5-5 行ったり来たり
初夏のため窓の外の空では、今が夕食の時間かが分からない。だが、耳に入ってくる音を拾うと、まだ夕食にはならなそうだ。
安堵すると、とたんにまた睡魔に襲われそうになる。ファロはベッドから降りると、手を上にあげて伸び、屈伸をし、眠気を追い立てた。
ドアがノックされて、ヘイワーズの声が聞こえてきた。
「ファロ様、領主様が、夕食を共にしたいとのことです。よろしくければ、先ほどの話を直接お話して下さい」
慌てて扉を開ける。
「わかりました。ヘイワーズ殿は同席されますか?」
「いえ、私は社の者たちに、今回の件を伝えます」
ファロはヘイワーズと別れて、同行していた城の侍従の案内で食事の場に向かった。頭は仮眠のおかげですっきりしており、腹具合もちょうどよい。
案内されて通されたのは、十名ほどの席がある長いテーブルだ。職人作りの彫刻入りの椅子、テーブルクロスもレースがあしらわれている。銀製の燭台がならび、普段はお目に掛れない食器類が並んでいた。
「では、はじめよう」
領主の言葉で食事が運び込まれはじめる。
色とりどりのサラダ、スープ、肉料理、パンもつやつやな上ふかふかだ。食事が終盤になるころに、領主から質問された。
「ヘイワーズ社守に伺ったが、ファロ様は天帝の塔の役付きの方だそうですね。シンサー国に危機がせまっているとか」
ファロは口元を布で拭くと、経緯を話した。途中で遮られることもなく、終わったところでいくつかの質問があった。
「どうかご協力をお願いいたします」
「はて、どのような協力ができるだろうか」
どこまでの協力が必要なのか、という質問だろう。武力も有する領地の主だ、どこまでの助力が必要か問われている。
「賊の動きがまだ把握できておりません。あらゆる所に入り込んでいる可能性が高く、洗い出しからとなります。第二首都にいる賊の洗い出しをお願いたします」
武力の行使は、天帝の塔の望むところではない。防衛ならばいざ知らず、攻撃などもってのほかだ。
満足したような領主の表情に、ファロはほっとした。
「あいわかった。民を護り、シンサー国を護るためであれば、惜しまずに協力しよう。兄はこのことは知っておるのか?」
もちろん、シンサー国の国王のことだ。
「いえ、城内に賊がまぎれており、首都ヘイは賊の手に落ち始めております。王にも応援も依頼したいのですが、王に面会をすると、どうしても賊に知られてしまいます」
ファロは第二首都の領主をようやく落ち着いて観察できた。さすがに緊張した。
領主はその海のような青い目を伏せていた。悲しそうな表情だが、口元は横に結ばれている。大柄な方ではないが、上背のある細身の三十代の淡い金髪をしている。
静かな印象の人物だが、第二首都エルロクエントを治める手腕は、民にして「高潔」な領主様と呼ばれるほどだ。
「首都の洗い出しも、できるだけ協力しよう」
思ってもいない申し出に、ファロは頭を下げた。
「大いなる創造主に感謝を捧げます。とても有難い申し出です、どうかよろしくお願いいたします。私はあちこち行き、不在になりますゆえ、ヘイワーズに情報を託してください」
「第二首都の天帝の塔の社守は、とても優秀な方でいつも助けられております。承知いたしました」
ファロは食後のお茶を丁寧に辞退して、礼拝堂に急いだ。
「ヘイワーズ殿、私はこれからブッケル国に戻ります。シンサー国の状況を伝えます。地図を持ってきたら、具体的な指示をします」
ヘイワーズはゆっくりと頷いて、ブルーグレーの瞳を柔らかに細めた。
「迅速なご指示をお願いします」
ファロは力強く頷いて、礼拝堂に向かった。ヘイワーズは、シンサー国を深く愛しているようだ。この事態をはやく解決したい念いが強く感じられる。
「では」
礼拝堂で、ブッケル国に戻るための祈りをした。
喉に膿ができて寝込んでいました。更新遅れてすみません。併せて、明日が仕事のため本日更新です。




