「ゴブリンの牙」×「ショートソード」
ゴブリンの死体が消え、代わりにぽとんと地面に何かが落ちた。
僕はいつものようにそれを拾いあげようとして、次の瞬間、息を呑んだ。
――白いポーション。
まさか、そんなはずはない。
僕は思わず目を擦って確認する。
でも間違いない。
これまで何百体と倒してきたゴブリンが一度も落とさなかった、夢のアイテム。
スキルポーションだ。
飲めばスキルが一つ手に入る、超激レアのドロップアイテム。
ダンジョンの魔物はごく稀に様々なポーションをドロップする。
まさか初めてドロップしたポーションが超激レアのスキルポーションだなんて。
ようやく……ようやく僕にも運が巡ってきた。
僕はユニス。18歳。
田舎の村を飛び出して、迷宮都市にやってきて半年。
最初の五ヶ月は日雇いの肉体労働で食いつなぎながら金を貯め、ようやく装備を揃えた。
ショートソード、鉄の盾、ボロい皮鎧。
それを手にしてダンジョンに挑むこと一ヶ月。
戦っていたのはゴブリンばかり。それでも倒せば牙や棍棒を落とすから、売ってどうにか生活費にしていた。
毎日がギリギリの綱渡り。
そんな僕の前に、スキルポーションが現れた。
これはもう……飲むしかないよね。
どんなスキルが手に入るかは飲んでみないと分からない。
ごくりと喉を鳴らして、白い液体を口に運ぶ。
すると次の瞬間、頭の中に響く声があった。
『スキル《融合》を獲得しました』
「……融合?」
思わず声に出して繰り返す。
『融合:アイテムを二つ組み合わせて、新たなアイテムを生み出すスキル。
使用は一日一回限定。
融合対象は“鑑定可能なアイテム”に限る。
このスキルで生成されたアイテムは、融合した本人以外が使うと壊れる』
感情のこもらない声が、頭の中に響き、淡々と説明を流し込んできた。
「鑑定可能なアイテム……?」
思わず腰に吊ったショートソードを引き抜き、まじまじと見つめる。
鑑定、と念じたその瞬間――
頭に文字情報が流れ込んできた。
《ショートソード:片手剣 攻撃力10》
「……鑑定できた。ってことは、これが融合できるってこと?」
なら、あとはもう一つ。
さっきのゴブリンが落とした牙を取り出して、同じように鑑定を試す。
《ゴブリンの牙:素材》
「いける……!」
あたりに他の魔物の気配がないことを確認して、僕は両手に二つのアイテムを握った。
「融合……!」
思念に応じるように、光が二つのアイテムを包み込み――次の瞬間、一つの剣が現れた。
《ゴブリンソード:片手剣 攻撃力12 ゴブリン特効+100% ※ユニス以外が使用すると破損》
僕はその剣を見つめ、呆然とつぶやいた。
「……本当に出来た。」
改めて出来上がった剣、ゴブリンソードをまじまじと見る。
大きさは元のショートソードと変わらない。
だが、鍔の部分に変化があった。
「何これ…」
思わず声が漏れてしまった。
ゴブリンソードの鍔の部分にはデフォルメされたゴブリンの顔の意匠が入っている。
めちゃくちゃダサい。
だが鑑定の結果が確かなら攻撃力が上がっているし、ゴブリン特効という効果もついている。
さっそく試してみたい。
ここは迷宮都市ハルシオンの東門からほど近くにあるダンジョン、通称ゴブリンダンジョン。
1階から3階までは、ゴブリンしか出ないことで知られている。
僕はこの一ヶ月、1階層だけを延々と周回していた。
素材は確実に手に入るし、なにより死の危険は他のダンジョンと比べずっと低い。
その代わり稼ぎは微々たるもので、ギリギリの生活しかできなかった。
そんなダンジョンの空気を感じながら、僕は剣を握り直し、辺りを見回す。
いた。
ゴブリン。身長は子供ほどで、緑色の肌に濁った黄色い目。
獣のような匂いと、よだれを垂らした口元。
ゴブリンは人間を見つけると、バカの一つ覚えみたいに奇声を上げて飛びかかってくる。
今回も例外ではなかった。
「ギャア!」
と叫んで飛びかかってきたゴブリンの攻撃。
この一ヶ月、何度も見た動き。
僕は冷静に盾を構えて受け止める。
ガッ!
重量のある棍棒の一撃を弾いたその勢いで、僕はゴブリンソードを横に薙いだ。
ズバッ。
刃が走り、ゴブリンの胴体が真っ二つになる。
ゴブリンは声ひとつ発することなく、無数の光の粒となって宙に舞い、霧のように散っていった。
その場に残ったのは、一本の棍棒。
「……すご」
僕は剣を見下ろし、思わずつぶやいた。
ゴブリンは魔物の中で最弱だと言われている。
だが決して侮っていい敵ではない。
新人の冒険者が今まで何人もゴブリン相手に命を落としている。
それが一撃だ。
これは間違いない。
ゴブリンソードの威力は、本物だ。
そして僕は、この瞬間に確信した。
――きっと、人生が変わる。