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5-6

 ブッケル国エルウィンド州の社に戻ると、ふと光の気配を感じて、そっと目を閉じた。ふわりと光の気配を感じた後に目を開けた。


「王女を探さないとか」

 ブッケル国の王女は、囚われている。エルウィンド州の軍隊が賊を包囲したとして、囚われた姫を盾にエルウィンド州がブッケル国の正規軍に襲われかねない。


「そうかあ、お姫様がどこにいるかも探さないとな」

 ブッケル国の礼拝堂は石と木で建てられており、全体的に風が通り抜けるすがすがしさがある。

「戻ったな」


社を出ると、初夏になりはじめに吹く風が心地よかった。アスター大将の家に泊まる予定なので、すこし遠いが向かっていく。


「どこに囚われてるんだろうな。ブッケル国内だよな? まさかシンサー国じゃないよな?」

 ファロは若者らしく手を上げて髪をぐしゃぐしゃと掻きまわした。疲労で体がこちこちだ。前の案件が終わってから数日も経っていない。


 両手を頭の上にやり、伸びをする。睡眠不足が職業病か。

「やること多すぎだろうぉぉっ」


 つぶやく声は低く小さく、けれどファロには悲壮な影は一切ない。歩きながら考え続ける。

 帰宅を急ぐ街の人たちが、天帝の塔の服装のファロをちらちらと見ながら、早足で通り過ぎていく。ちいさく会釈する人もおり、ファロも会釈しかえす。


人通りのなくなってきた石畳の道を、街灯に灯に照らされながら歩く。

 静かな夜に包まれて歩きながら空を見上げると、街灯の灯にかすんではいるが、星がまたたいていた。


「お姫様を見つける方法は……」

月は雲に隠れており、明日の天気は微妙だ。

「人海戦術で地道に行こう。急がば回れだ」


 決まったからには、人海戦術の手配をブッケル国中にしなければならない。シンサー国と違い、峠の宿屋はない国なので、社の連絡網に頼るのがはやそうだ。


「ということは……」

 はっと気付く。自分の耳に届いた自分の声に、頭で考えていたことを口に出していたと知る。立ち止まって額に手を当てる。


 またやってしまった。


 ときどきやらかしてしまう。秘匿事項などはしゃべっていなかったかと反省する。言わない方がよい事項はあったように思うが、とりあえず大丈夫そうだ。


 幸い夜道に人通りはほとんどない。加えてアスター大将の邸宅は郊外で、もともと人通りがない。この界隈は馬で移動するのが普通だ。


 人通りの少なかったことに、天の創造主へ感謝する。

 ついでに自分が、今までがんばれていることに、天の創造主に感謝する。寝不足でさすがに、独り言をしてしまうくらいだが、ファロは地上を天の望む愛に満ちた場所にするために、奮迅することを喜びとしている。


 一切の悪が、地上からなくなればよいのだ。

 地上が善意に満ちていたら、互いの切磋琢磨と、本人の魂を磨くための人生を送れるようになる。軋轢もあるだろう、相互不理解に苦しむこともあるだろう。けれど、それは「悪」ではなく、解決すべき問題なだけだ。


 思考しながら歩いているとアスター邸にたどりついた。ノックをすると、すぐに扉が開いて年配の女性が笑顔で迎えてくれた。女中さんだろう。


「おかえりなさいませ。天帝の塔、ファロ様」

 朝にしか見かけなかった女性たちが、満面の笑顔で迎えてくれた。


「また、お世話になります。遅くなりすみません」

「さあさあ、食事の用意をいたしましたから、召し上がって下さい」


 ファロは腹具合を確かめた。先ほどは状況の説明を優先して、最低限の食事にしていたが、食べたのだ。


 だが、せっかく準備してくれた心に応えたい気持ちもある。もともと食事はブッケル国で摂る予定だったため、予定も伝えていなかった。

「いただきます」


 ファロは動き回っているときは、あまりたくさんの食事を摂らない。眠くなってしまうし、すぐに動けなくなってしまうのを回避するためだ。


 こちらへと案内されて、食堂に入ると、アスターとミハイルの目と合った。その目が、助かった! とあからさまに告げていた。


 昨日ほとんど物がなかったテーブルには、ご馳走がならんでいた。目につくのは、大ぶりの肉をあっさり風味に煮込んだ料理や、パンに野菜やチーズが乗っている料理、トマトの野菜煮込みスープ、色とりどりの果物、ワイン。先ほどの豪華さとはまた別の豪華さだ。


「すごいですね……」

 思わずつぶやくと、年配の女性のうち一人が相好を崩した。

「はい、お客様がいらして、張り切りました」


 もう一人の女中が、最後の仕上げとばかりに、丸焼きにされた鶏肉をテーブルに置いた。

「三人では余らせてしまうかもしれないが」


 主人であるアスターが、申し訳なさそうに小声で言うと、二人は少しばかりきまり悪そうに小さくなった。

「すみません、張り切りすぎてしまいました」


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