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「複写はさすがに時間がかかる」
天帝の塔に戻って、筆の速い人たちに依頼したとしても四日はみなければならない。シンサー国には持って行かないと、事態の説明は難しそうだ。
仕方がない。複写は一度シンサー国に行って、その後に手配だ。
部屋に戻ると、荷物を整理して応接室に向かった。地図がそのまま広げられており、帳簿も置いてある。ソファにはミハイルが寝そべっていた。どうやら起きているようだ。
「すまん。アスターに先に行っていてくれと伝えてくれ。すぐに追いつくから」
言うとすぐに応接室を出て行ってしまった。
ミハイル参謀長は、本当に自分のペースで動く。自分の行動の責任は、ぜんぶ自分で取れる人物だと分かる。
「わかりました」
いなくなった出入り口にちいさく返事を返した。この後、会議に出てからシンサー国に行くことになる。広げられた地図をまとめて、帳簿をしまう。
使用人がお茶を持ってきてくれたので、ソファに座って休んだ。休めるときは休む。
「待たせたな」
颯爽と軍服を纏った金髪で青い瞳のアスターが入ってくると、すぐにミハイルの姿がないのに気付いたようだ。
「ミハイルさんは、先に行ってくれと言っていました」
聞くとすぐに頷いて、アスターは人好きのする笑顔になった。姿を見るだけで安心する存在なのだろう、部下たちの気持ちがすこし分かった。
「では、我々だけで向かおう」
踵を返して、で口に向かって歩き出す。
「馬で行くが大丈夫か?」
「なんとか」
天帝の塔は山にあるため基本的に徒歩が多い。
外に出て馬小屋に向かうと、自分で手綱を引いて歩く。
「この馬なら大丈夫だと思う。使ってくれ」
たまに馬を使うこともあるので、ファロは慣れないながらも馬上の人になり、無事に城に向かうことができた。
朝になるとエルウィンド州の街並みの美しさや、人々の健やかさ、治安の良さなどがうかがえてファロは涙をぬぐった。
「もうすぐだ」
エルウィンド州城の門は開いており、待っていた人々がゆっくりと入っていく。
馬のまま入っていくと左手の馬場に向かっていく。馬を降りると城の厩の係がやってきて、馬の手綱を受け取った。
「おはようございます、大将。帰りにはまた声をかけてください」
「今日は二頭だ、よろしく頼む」
二頭の馬を引き受けたので、客人が気になったのだろう、好奇心から厩番はファロを覗き込んでくる。目が合ったのでファロは、にっこりと笑いかけた。初対面であろうとも、ファロにとっては大切な主の作られた子の一人だ。
「天帝の塔のファロです。宜しくお願い致します」
丁寧にあいさつをされるとは思ってもいなかったのだろう、厩番はすこし慌てたような、うれしそうな顔で軽く頭を下げると、馬を連れて行った。
武骨な印象の城砦は、素朴で装飾もほとんどなく、簡素で丈夫そうな灯りが均等な間隔で設置されていた。
「城に陸軍の駐屯地があるのですか?」
「城にはない。別の場所にある、大所帯だからな。だが、城の別棟に軍部の建物がある」
軍は陸軍だけではない。確かに。
おとなしく付いていくと、城の一階の廊下をずっと歩いたところに扉があり、開けると中庭に続いていた。中庭を超えた場所に別棟として建物があった。
「おはようございます!」
「ご苦労」
門番に挨拶すると、扉を開ける。
軍部の中はさらに武骨で素朴だった。装飾とは、と考えてしまうほどの殺風景さだった。最初の木戸をノックすると、アスターは応えを聞かずに戸を開けた。
「緊急招集だ。全員を集めてくれ」
「はっ!」
伝令係と見える見習いの若い青年が、机に脚をぶつけながら勢いよく椅子から立ち上がると敬礼をした。脇目もふらずに、すぐに部屋を出て走り出す。
「一刻以内に頼むっ」
「はいぃ」
十代と思われる若者は、大声で応えると角を曲がっていった。
「さて、準備をしよう。ファロこちらへ」
階段を上がり、廊下の突き当りの部屋の扉を開けると入っていく。広間だ。武骨な石の壁に、楕円形のテーブルが中央にあり、椅子がたくさん並んでいる。テーブルと椅子は上等なもので職人が丁寧に作ったものだと分かる。ようやくブッケル国エルウィンド州軍の首脳会議に出席するのだと実感する。
「今回は七人参加する。すぐにでもシンサー国に行きたいだろうが、こらえてくれ」
会議室に入った後に、控えて命令を待つ部下らしき兵士が次々来たが、アスターは会議に必要なものを揃えるように言って、自身は窓を開ける。こもっていた部屋の空気が、すがすがしい朝の空気に塗り替えられていく。
次に大きな黒い石板を用意し、白い長い石を用意していく。三つほどだ。
「何か手伝いましょうか?」
「ファロは話す手順を考えてくれ。地図を手に入れた経緯と、情報を余すところなく伝えて欲しい」




