5.混沌と策略
「ちょっとね」
ガートルートは苦笑した。彼女は何をしてるのだろうと、自分を見ていたのだろう。
彼女が串焼きを食べている間、ガートルートは他愛のない話をした。海にまつわる話だとか、両親が遠いところに住んでいることなどを。
「手紙くらいなら届けてもいいよ? 私の知り合いにその辺に住んでる人がいるし、届けてもらえると思う」
「それはいいな! 明日、昼にここで待ち合わせよう」
「うん。あ、軍人さん、私ラキ、よろしくね」
「ガートルートという」
ラキが食べ終えると、ガードルードは立ち上がった。紺のマントがひるがえる。
「じゃあ、明日頼むな」
「うん、お仕事がんばってね! まいどです~」
日に焼けた白い肌と碧の瞳が笑顔を輝かせ、肩までの栗色の髪はふわりと風にさらわれている。
――可愛い子だったんだ。
ガートルートは驚いたように一瞬だけ立ち止ると、手をあげて笑顔を見せた。
午後の公務に向いつつも、明日の昼にまた彼女に会えるのが救いのような気がした。
海軍の基地に戻ると、副参謀長のレインバックが待っていた。
「編成についてまとめよう」
「はい」
陽が落ちる前には、編成について決まっていた。
「ガートルート、いつも通り協力体制を維持して行こう」
「はい、もうこうなったら負けずに、勝ちもせずに、帰ってきましょう」
意図としては二人の意見は合致している。
レインバックもそのことについてはとやかく言わなかった。彼の役目は全体の参謀であり、どう海軍が行動作戦を行うかについてはガートルートに一任している。
5.混沌と策略
急ぎ足で城から出たファロは、真っ直ぐ天帝の塔の社に向かった。今の会議でブッケル国の行動は決まった。
はやくシンサー国の準備に取り掛からねば、ブッケル国エルウィンド州軍に被害が出てしまう。
それに、シンサー国には、状況を把握している人間がほぼいない。アルパス少年には、島に行ってもらっている。本土には、誰ひとりとしてこの悪事について知るものはいない。いや、もしかしたら感ずいて、裏で動き始めているかもしれない。
天帝の塔に所属する者たちが、すでに動いているかもしれない。
「一度、天帝の塔に戻るか?」
戻ってルファス様に報告したとして、シンサー国に行く時間が削られるだけだ。
「すでにご存じかもしれないしな」
ルファス様ならきっと、すでにシンサー国での事態も把握しているだろう。おそらく支援もして下さっている。
「シンサー国の首都に行くか」
シンサー国の首都は、ブッケル国から四、五日はかかる距離だ。広大な敷地面積を誇るシンサー国は、南の位置にある国のため温暖な気候だが、国土には山脈が多く砂漠地帯も有する。それゆえ、民族の多様性もあった。
ひとつの国としてまとまっているというより、同じ土地に住む共同体の感覚が強いように思える。
だから天帝の塔は、シンサー国にはちいさな社をいくつも配置している。多様な価値観を持つ民族の集合体でも、人の感性は同じだ。喜び、悲しみ、幸せを感じ、人を愛する。人はみんな天の創造主が創られた光の子だ。光を内包した存在だと教えられている。けれど、生きていくうちに、様々な感情が生まれて、憎しみに溺れたり、快楽に溺れたり、強奪で生きていたり。憎しみで方向を失ってしまったり。
「海賊たちも、改心したらいいけど」
用意周到な賊たちの天をも恐れぬ計画は、かならずつぶれる。天帝の塔が関知し、介入している時点で決まっている。
「けど、終着地点がどうなるかは、今は分からない」
ファロはブッケル国エルウィンド州の社で祈り、シンサー国の首都にある社に飛んだ。どこの社にいるか確認するために外に出た。
首都ヘイは、エルウィンド州より気温が上がり、湿度もあった。まさに初夏だ。
シンサー国に戻ってきました!




