言葉を尽くして
危うくスライムに取りつかれそうになったナズカを救出して、僕らは一度ダンジョンを出た。
ナズカに謝らなければと思った。
けれど言葉が喉に詰まり、なかなか口を開けないでいると――リリエットが肩をすくめて口を開いた。
「……やれやれ。無茶をしたな、ナズカ」
その声音は呆れながらも優しく、僕とナズカを見比べるような仕草をする。
会話のきっかけを作ってくれたのだと分かった。
「無茶なんかじゃない」
ナズカは唇を尖らせ、視線を逸らす。
「それに君たちには関係ないよ。私は……お荷物だからね」
その声はどこか力なく、いつもの口調とも違っていた。
「そんなことないよ、ナズカ」
気づけば、僕の口から声が出ていた。
「僕は君に謝らなければならないんだ」
ナズカがはっとしてこちらを見る。怯えとも苛立ちともつかぬ視線に、僕は逃げずに正面から応じた。
「あの時、君が独断で魔法を撃ったとき……本当は仲間を守ろうとしてくれたんだよね。でも僕は、指示を無視されたように感じて、苛立ちをぶつけてしまった。あれは僕の未熟さだった。」
視線を逸らさずに続ける。
「ごめん、ナズカ」
ナズカの顔が一瞬揺れる。だが僕は続けた。
「すぐに謝るべきだった。でも、それとは別にもう一つ、君に話さなければならないことがあって……何から話していいか分からなくなって、結局黙ってしまった。それが君を傷つけたんだ。」
「もう一つ……? 何のこと?」
胸の奥が重くなり、言葉が喉で詰まりそうになる。
「ナズカ。君はルミナスクローバーの一員だったよね。トレントのダンジョンの討伐を目指していた」
ナズカの目が大きく見開かれる。
「どうしてそれを……」
「ギルドで君たちを見たことがあったんだ。最初に会ったときは雰囲気が違ったから気づかなかったけど……当時、僕たちもサハギンのダンジョンを狙っていた。君たちがトレントを目指しているのは分かっていたけど……事情があって、サハギンの方が先に討伐されるよう、わざと攻略情報を広めたんだ」
深く息を吐き出す。
「そのせいでサハギンが先に討伐され、トレントの懸賞金は取り下げられた。……それが君たちに影響を与えたんじゃないかと思って……だから、ずっと言えなかった」
言葉にした途端、胸にのしかかっていた重石が少しだけ軽くなった。
ナズカはしばらく黙っていた。拳を握りしめ、視線を伏せる。やがて、ぽつりと声が落ちた。
「……そうか。そんなことを思っていたんだ」
恨みの響きはなく、むしろどこか安堵すら混じっていた。
「でもね、ユニス」
ナズカはゆっくり顔を上げる。
「サハギンが先に討伐されたのは、結局、私たちの力不足だったんだ。その後で私がパーティを抜けたのも、仲間とうまくやれなかったのも私たち……いや、私の問題か」
ナズカは自嘲気味に笑い、うつむいた。
「……私は黙ってばっかりだった。何も言えずに、ただ言われるまま魔法を撃って……それでうまくいっていると思い込んでいた。でも、そうじゃなかった」
握りしめた拳がわずかに震えていた。
「このパーティでは強がってみた。偉大な魔法使いだなんて口にして、虚勢をはって平気なふりをして……でも、結局は無駄だった」
その言葉に、僕は首を横に振った。
「無駄なんかじゃないよ、ナズカ」
思わず声が強くなる。
「虚勢なんかじゃない。君は本当に勇気ある偉大な魔法使いだった。敵の前で仲間を信じ、無防備になってまで魔法を撃とうとする――そんな覚悟、誰にでもできることじゃない」
僕は深く息を吸い、続けた。
「僕がリーダーとして未熟だったせいで、君の力を活かしきれなかった。けれど、これからは違う。ちゃんと話し合いながら、一緒に進んでいきたい」
胸の奥から絞り出すように続ける。
「だから……君さえよければ、もう一度僕たちと一緒にパーティを組んでくれないか」
ナズカはしばらく黙ったまま、じっと僕を見つめていた。
その瞳の奥には、まだ迷いと不安が渦巻いている。けれど、その奥に――確かに、揺れる小さな光が宿っているように見えた。