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エルウィンド州軍との会議1

「ブッケル国の王女を連れ去ったのが国内の賊だとしたら、国内にも敵に通じる賊がいるってことですね。なるほど」


 兵力の分散について考えていたのか。


 船に乗って軍隊がシンサー国に向かえば、エルウィンド州は空になってしまう。そこまで考えていなかった。


「まぁ、うちの参謀はあらゆる事態を想定して、準備をするのでな。あと半時ほどで出発する。ファロ殿も準備をして昨日の応接室で待っていてくれ」

「はい」


 つづけてアスターが軽く聞いてきた。


「ところで地図は二枚ないな? シンサー国に戻るときに必要か?」

「そ……」

 そうですね、と軽く応えようとした声が途中でとまった。


 複写が必要だったか。事態を伝えるのを第一にしてしまい、失敗してしまった。


「至急、複写が必要ですね?」

「実際に行動に移す前の一週間ほど前にはあったほうがいいが、すぐには……。ミハイルがどう言うか分からないが」


 食堂を出て、一度自室に戻るアスターは、かるく会釈をしてから二階への階段を上がっていった。


「複写はさすがに時間がかかる」


 天帝の塔に戻って、筆の速い人たちに依頼したとしても四日はみなければならない。シンサー国には持って行かないと、事態の説明は難しそうだ。


 部屋に戻ると、荷物を整理して応接室に向かった。地図がそのまま広げられており、帳簿も置いてある。ソファにはミハイルが寝そべっていた。どうやら起きているようだ。


「すまん。アスターに先に行っていてくれと伝えてくれ。すぐに追いつくから」


 言うとすぐに応接室を出て行ってしまった。

 ミハイル参謀長は、本当に自分のペースで動く。自分の行動の責任は、ぜんぶ自分で取れる人物だと分かる。


「わかりました」


 いなくなった出入り口にちいさく返事を返した。この後、会議に出てからシンサー国に行くことになる。広げられた地図をまとめて、帳簿をしまう。


 使用人がお茶を持ってきてくれたので、ソファに座って休んだ。休めるときは休む。


「待たせたな」


 颯爽と軍服を纏った金髪で青い瞳のアスターが入ってくると、すぐにミハイルの姿がないのに気付いたようだ。


「ミハイルさんは、先に行ってくれと言っていました」


 聞くとすぐに頷いて、アスターは人好きのする笑顔になった。姿を見るだけで安心する存在なのだろう、部下たちの気持ちがすこし分かった。


「では、我々だけで向かおう」


 踵を返して、で口に向かって歩き出す。


「馬で行くが大丈夫か?」

「なんとか」


 天帝の塔は島にあるため基本的に徒歩が多い。

 外に出て馬小屋に向かうと、自分で手綱を引いて歩く。


「この馬なら大丈夫だと思う。使ってくれ」


 たまに馬を使うこともあるので、ファロは慣れないながらも馬上の人になり、無事に城に向かうことができた。


 朝になるとエルウィンド州の街並みの美しさや、人々の健やかさ、治安の良さなどがうかがえてファロは嬉し涙をぬぐった。


「もうすぐだ」


 エルウィンド州城の門は開いており、待っていた人々がゆっくりと入っていく。

 馬のまま入っていくと左手の馬場に向かっていく。馬を降りると城の厩の係がやってきて、馬の手綱を受け取った。


「おはようございます、大将。帰りにはまた声をかけてください」

「今日は二頭だ、よろしく頼む」


 二頭の馬を引き受けたので、客人が気になったのだろう、好奇心から厩番はファロを覗き込んでくる。目が合ったのでファロは、にっこりと笑いかけた。初対面であろうとも、ファロにとっては大切な主の作られた子の一人だ。


「天帝の塔のファロです。宜しくお願い致します」


 丁寧にあいさつをされるとは思ってもいなかったのだろう、厩番はすこし慌てたような、うれしそうな顔で軽く頭を下げると、馬を連れて行った。


 武骨な印象の城砦は、素朴で装飾もほとんどなく、簡素で丈夫そうな灯りが均等な間隔で設置されていた。


「城に陸軍の駐屯地があるのですか?」

「城にはない。別の場所にある、大所帯だからな。だが、城の別棟に軍部の建物がある」


 軍は陸軍だけではない。確かに。


 おとなしく付いていくと、城の一階の廊下をずっと歩いたところに扉があり、開けると中庭に続いていた。中庭を超えた場所に別棟として建物があった。


 入り口に立つ兵がアスターの姿を確認すると敬礼をした。


「おはようございます!」

「ご苦労」


 門番に挨拶すると、扉を開ける。

 軍部の中はさらに武骨で素朴だった。装飾とは、と考えてしまうほどの殺風景さだった。最初の木戸をノックすると、アスターは応えを聞かずに戸を開けた。


「緊急招集だ。全員を集めてくれ」

「はっ!」


 伝令係と見える見習いの若い青年が、机に脚をぶつけながら勢いよく椅子から立ち上がると敬礼をした。脇目もふらずに、すぐに部屋を出て走り出す。


「一刻以内に頼むっ」

「はいぃ」


 十代と思われる若者は、大声で応えると角を曲がっていった。


「さて、準備をしよう。ファロこちらへ」


 階段を上がり、廊下の突き当りの部屋の扉を開けると入っていく。広間だ。武骨な石の壁に、楕円形のテーブルが中央にあり、椅子がたくさん並んでいる。テーブルと椅子は上等なもので職人が丁寧に作ったものだと分かる。ようやくブッケル国エルウィンド州軍の首脳会議に出席するのだと実感する。


