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繋がる世界

 人はすぐには変われない。

 今日一日で、私は散々思い知らされた。


 勢い込んで一人でスライムのダンジョンに来た。

 けれど、私がしていることといえば――ただダンジョン内をさまよっているだけだった。


 スライム。直径一メートルほどの、動く水たまりのような魔物。

 動きは鈍い。だが恐ろしいのは、その体で人に取り付いて、じわじわと溶かしてしまうことだ。

 ソロで戦うのに向いた相手ではない。

 ――それでも、遠距離から魔法を放てる私にとっては、相性の良い敵に思えた。


 そう考えていた。

 けれど、いざ一人でスライムの前に立つと、ずっと恐ろしかった。


 距離を取り、集中して魔法を撃つ。

 とろとろと進むスライム相手なら、それで十分なはずだ。


 ――なのに、できなかった。


 直前になって足がすくみ、結局は逃げ出してしまった。

 そんなことを何度も繰り返した。スライムに遭遇しては逃げ、また別の通路を彷徨う。

 魔法を撃つどころか、まともに向き合うことすらできていない。


「……偉大なる魔法使い、か」


 声に出すと、ひどく空虚に響いた。

 私が演じ続けてきた仮面は、こんなにも脆い。


 そのときだった。

 ぬるりと音を立てて、曲がり角の奥から新たな影が姿を現した。


 黄色スライム。


「っ……!」


 咄嗟に杖を構える。

 足が震える。だが、まずは距離を取らなければ――。


 慌てて踵を返し、後ろへ駆け出す。

 しかし、数歩先は袋小路だった。


「嘘……」


 振り向けば、スライムはゆっくりと、だが確実にこちらへ迫ってくる。


 ――やるしかない。

 この距離なら、ギリギリ魔法が間に合うはずだ。


 目を閉じ、魔力を練ろうとする。

 だが、心臓の音がうるさい。

 動揺しているのが自分でもわかる。

 荒い息づかいが耳に響き、集中が削られていく。


 ダメだ……落ち着いて……魔力を……。


 必死に練り上げようとした瞬間、ぞくりと悪寒が走った。

 直感だ。


 思わず目を開く。


 ――スライムだ。もう目の前にいた。


 次の瞬間、ぐにゃりと形を歪め、全身で飛びかかってくる。


「っ……!」


 反応が遅れ、足がもつれる。

 背中が石床に叩きつけられ、冷たい感触が広がった。


 スライムは足先すれすれに落ちた。

 かろうじて避けられたようだが息をつく暇もない。

 すぐに再び体を歪め、こちらに飛びかかろうとしていた。


 逃げられない。

 魔法も、間に合わない。


 恐怖に体が固まる。

 時間がゆっくりと進むような錯覚の中、視界いっぱいに飛び上がった黄色の塊が迫る。


 ――その瞬間。


 ぱしゃっと水面を叩くような音がすると、スライムの体がぶるりと震え、そのまま地面に落ちた。

 痙攣し、びくびくと震えている。


 よく見ると、その体には一本の短剣が突き刺さっていた。

 パラライズファング。麻痺の効果を持つ、マリィの短剣だ。


「……っ!」


 足音が響く。誰かがこちらへ向かって必死に駆けてくる。

 ユニスだ。


 彼は接近すると迷いなく麻痺したスライムへ斧を振り下ろした。


 赤い火花のような光が斧から舞い散り、スライムは霧散して消えていった。


「間に合った……よかった」


 ユニスが息を吐き、膝に手をついて身をかがめる。

 額からは汗が滴り落ちていた。


「どうして……」

 気づけば言葉が勝手に口から漏れていた。


 ユニスは肩で息をしながらも、柔らかく笑った。


「魔法使いが一人で来るなら……ここしかないと思ったんだ。……合っててよかったよ」


 その声音は、心の底から安堵しているように聞こえた。


「ナズカ!」

 少し遅れて駆け寄ってくる足音。マリィとリリエットだ。


「全く……無茶をする」

 リリエットが呆れたように言う。


「本当に……心配したんだから!」

 マリィの声は、涙で震えていた。


 三人に囲まれ、私は言葉を失った。

 安堵と戸惑いと、胸の奥に生まれた熱いものがごちゃまぜになり、言葉にならない。


 助かった。


 そう気づいた瞬間、張り詰めていた力がふっと抜けていった。

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