいた。
「こっちのほうが普通なんだ。あの話し方は……本で読んだ、偉大な魔法使いの姿を演じてたんだ。強くて堂々としていて、仲間に頼りにされる。そうすれば本当にパーティに必要とされるかなって」
そう言って、少し自嘲気味に笑う。
「でも、結局は無理してただけだった。強がって、虚勢を張って……」
そう言ってナズカは下を向いてしまった。
「でもね、ナズカ。無理してたっていうけど……どこか楽しそうでもあったわ。たとえば《ヴェノムエッジ》の名前をつけてくれたときなんか、あれは演技じゃなかったでしょ?」
マリィは優しい声音で、しかしきっぱりと言い切った。
「……そうかも」
ナズカは少し驚いたように目を見開き、やがて小さく笑った。
「そうだね。無理していたけど、理想の自分に近づけた気がしたんだ。それに……みんなと対等に意見が言えて、楽しかったのかもしれない」
「なら、やめなくてもいいんじゃないかな?」
気づけば、僕は思わず口にしていた。
「え?」
ナズカがきょとんとした顔をする。
「もちろん楽なほうでいいんだ。でも“形から入る”って言葉もあるし、誰だって多少は演じてる。演じながら少しずつ近づいていけばいい。無理せず、疲れたら素に戻ればいいんだよ」
ナズカはしばらく黙っていたが、やがて決意を込めて顔を上げた。
「……そうか。じゃあ、やってみる。君たちと一緒に、本当に最強の魔法使いになる! だから、僕が魔法の集中をするときは――しっかり守るように!」
芝居がかった声で言い放ちながらも、少し恥ずかしそうで、でもどこか楽しそうだった。
「任せろ」
リリエットが応じ、
「もちろん!」
マリィが明るく笑った。
「なんだか、少し照れ臭いかも」
ナズカは小さく笑い、肩をすくめた。
「徐々に理想に近づけばいいんだよ。疲れたら素に戻ったっていい。僕らは仲間だから。強がってもいいし、甘えてもいい」
そう言いながら、自然と口元がほころんだ。
――ナズカに言って、自分でも気づいたことがある。
最近、僕もリーダーという役割を意識しすぎていたのかもしれない。役割を演じること、理想を演じること。それは決して悪いことじゃない。
でも、それで自分らしさを失う必要はない。
たまには素に戻って、仲間に頼ればいい。
矛盾しているようでいて、きっと間違いじゃない。
僕らはパーティだから、それでいいはずだ。
――そう思ったとき、ふとバックパックに入れたままだったアイテムを思い出した。手を伸ばして取り出したのは、橙色に輝く結晶。淡い光を宿した宝石のような塊――《魔花の琥珀》だ。
「……ねえ、ナズカ」
「ん?」
「この琥珀、杖に融合してみないか?」
僕の言葉に、ナズカの目が驚きで丸くなる。
「えっ、でも……そんな貴重な素材を、僕のために?」
「もちろんだよ。これから同じパーティとして歩んでいく仲間だから。君の力をもっと活かせる形にしたいんだ」
僕はまっすぐにそう告げた。
「そうそう!」
マリィが勢いよく頷く。
「偉大なる魔法使いなんでしょ? だったら装備だって一級じゃないとね!」
「ふむ。理にかなっているな」
リリエットが腕を組みながら、にやりと笑う。
「それに琥珀は雷の力を宿しているという話を聞いたことがある。きっとナズカと相性の良い杖になるはずだ」
ナズカは唇を開いたまま、しばらく何も言えずにいた。
けれどやがて、ほんの少し頬を赤らめて、かすかに笑った。
「じゃあ、お願いするよ」
ナズカが差し出した両手杖を、そっと受け取る。
手にした瞬間、しっかりとした重みが伝わってきた。
鑑定のスキルを発動する。
《樫木の両手杖:両手杖 魔法攻撃力12》
樫の木特有の堅牢さと、使い込まれた手触り。
無駄な装飾はなく、ただひたすら実用を求めて仕立てられた一本。
けれど握ってみると、不思議と手になじみ、どこか温もりを感じさせる。
長く共に戦ってきた痕跡か細かな傷が刻み込まれていた。
――ナズカは、この杖と共に歩んできたんだな。
その事実が、掌からひしひしと伝わってきた。
右手に杖を持ち、左手に魔花の琥珀を構える。
ナズカのこれからの冒険、その決意を支える杖。
不器用だけど、勇気ある魔法使い。
その想いに応えられる杖であれ――。
そう念じながら、両手に握る素材へと意識を集中させる。
融合。
対象は――ナズカ。