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ダローウィンは州候の言葉を聞かずとも心情は手に取るように分かった。州候はこの州を、人々を、すべてを心から愛しているのだ。
戦争で無残に切り刻まれることなど、思いもよらない。他国だって同じだ。
「わたくしも、同じおもいであります」
州候はうなずいて召集を命じた。
士官たちも平穏の中で、毎日の対海賊山賊用、魔物撃退訓練をしつつ、職務として勤勉に過ごしていた。
召集がかけられたのは翌日の早朝だった。
急な召集にいつもならば意見などを交わす彼らも、静まり返っている。
この召集は厳しい軍律に依り、元帥の言葉が絶対となる。大将、参謀長のみが整列した広間へ、ダローウィンが元帥の印である黒紫色のマントをひるがえして現れた。
ダローウィンの雰囲気に場の空気が凍る。黒褐色の髪にアイスブルーの瞳を持つダローウィンは、厳しい顔を向けた。
「国王からの指令を伝える」
厳かに声がとどろく。
ダローウィン最大の特徴だ。指揮官の士気を鼓舞するにおいて、他の人間には不可能な領域にまで達している。
「シンサー国への侵攻実行とあいなった! 行動開始までに、侵攻作戦を練るように。以上」
さすがにざわりと室内の空気が揺れる。声なき動揺に士官達の驚愕が並みのものではないと知る。予想はしていたことだ。何よりも自分自身が納得などできていない。
「以上、通達されたし。解散!」
ダローウィンは質問をもうけなかった。いつもならば必ず言う「事前準備のこと」などもすべて省略した。
解散の命を受け、士官たちは慌てて自分たちの組織に戻っていく。戻る道すがら、ついつい同僚と顔を合わせてしまう。
「州軍に、国王からだと?」
誉れ高き海軍上級大将ジェラルド・スタークは、混乱する心中を整理するように周囲を見渡した。
「元帥閣下のご判断なんだ。間違ってはいないだろう」
「シンサー国が侵略してくるってのか?」
他の士官たちが不安そうにささやき交わすのを、聞くでもなく聞いてしまう。
ジェラルドは灰色の眉をひそめた。上官であり、ブッケル国エルウィンド州軍元帥ダローウィンの顔には、何か底知れない暗さがあった。
明るい灰褐色の髪と、緑の目を持つジェラルドは、海軍参謀長の実直な若い神経質そうな男に声をかけた。
「貴官の意見はどうなんだ?」
俯いていた黒髪の頭が上がり、ゆっくりと振り向いた。ガードルード・シアーズの黒目は、自分より混乱していた。
振り向いたまま、しばらく黙っていた最近海軍参謀長に昇進になったばかりのガードルード・シアーズは、言いにくそうに口を開いた。どうやらガートルートの方が今回の召集でダメージを受けているようだ。
「意見も何も、事前準備すら言われなかった。正直、見当がつかないです」
ダローウィン元帥は、うるさいくらいに事前準備を指示するのだ。それで、何人もの部下の命が助かっている。
戦は過酷だ。そのことをよく知っている部下たちは、事前準備について示唆すらしない元帥に不審を持たざるを得ない。しかも他国を攻めるなど聞いたことがない。
ガートルードは前を見据えて、悲壮な表情を押し隠していた。
灰褐色の前髪を無意識に後手で押さえたままジェラルドも、それ以降口を開かなかった。
何かお考えがあるはずだ、と心中で思う。
部下にはなんと伝えればいいのだろう。シンサー国を侵略することになったので、準備をするように、だろうか。
この際、大義名分でもいい。戦に名目が与えられないだろうか。これまで、関わりがなかったとしても友好的に接してきた隣国の精鋭たちと、一戦交えることになるとは。
陸軍は、今回の戦では要になってくるだろう。ジェラルドは思わず金髪の偉丈夫である陸軍大将を見やった。
陸軍上級大将のアスター・クリフォードはしばらく逡巡していたが、ダローウィン元帥の後を追おうとして肩を揺らせた。
「アスター」
陸軍参謀長である濃い紅茶色の髪のミハイル・ハエックに声をかけられて思いとどまっていた。
「ああ」
戦闘についてならば、なんにせよエキスパートの用兵家であるミハイルは、陸軍大将のアスターとは同じ街で生まれ育った幼馴染だ。アスターが剛とすれば、ミハイルは柔だろうか。
両者が存在してはじめて陸軍は円滑、かつ機能的に動くことができる。
ミハイルの声に、この召集に対しての疑問がゆれていた。友人と言葉を交わすと、アスターの感情のゆれが多少は収まった。
声をかけてきたミハイルは、唐突に聞いてきた。
「この戦、勝ち目はないな?」