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4-12

「分かりました」

 けっこう情報はあるが、それでも何か実行するとしたら、全然足りない。


 あらかたの準備が済んだのか、アスターは椅子に座って、ファロにも座るように促した。

「なぁ、祈りについてだが、俺も、毎日ではないが祈っている、何が違うのだろうな」

「人を、その人たらしめているのは、その人の『念い』です」


 ファロは言葉をゆっくりと、噛んで含めるように出した。大体にして、この言葉についてすぐに吞み込むことができない。


「……思い、なのか?」

 アスター大将は、しばし思考を巡らせるように黙り込んだ。


「念いは、祈りと通じます。常に他人の幸せについて考え、想っている。天の光が人の心を癒し、しあわせになるようにと思い、願っている。天帝の塔に所属する人は、そういう者ばかりです」


 かみしめる様に伝えると、アスターの青い瞳がじわりと潤んだ気がした。


「俺は、エルウィンド州の人間を護りたいと常に思っている。つまり、そういう念いを持つのが、俺だということだな」


 ファロは細いタレ目をさらに笑みに細くした。

「はい」


 些末な日常のあれこれを思ってばかりの人もいるが、よくよく自分の思いを考えると、本来の自分を見出せたりする。


 自分は何者なのだろうか、なぜ生まれてきたのだろうか。その答えに少しだけ手が届く。

「遅くなったか? 私が一番乗りだったか?」


 黒褐色の髪にアイスブルーの瞳を持つ元帥の姿が戸口に現れた。


「ダローウィン閣下、お呼び立てして申し訳ございません。シンサー国の地図を持つ者が、今回の情報を持って昨夜、私たちに出会ったのです」


「確かな情報のようだな?」

「はい、天帝の塔の者ですから」

 ダローウィンは鋭い視線をファロに向けてきた。痛いような視線を、ファロはふんわりと受け止めて、にこりと笑った。


「はじめてお目にかかります、天帝の塔所属のファロです。シンサー国の人から依頼をされまして、ブッケル国に地図を持ってきました」


 丁寧に言えば、ダローウィンはほんの少し目を細めた。

「今回は情報が命だ。助かる。それと、妻がいつも通っている。世話になっている」


「奥様の祈りが主に通じますように」

 ファロはいつものように、手を合わせて礼をした。


「詳細はみながそろってから聞こう」

 本部参謀の二人と、海軍のジェラルド、ガードルードもそろい、最後にミハイルが席に座った。


 軍人が集まると妙な威圧感がある気がする。ミハイルがそろったところで、地図を広げて説明を開始した。


 質問がいくつかあったが、アスターが回答していた。二時間に及ぶ会議が終わり、地図の複写については軍部で二日で仕上げると言われた。


「それまでは、アスター邸に滞在していてくれ」

「わかりました」


 素直に頷きながら、シンサー国の拠点に先に行って根回しておこうと、心中で考える。ブッケル国は協力体制はすぐに得られると思っていた。問題はシンサー国だ。


 天帝の塔の社を中心に、信頼できる伝手を搔き集めなければならない。

 聞く役に徹していた明るい灰褐色の髪と緑の目を持つ海軍大将が、ゆっくりと確認する。


「海軍は今回は、人運びが重たる仕事と心得てよろしいか?」

「シンサー国よりの小さな島が、なぜか海賊の標的になっています。できれば手を貸してもられるとうれしいのですが」


 思わず声を上げると、ダローウィン閣下の鋭い視線が刺さった。

「シンサー国の海軍ではないのだがな」


「閣下、そんな小さな島をわざわざ手に入れるなんて、もしかすると我が国の姫を幽閉するためかもしれません。それに、小さな島の人たちが、我がブッケル国の者でなくとも……。知ってしまったら助けに行

きたくなります」


 海軍の若い参謀長であるガードルードは、黒い瞳に力を宿して意見した。

「うちの海軍の兵を一兵たりとも失うな。それが条件で、島を護ってもよい。ガードルード、任せたぞ」

「はっ」


 ファロはガードルードの言葉に、計り知れない愛の深さを感じて目を閉じた。主の采配は人知を超えたところに、ひょいと出てくる。ガードルードにも、主にも感謝する。


「宜しくお願い致します」

 ガードルードがはじめてファロに笑顔を見せた。普通の若者のような、気さくな任せとけ、というような笑顔だった。


 だいたいがまとまると、会議は散会となった。


 ファロは一人で天帝の塔の社にむかった。シンサー国へ行かねばならない。途中、海軍のガードルードが横を通り過ぎていった。


次回はちょっと脱線です。

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