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「分かりました」
けっこう情報はあるが、それでも何か実行するとしたら、全然足りない。
あらかたの準備が済んだのか、アスターは椅子に座って、ファロにも座るように促した。
「なぁ、祈りについてだが、俺も、毎日ではないが祈っている、何が違うのだろうな」
「人を、その人たらしめているのは、その人の『念い』です」
ファロは言葉をゆっくりと、噛んで含めるように出した。大体にして、この言葉についてすぐに吞み込むことができない。
「……思い、なのか?」
アスター大将は、しばし思考を巡らせるように黙り込んだ。
「念いは、祈りと通じます。常に他人の幸せについて考え、想っている。天の光が人の心を癒し、しあわせになるようにと思い、願っている。天帝の塔に所属する人は、そういう者ばかりです」
かみしめる様に伝えると、アスターの青い瞳がじわりと潤んだ気がした。
「俺は、エルウィンド州の人間を護りたいと常に思っている。つまり、そういう念いを持つのが、俺だということだな」
ファロは細いタレ目をさらに笑みに細くした。
「はい」
些末な日常のあれこれを思ってばかりの人もいるが、よくよく自分の思いを考えると、本来の自分を見出せたりする。
自分は何者なのだろうか、なぜ生まれてきたのだろうか。その答えに少しだけ手が届く。
「遅くなったか? 私が一番乗りだったか?」
黒褐色の髪にアイスブルーの瞳を持つ元帥の姿が戸口に現れた。
「ダローウィン閣下、お呼び立てして申し訳ございません。シンサー国の地図を持つ者が、今回の情報を持って昨夜、私たちに出会ったのです」
「確かな情報のようだな?」
「はい、天帝の塔の者ですから」
ダローウィンは鋭い視線をファロに向けてきた。痛いような視線を、ファロはふんわりと受け止めて、にこりと笑った。
「はじめてお目にかかります、天帝の塔所属のファロです。シンサー国の人から依頼をされまして、ブッケル国に地図を持ってきました」
丁寧に言えば、ダローウィンはほんの少し目を細めた。
「今回は情報が命だ。助かる。それと、妻がいつも通っている。世話になっている」
「奥様の祈りが主に通じますように」
ファロはいつものように、手を合わせて礼をした。
「詳細はみながそろってから聞こう」
本部参謀の二人と、海軍のジェラルド、ガードルードもそろい、最後にミハイルが席に座った。
軍人が集まると妙な威圧感がある気がする。ミハイルがそろったところで、地図を広げて説明を開始した。
質問がいくつかあったが、アスターが回答していた。二時間に及ぶ会議が終わり、地図の複写については軍部で二日で仕上げると言われた。
「それまでは、アスター邸に滞在していてくれ」
「わかりました」
素直に頷きながら、シンサー国の拠点に先に行って根回しておこうと、心中で考える。ブッケル国は協力体制はすぐに得られると思っていた。問題はシンサー国だ。
天帝の塔の社を中心に、信頼できる伝手を搔き集めなければならない。
聞く役に徹していた明るい灰褐色の髪と緑の目を持つ海軍大将が、ゆっくりと確認する。
「海軍は今回は、人運びが重たる仕事と心得てよろしいか?」
「シンサー国よりの小さな島が、なぜか海賊の標的になっています。できれば手を貸してもられるとうれしいのですが」
思わず声を上げると、ダローウィン閣下の鋭い視線が刺さった。
「シンサー国の海軍ではないのだがな」
「閣下、そんな小さな島をわざわざ手に入れるなんて、もしかすると我が国の姫を幽閉するためかもしれません。それに、小さな島の人たちが、我がブッケル国の者でなくとも……。知ってしまったら助けに行
きたくなります」
海軍の若い参謀長であるガードルードは、黒い瞳に力を宿して意見した。
「うちの海軍の兵を一兵たりとも失うな。それが条件で、島を護ってもよい。ガードルード、任せたぞ」
「はっ」
ファロはガードルードの言葉に、計り知れない愛の深さを感じて目を閉じた。主の采配は人知を超えたところに、ひょいと出てくる。ガードルードにも、主にも感謝する。
「宜しくお願い致します」
ガードルードがはじめてファロに笑顔を見せた。普通の若者のような、気さくな任せとけ、というような笑顔だった。
だいたいがまとまると、会議は散会となった。
ファロは一人で天帝の塔の社にむかった。シンサー国へ行かねばならない。途中、海軍のガードルードが横を通り過ぎていった。
次回はちょっと脱線です。




