2.
依頼人の風体は、役人のようにも見えたし、兵士のようにも見えた。
今になって見ると役人に近い気質を持っている気がする。
アルパスは口数少なく歩いて案内をしていたが、これから山を越えて海へ出るまで四日ほどはこの人物と一緒に居ないとならない。
それが、三時間で忍耐が切れたのだ。
さすがに依頼人も驚いたのか、無口だった子供の突然の怒りにしばし黙り込んだ。
「店の主は五日はかかると言っていたが、もっとはやく行く方法はないのか」
どこまでも高圧的な口調に、アルパスは頭を掻いた。
「おっさんの足じゃ、絶対に無理だよ。危険だし、山賊たちも最近活発なんだ」
「無理は承知だ。道があっているかは、もう聞かない。とにかく早く行きいたい」
中央の人間はせっかちだと聞いていたが、ここまでとは思わなかった。
「ちょっと待って」
すこし歩いて、岩場に乗りアルパスは山の天候を風から読む。
ついため息をつく。こんなときに限って晴天が続くなんてついてない。
「ないことはない。ただ、本当に危険なんだ。道も危険だけど、それ以上に山賊たちが。俺たち案内人だって、ここんとこ何人かやられてる。村人にすら容赦ないんだ。それでも危険を冒して行くって言うなら、案内はするさ。けど、その間、俺が許可するまで口をきけないぞ。合図は肩を叩くような方法で取る。食事も休憩も、絶対に指示に従ってもらう。そしたら、二日半で行ける」
男は少し考えていた。そこまでして急ぐ必要があるのかを思案しているようだ。
「通常の道で行った方がいいと思う」
ついアルパスは言っていた。
「天候は持つと思うし、後続の案内も特にない。けど、何かヤな感じがする」
案内人らしく短剣を腰につけ、登山に必要なものを背負っている少年は、黒っぽい髪をかきあげて山頂へ続く道を見つめた。
天気だろうか?
得体の知れない何かが不安を強めている。
後ろを振り返っても変化はない。匂いや気配も特に心配することはなさそうだ。それなのに。
男はそんなアルパスには目もくれずに、一人うなずいた。
「よし、二日半で行こう。その間は、お前の言うことを守ろう」
この男は、今注意したすべてのことを、まったく聞いていなかったのか。
アルパスは何度目かわからない、不機嫌さをまぎらわすための、大きな息を空に向かってついた。
男の脳裏に、瓶の中身を手に入れたときのことが思い出されていた。
2.
長年仕えていたシンサー国で、彼はおかしなことを発見していた。
海軍本部が所有している湾岸の基地と、陸軍が所有している基地への出入りを記録した帳簿が二通りあったのだ。公式に出回っている出航と、実際の出入りが違っていた。
きっかけは簡単だった。
軍服を調達する回数が最近は少なくなっている。しかし、どう見ても食料や船の出発が多いのだ。陸軍でも似たようなことが見受けられた。
「うーん」
彼は、このことを上司に報告した。
「ああ、そうみたいだな。まぁ、すこしのことだから大目に見て置こう」
「え、ですが民の血税ですよ」
上司は何も言わずに変な笑を浮かべた。
「この国に陸軍、海軍がいてこそ、平和は保たれているじゃないか」
「は、はぁ」
彼は納得したフリをしてその場は引き下がった。
その日から、彼はすべての陸海軍の帳簿を調べ、調査を開始した。ときどき不審な嫌がらせのようなものがあったが、夢中で調べた。
「そうさ、実際この国のやつら、まったく気付いちゃいねぇ。うちのキャプテンの考えることは世界一だな」
「違いねぇ。俺ら海賊の支配する国になるかもしれないんだ」
海軍の一室で深夜まで調べていた彼は、隣の部屋からの会話に耳を疑った。
――海賊だと……?
「ところでよ、最近内部を調べてるやつがいるって、知ってるか。あいつ、俺らが何も知らないと思ってるらしい」
「ああ、もう手はずは整ってるさ。基地の地図を改ざんして、報告の回数を増やすんだ。きっと向こうは混乱すると思う」
「それも、キャプテンの?」
「決まってるだろ」
彼は恐怖に染まってその場から動けなくなっていた。
悪名高きキャプテン・アーダルブレヒトの名がここに出てくるとは。
すでにシンサー国の海軍は、海賊の下に置かれてしまっていたのだ。おそらくは陸軍も……。
税金に苦しむ民衆は、実は海賊たちに奉仕していたことになる。
「いつの間に………」
彼は改ざんされる前の陸海軍の基地を記した地図を手に入れると、そばにあった帳簿も手に入れてその足で山越えの宿にたどり着いた。はやくしないと止められない。それだけは確かなようだ。