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3.

3.

 細い獣道じみた道を、ただ、ひたすら歩き続ける。

 周囲の常緑樹は重たく茂り、天井を覆い隠すかのような勢いを見せている。山の案内人たちが、長い間かけて切り開いた道の上には、太陽がかすかに見えた。


 アルパスは仕方なく、細い道から完全な山の中へ足を踏み入れた。樹海と言われるこの山脈の裾野は、近隣に住むものすら迷ったら二度と出てくることができない。


 懐から羅針盤を取り出す。

 狂ってしまう磁場へは行かないように、細心の用心をして歩き始める。いい空気だ。湿気がほどよくあり、風もゆるやかにある。


 歩き始めて三十分経ったころだろうか、アルパスはようやく後ろを振り返る余裕が出てきた。男は、言うことを聞いて黙ってついてきている。何の不平ももらさないのが救いだ。こっちの道にしてよかったと、瞬間考える。

 けれど、胸中の嫌な感じは消えなかった。山の空気に全身を浸すように鋭敏になった精神に、ちりちりと不安が押し寄せる。


 シンサー国と呼ばれるこの国には、二つの国境線がある。ひとつは、海路のみのフウオウ国への道。完全に行き来は海からになっている。もう一つが、アルパスが案内をしている隣国ブッケルへの海道だ。こちらも海路だが、山を越えねば一番近い海港には着かない。

 山を越えて、海に出てから船で二日の距離だ。


 その他には大きく迂回して、山のゆったりした稜線を大陸沿いに歩いていく道。これが通常、商人たちが使う道となっている。かなり安全な措置が法令により施行されている。が、道のりは遠く、宿などを使うため二週間はかかってしまう。


 シンサー国はそんなにブッケルとの国交を深めようとはしておらず、本来ならば開拓されてもおかしくない道が、未だに整ってはいない。しかし、国交を尊ぶ国というのは聞いたことがない。どの国も海で隔てられていることが多いから。

 歴史をみれば、大昔に王家や国の代表が政治的に婚姻関係を結んだこともあったようだ。しかし、それもごくごく稀な話だ。


 他国に嫁ぐために海や山を越えていく途中で、事故に遭遇する確率は高い。大抵は、時間をかけても安全なルートが使われる。

 最も大きな山脈は、天眼山を中心にして走る山脈だ。山脈の中でもひときわ高い山に『天眼山』と名づけられている。


 かなりのスピードで歩いているため、何度か休憩を入れた。

 険しい山道に息もはずんでしまう。周辺はすでに岩などの砂ばかりの風景になっている。空気も薄い。

 頂上近くになっているのだ。もう少しで頂上になり下りに入る。知らずにアルパスは安堵のため息をついていた。


 徐々に日が落ちてきた。雄大な景色が眼下に広がる。

 アルパスはテントを張り、干肉や乾燥したブドウ、チーズなどを依頼人にわけた。水はさすがに依頼人も持ってきている。


 つかさず小声で火を使わないよう指示した。

 その危険性を察知していたのか、男は黙ってうなずき、それ以上は何も言わなかった。


 闇の中で月明かりに照らされた男は、荷物のようなものを大事そうに抱えている。何かビンのようなものだ。

 おかしなことはそれ以外にもあった。 

 礼金を含め、金貨をつめた袋があるのにそんなに重要視していないように見えた。男からの報酬は、かなりの高額で現金払いとなっている。


 宿屋への斡旋料は前払いだが、アルパスへの支払いは旅が済んでからだ。

 役人のように見える男だがあきらかに挙動不審だ。不安を押し隠しているようでもあるし、何か期待をして夢を見ているようでもある。


 しかし、この道なき道をついて来られるくらいの体力はあるのだ。

 高飛車だったり、従順だったり、何を考えているかさっぱり分からない。しかし、男の自分に対する態度は宿屋からあまり変わってはいない。ただし最初にはなかった、信頼関係は築けている。


 二日目もおだやかないい天気になった。風もゆるく、いたって穏やかな空気が流れている。男は体力の限界と戦っているのだろう、ただひたすらついて歩いてくるようになった。口を開く余裕もないはずだ。


 その日の夜、男は小声で酒を勧めてきた。アルパスが丁重にことわると、それを気にせずに飲みながら話し始めた。

「おい、このビンの中身がなんだか知りたくはないか?」

「いや、興味ないな」

 アルパスはほぼ声を出さずに答えた。男もそれにならって同じように声をなくす。しかし、彼は話し始めた。

「この中身は、シンサー国を揺るがすものだ。腐りきったこの国を摘発し、昔からの栄光の海軍、陸軍を取り戻せるだろう。だが、今は協力者が必要なんだ。だから、急いでいる。ブッケル国ならば、きっと力を貸してくれるだろう」

「ふぅん」

 興味がどうしても持てないアルパスは、生返事をしてそのまま横になった。山の上は爽快なほどで、星がすぐ近くに輝いていた。


 男はもっと話したそうだったが、アルパスがまったく気乗りしないでいるので、鼻を鳴らしてビンを布で巻いてから自分の体に結わえた。

 アルパスはぼんやりと星を見ながら、今のこの国の状況をはたして隣国がなんとかしてくれるのだろうかと考えた。

 アルパスは国の荒れていることをぼんやりと思いながら、眠りについた。

4.

 翌日は、すこし曇り空が広がっていた。けれど、雨になる気配はなさそうだ。

 まだ早朝、日の出を見ない時間には出発する。


 男も疲れたのだろう、淡々と歩いてはいるが息があがっている。

 だからと言って、アルパスは歩みの速度を落とそうとは思わなかった。はやくこの危険から脱出したかった。岩や石の道を歩き続け、ようやく森に入ったころには昼を過ぎていた。通常ならば一日はかかるところを強行軍で来ているため、足の感覚はすでになくなっている。アルパスは子供と言われるが、十四歳にしては体力のあるほうだ。


 昼食を摂り、山賊の谷間を過ぎてから少しずつ気が楽になりはじめた。あと二時間足らずで川へ出る。川に着いたら、海はもうすぐだ。

 一段と雲が黒ずんできたころ、アルパスは物音を聞いて立ち止まった。枝が足で踏みつけられて折れる音だ。二人の歩みには、そんな音は立ててはない。


 前が突然止まったので、後ろの男はつんのめってアルパスにぶつかってきた。それでも声を出さなかったことに、アルパスは祝福を送りたい気持ちになった。

 やはり何かがおかしい。旅の最初から感じていたあの感覚だ。


 最初からつけられていたのだろうか。けれど、アルパスのように山を知り尽くしている人間が選んだ道を、しかも強行軍にも関わらず後ろからとは言えついてこられることに驚く。できるのは訓練した人間か、山賊どもだろう。


 今、近くに気配を殺している何者かがいる。そうアルパスの心が告げている。

 男の腕をとり、そのままゆっくりと歩き始める。男も何事か察知したようで、息を殺してついてくる。けもの道に出ると全力で走り出した。男も転がるように走る。


 川が見えてきた。水音や、鳥たちのさえずりが多いこのあたりで、しばらく休憩をしたほうがいいだろう。荒い息をついて、アルパスは小声で言った。

「岩の、陰に隠れるんだ。誰かが狙ってる」

「大丈夫なのか?」

「分からない。いざとなったら、川へ飛び込むんだ。命は助かる」

 アルパスの真剣な声に、男は黙ってうなずいた。


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