「ルビーリンゴ」×「空きポーション」
今日も変わらず、ゴブリンダンジョンで黙々とゴブリンを狩り続ける。
緑色スライムの鎧は装着した直後は少しひんやりしていたが、小手や靴のように予想外の効果は特に感じられなかった。だが、鑑定上の数値は確かに上昇しているし、防具としては信頼できる。
二十体目のゴブリンを倒したあと、街へ戻る道すがら考える。
残る未強化の部位は、左右のグリーブと兜の三か所。手持ちのスライムゼリーは青が三つ、黄が一つ。
ゴブリンの攻撃を思えば、頭を棍棒でぶたれた瞬間に意識を失ってしまえば、そこから反撃の手段はない。まずは兜に黄スライムを使って打撃耐性をつけるべきだろう。グリーブには青を使ってナイフへの対策をしておきたい。
ギルドで換金し、今日は210ゴルドの稼ぎ。
宿でいつものように食事を済ませ、部屋へ戻って眠りについた。
翌朝。皮のグリーブ(右)にスライムゼリー(青)を融合する。
《青色スライムのグリーブ(右):防御力2 斬撃耐性+2 魔法耐性-1》
期待通りの結果にホッとする。これで右足の装備もひとまず安心だ。
この日も変わらずゴブリンを二十体倒し、稼ぎは200ゴルド。
夕食後、ベッドで横になりながら、少しずつ防具が整っていく実感を噛みしめる。日々の変化は小さいが、ゴブリンの動きには随分と慣れたし、筋肉も少しずつだがついてきている気がする。ちゃんと前に進んでいるはずだ。
翌日。今度は左のグリーブに青色スライムゼリーを融合する。
《青色スライムのグリーブ(左):防御力2 斬撃耐性+2 魔法耐性-1》
同様の結果に安心し、残る未強化部位はついに兜だけになった。
朝食を取り、装備を整えて宿を出ようとすると、掃除をしていたネルコがじっとこちらを見た。
「ねえ、その防具がどんどんカラフルになってるのって……それ、どこかに頼んでやってもらってるの?」
「うーん、まぁ、そんな感じかな」
スキルのことは、軽々しく話すべきじゃない。曖昧に返しておく。
「次は兜が赤色になったりしないでしょうね?」
「一応、黄色の予定だね」
ネルコが呆れたようにため息をつく。
「まあ、人の装備にとやかく言うのはやめとくわ。
とにかく気を付けていってらっしゃい」
「行ってきます」
この日もゴブリンを二十体狩って230ゴルドを稼いだ。
夕食の時間。今日のメニューはこんがり焼いた骨付きの肉とたっぷりの蒸かし芋、そして申し訳ない程度の葉野菜。そこまではいつも通りだったが、今日はそれに加えて、くし切りにされたリンゴが添えられていた。
「なにこれ、どうしたの?」
料理を運んできたネルコに訊く。
「サービスよ。昔の常連の冒険者がくれたの。例の新しいダンジョンのドロップだって」
そういえば、植物系の魔物が出るというダンジョンの話を最近耳にしたばかりだ。
皿のリンゴを鑑定しようと念じてみるが、反応はない。やはり、切られていると鑑定できないようだ。
「このリンゴ、丸ごと一個って残ってたりしない? 実はすごく好きで……売ってもらえたりしないかなって」
別にリンゴが好物というわけではない。でも、ダンジョン産のリンゴなら、融合に使えるかもしれない。
「え、そんなにリンゴが好きなの・・・?
まだ、残りはあるとは思うけど・・・」
ネルコは少し驚いたような表情をし、考え込んだ。
「おとーさん、ユニスがリンゴを丸ごと欲しいから売ってて!
どーする?」
ネルコが厨房に向かって叫ぶと、店主のゴードンさんが反応した。
「リンゴ? まあ、たくさんもらったからな。よし、ユニス、一個くれてやるよ。貰いもんだし、値段なんてつけたら罰が当たる」
ゴードンさんは厨房から籠一杯のリンゴを持ってきてカウンターに置いた。
「え、ありがとうございます!」
リンゴを受け取り、僕は言った。
「じゃあ、せめてエール一杯、お願いします」
「おう、まいどあり!」
ゴードンはにやりと笑って慣れた手つきでエールを注いでくれた。
僕が席に戻ると、ゴードンが他の客にも呼びかけた。
「おーい、リンゴ欲しいやつはいるか? 一人一個までなら持ってっていいぞ!」
「太っ腹!」 「ありがとよ、親父さん!」
冒険者たちが群がり始めた。
ネルコも「あ、私の分がなくなる!」と叫んで冒険者を押しのけて数個をエプロンのポケットに詰めていた。
あっという間に籠の中は空になった。
「お前らも、稼げるようになったら、土産のひとつでも持ってこいよ!」
ゴードンさんの声が厨房から響いてきた。
改めて、手に入れた丸ごとのリンゴを鑑定する。
《ルビーリンゴ:食材》
鑑定成功。やはりドロップアイテムであれば、鑑定できるようだ。くし切りのリンゴは「破損扱い」なのだろうか? この辺りのルールはまだ掴みきれていない。
さっきのくし切りの方も、一口かじってみた。瑞々しくて甘みがあり、今まで食べた中で一番おいしいリンゴかもしれない。他の冒険者も群がるわけだ。
食事を終え、部屋に戻る。
兜の強化をするつもりだったけど、思いがけず面白い素材が手に入った。
実は、僕の部屋には「空きポーション」の瓶がずっと保管されていた。スキルポーションを飲んだときの容器で、硬くて壊れにくい。鑑定すると《空きポーション:道具》と表示される。
そして、このルビーリンゴ。鮮やかな赤色で、回復ポーションと色が似ている。
融合したら何かできるかもしれない。期待に胸をふくらませながら、ベッドに潜り込んだ。
翌朝。
ルビーリンゴと空きポーションを融合する。
《リンゴジュースポーション:道具 疲労回復(小)・栄養補給(小)》
黄色い液体が入ったポーションができあがった。
「……リンゴジュースかぁ」
まあ、同じ色だからといって回復ポーションができるなんて虫が良すぎたか。
とはいえ、「疲労回復」と「栄養補給」の効果がある。冒険者にとっては、体調管理も重要だ。最近こそ余裕が出てきたが、日雇いで働いていた頃は少し体調が悪くても働かないと生きていけなかった。
このポーションは、万が一のために取っておこう。密閉もされているし、そう簡単には腐らないはずだ。
それに、鑑定結果を見る限り、今まで作ってきた武器や防具と違って、これは僕以外が使っても問題なさそうだ。
……やれやれ、当初の予定なら今日は第二層に行くはずだったのに、一日延びてしまった。
でも、まあ悪くない融合結果だった。