「今回は七人参加する。すぐにでもシンサー国に行きたいだろうが、こらえてくれ」


 会議室に入った後に、控えて命令を待つ部下らしき兵士が次々来たが、アスターは会議に必要なものを揃えるように言って、自身は窓を開ける。こもっていた部屋の空気が、すがすがしい朝の空気に替えられていく。


 次に大きな黒い石板を用意し、白い長い石を用意していく。三つほどだ。


「何か手伝いましょうか?」

「ファロは話す手順を考えてくれ。地図を手に入れた経緯と、情報を余すところなく伝えて欲しい」


「分かりました」


 けっこう情報はあるが、それでも何か実行するとしたら、全然足りない。

あらかたの準備が済んだのか、アスターは椅子に座って、ファロにも座るように促した。


「なぁ、祈りについてだが、俺も、毎日ではないが祈っている、何が違うのだろうな」

「人を、その人たらしめているのは、その人の『念い(おもい)』です」


 ファロは言葉をゆっくりと、噛んで含めるように出した。大体にして、この言葉についてすぐに吞み込むことができない。


「……思い、なのか?」


 アスター大将は、しばし思考を巡らせるように黙り込んだ。


「念いは、祈りと通じます。常に他人の幸せについて考え、どうすればいいか行動し、想っていたり、天の光が人の心を癒し、しあわせになるようにと思い、願っている。天帝の塔に所属する人は、そういう者ばかりです」


 わかりやすく伝えると、アスターの青い瞳がじわりと潤んだ気がした。


「俺は、エルウィンド州の人間を護りたいと常に思っている。つまり、そういう念いを持つのが、俺だということだな」


 ファロは細いタレ目をさらに笑みに細くした。


「はい」


 些末な日常のあれこれを思ってばかりの人もいるが、よくよく自分の思いを考えると、本来の自分を見出せたりする。


 自分は何者なのだろうか、なぜ生まれてきたのだろうか。その答えに少しだけ手が届く。


「遅くなったか? 私が一番乗りだったか?」


 黒褐色の髪にアイスブルーの瞳を持つ元帥の姿が戸口に現れた。


「ダローウィン閣下、お呼び立てして申し訳ございません。シンサー国の地図を持つ者が、今回の情報を持って昨夜、私たちに出会ったのです」


「確かな情報のようだな?」

「はい、天帝の塔の者ですから」


 ダローウィンは鋭い視線をファロに向けてきた。痛いような視線を、ファロはふんわりと受け止めて、にこりと笑った。


「はじめてお目にかかります、天帝の塔所属のファロです。シンサー国の人から依頼をされまして、ブッケル国に地図を持ってきました」


 丁寧に言えば、ダローウィンはほんの少し目を細めた。


「今回は情報が命だ。助かる。それと、妻がいつも通っている。世話になっている」

「奥様の祈りが主に通じますように」


 ファロはいつものように、手を合わせて礼をした。


「詳細はみながそろってから聞こう」


 本部参謀の二人と、海軍のジェラルド、ガードルードもそろい、最後にミハイルが席に座った。


 軍人が集まると妙な威圧感がある気がする。ミハイルがそろったところで、地図を広げて説明を開始した。


 質問がいくつかあったが、アスターが回答していた。二時間に及ぶ会議が終わり、地図の複写については軍部で二日で仕上げると言われた。


「それまでは、アスター邸に滞在していてくれ」

「わかりました」


 素直に頷きながら、シンサー国の拠点に先に行って根回しておこうと、心中で考える。ブッケル国は協力体制はすぐに得られると思っていた。問題はシンサー国だ。


 天帝の塔の社を中心に、信頼できる伝手を搔き集めなければならない。

 聞く役に徹していた明るい灰褐色の髪と緑の目を持つ海軍大将が、ゆっくりと確認する。


「海軍は今回は、人運びが重たる仕事と心得てよろしいか?」

「シンサー国よりの小さな島が、なぜか海賊の標的になっています。できれば手を貸してもられるとうれしいのですが」


 思わず声を上げると、ダローウィン閣下の鋭い視線が刺さった。


「シンサー国の海軍ではないのだがな」


天帝の塔というワードを出すと信頼されるのですが、悪人が偽って使うこともあります。ですが、天帝の塔の社などで在籍するか確認するとか、手段はあります。ただし、天帝の塔と噓を言っても、すぐに見破られてしまうのがほとんどです。

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