2.楽園の住人
翌日、船に乗って島へ着いたのは一日後だった。船は思っていたより大変な乗り物で、ときどき胃がひきつるような痙攣をおこすほど酔った。
ようやく島に着いたときは天国についたのではないかと思ったくらいだ。上陸すると、船を待っていた人々が出迎えてくれた。
その中にノーマンさんに声をかけてきた女の人がいた。
「アルパス! 紹介するよ。こっちが俺の妹で、フレリカ。その息子のマシュー」
「いらっしゃい」フレリカが言う。
アルパスは恐縮してうなずいた。
マシューは十歳の男の子で、優しい笑顔で挨拶をした。
本当に天国に来たような気分だった。島の人たちはほがらかで明るく、みな親切だった。
「この島の人って、なんでこんなに明るいんだ?」
「そう思うか? 俺はね、ここが故郷だからな。他所が暗く感じたよ。今でこそ村には慣れたけどさ、最初は驚いた」
ノーマンは実家へ戻っていった。アルパスには使われていない小屋があてがわれる。宿屋がない島なのだ。
「もし、なんか足りなかったら言って来るんだよ。お客さんなんか久しぶりだから、きっとみんながいろいろ世話を焼くと思うけど、遠慮せずにいくらでも居ていいからね」
フレリカがはじめに練り粉と干した魚、野菜などを持ってきてくれた。息子のマシューが鍋や囲炉裏を掃除する。アルパスは礼を言いながら手伝った。
「あ! リーゼ姉ちゃん、何か持ってきてくれたの?」
「うん、今ね、かあさんが持っていけって。マシューはお手伝いをしてるの?」
「うん」
籠一杯のきのこや山菜を十八歳位の女の子が持ってきてくれた。マシューの声を頼りに籠をあずけている。リーゼは目が見えないのだ。
「こんにちは。はじめまして、リーゼと言います。何かあったらすぐに言って下さいね、家が近いの」
「はじめまして。ありがとう、こんな……」
こんな所があったなんて驚きだった。村は貧しく、税にあえぎ人はささくれ立ち、役人は厳しく、人々はぎりぎりのところで生活をしている。どこでも同じだ。
山を案内する仕事にしても、所詮仕事で金をもらって人に親切にする。
「泣いているの?」
アルパスの声が曇ったからか、リーゼはほがらかに言ってハンカチを差し出してきた。
「いや、泣いてなんかないさ。ただ、こんないいところはじめてだから、びっくりだ」
「そう? ありがとう」
リーゼは笑顔になった。マシューに挨拶をすると、すぐに帰っていった。近所ならばまた会えるだろう。
「こんなに食えないよな?」
マシューは曖昧な顔をして笑った。アルパスの目が潤んでいるのを見たからだ。
「ずっといたらいいんだよ。魚の取り方くらい父さんが教えてくれるし、俺もうれしいんだ」
「うん、でも、俺も家族がいるからな。ノーマンさんの手伝いが終わったら行くよ」
小屋がきれいになると、マシューは家へ帰っていった。鍋に水を汲んで囲炉裏に火を起す。即席でもかなり上等な夕飯ができて、アルパスは船酔いからほとんど何を食べてもつらかったことなど忘れて食べに食べた。
食べ終わったところで、ごろりと横になり目を閉じる。
遠くから潮騒の音が聞こえてくる。風の音と、永遠に続くかのような波の音の繰り返しが、心地よく広がっていく。甘い香りは花の香りだろう。
1.
翌日からアルパスは島の若者の手伝いを率先してやった。
ノーマンさんは、おばあさんが回復したようで手伝うことはほぼなかった。それで特に、盲目のリーゼのためにいろいろ世話を焼いた。リーゼはたいていは何でもできたが、アルパスは心配だったのだ。
「それで、最後にどこに行くって?」
荷物を持たされたアルパスは、リーゼの顔に浮かんだ優しい笑顔についていった。
「こっちよ」
彼女が案内したのは島の岬だった。何か碑がある。
「さ、ここよ。ね、アルパス読んでくれないかしら?」
「この石に刻まれた文書を読めばいいんだね?」
うすいちゃ色の髪をふたつに結わえている彼女は、夕日に映えて美しかった。うなずいたのを確認して、アルパスは見とれていることを隠すように読み始める。
「えーっと、
『汝、思いやり 慈しみ 優しさを心に宿し
美しきものへの感動を忘れないよう
大いなる天へ 祈りを忘れないよう
謙虚に、感謝を
幾月 月日がめぐろうとも
天は約束をたがえることなし
人々よ 争いごとを好むな
しかして、勇気を持って戦え
調和を良しとし
傲慢になるかなれ
嘘をつかず
人を傷つけないよう心せよ
強く人を信じ
人の中にある善きなる心を信じ
大いなる天のご配剤に 深い思慮を読み取る
ここに真の愛と勇気を記さん』」
リーゼはふいに昔のことを思い出していた。
まだ、誰かの手がなければ歩いてはどこもいけなかったころ。
ある日村で、リーゼは空気中に光を見た。その光は太陽の光とは違った輝きを持ってやってきたのだ。
「あったかい!」
空に急に現れた光は、急降下して島に降り立った。恐る恐る近づくと、光の固まりはおだやかにあいさつをしたのだ。
「やぁ、こんにちは。私はファロ。天帝の塔から来ました」
「ファロ様!」
手を伸ばしてどんな顔をしているか探ろうとすると、ヒューと名乗った男の人は彼女の手を取って抱き上げてくれた。たくさん顔を触ると、ちゃんと人の形をしていたのでひどく驚いた。




