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「何があるんだろうな」
黙り込んだミハイルに構わず、淡々とアスターが話し始める。
「元帥が納得されていない軍事行動は、州候を通して国王が指示している。しかし、州候はあのようにいたって能天気な方だ。あの方も納得などしないだろう」
「つまり我々は護っている祖国に命令されている。閣下もわざわざ『国王より』と言及していた。しかし、ありえるか?」
ミハイルは腕を組みながらすこし頭をかしげて、皮肉な苦笑いを浮かべた。
「あり得ないはずなんだが?」
二州はそれぞれ自治領として存在している。仮にブッケル国王が命令をしてきたとしても、こちらの言い分が通るはずなのだ。
アスターは、いらだちを吐き出すように息をついたが、すぐにこぶしをもう一方の手に打ちつけた。有り余ったいら立ちが広間に音で拡散される。軍は命令一つで人の命を奪える。アスターは陸軍の命運を、遠方にいる王に握られるのは、納得がいかないうえに、腹に据えかねた。
二人は招集を受けた広間に、足音が聞こえてくるのに気付いた。すでに広間には二人しか残っていない。
「ジュエル・アトリー少尉であります! よろしいでしょうか?」
鮮やかなブロンドの女性が入ってきた。女性の士官はめずらしいが、副官として従事する女性も数人いる。
「なんだ?」
アスターが切り返すと、ジュエル曹長は「は!」とこ気味いい返事をした。
「閣下、元帥がお呼びです、特にお二人にはお早めにいらして欲しいと」
「了解した」
アスターが言うと、ジュエル少尉は、ちらりとミハイルを見た。ミハイルも小さく「了解」と呟く。
少尉がいなくなると、ミハイルは短く舌を鳴らした。
「見抜かれすぎじゃないか! ここで雑談してるって、なんで元帥に分かるんだ」
どうやらそれが悔しいらしい。
「何でも見抜くことができるから、元帥なのさ、あの人は」
肩をすくめてアスターが言うと、仕方なさそうにミハイルは歩き出した。アスターもつられるように動き出す。
1.
敬礼を解除するころに、海軍司令官ジェラルド、海軍戦闘支援司令官ガートルート、衛生司令官パヤックなど主要な人間が集まってきた。先ほどより人数は厳選されている。会議には書記や衛兵などが隅にいたが、今は上役だけだ。
ダローウィン元帥は集まった面々を前に、不機嫌な色を隠さずに話し始めた。
「さて、重要なことを伝える。シンサー国へ侵略をしないと、エルウィンド州は国王直轄領からの兵に攻撃される。人質は、このエルウィンド州の街だ。内通者がいる可能性もある、このことは内密に。いいな」
低められた声音に、ミハイルとアスター、ジェラルドとガードルードは同時に敬礼をした。
「作戦については地形、気候、兵力などが不明なため、準備は想定外の分までだぞ」
「了解いたしました……」
ミハイルは元帥の前で思わず目を手で覆った。アスターは泰然としているが、眉間のしわは深そうだ。そのアスターが口を開いた。低い声だ。
「閣下、侵攻の指令は国王からなのですね」
「そうだ、エルウィンド州陸軍に侵略が可能だと判断されたのだろう」
思いつめたようなガートルートが黒い瞳を鋭くきらめかせた。
「このような戦をなぜするのでしょう…」
皆がみなダローウィンを見つめる。ダローウィンは若いガートルートに口を開く。
「不明だ」
ガートルートの苦虫を嚙み潰したような顔と、ジェラルドの暗い表情が困惑と理不尽な命令に憤慨していることを如実に示した。
次の話にうつろうとするダローウィンに、ミハイルは食いついた。
「僭越ながら、他に情報などは」
ダローウィンは、ゆったりと紅茶色の髪の陸軍参謀長に目を向け、ふっと口の端だけ笑みの形を乗せた。
「猶予はまだある。追って知らせる」
ミハイルは力を抜いて、いつもの軽めな敬礼をした。
「諸々承知いたしました」
「陸軍には難しい立ち回りになる可能性がある。海軍は移動するのに総動員をかけることになるだろう」
アスターがピシりと敬礼をすると、ミハイルは再度なし崩しな敬礼をした。だいぶ力が抜けたのか、何か考え事をしていたようだ。
海軍大将ジェラルドもきっちりと敬礼をした。ガードルードは難しい顔をしたまま敬礼した。
国と国の戦など机上の空論だ、と言ってしまえれば楽なのだが、実際に起こす側なのだ。
ダローウィン・クロスが元帥でエルウィンド州はよかった、とミハイルは息をついた。
ガードルードがむっつりと、黒髪を掴むようにかきあげた。
ダローウィン元帥の燃えるような短い赤髪と、青い瞳に、余裕が見られる。先ほどの召集とは打って変わった雰囲気だ。
後ろに元帥所属、参謀長官レイフィール、副参謀長官ミルトンが立っていた。おそらくすでに情報収集に動いているのだ。
明日用事あるため、本日更新しました。