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あちこちが工事中の競技場内の一角、水際に水族館のステージのような半円形の足場が完成している。
そこに立ち、準備運動を続けている留衣とその対戦相手、大間。二人ともフィギュアスケーター風のユニフォームの為、一見、二人でこれからアイスショーでも始めるのかといった風にも見えるが、二人とも早乙女製ジェットバック『J―1』を背負っている。
二人の奥に立っている大型モニタには、レースコースの3D図面と各チェックポイントのドローンからの映像、スタートまでのカウント、赤信号の表記が出ている。
上空には、既にレース用の四つのポイントの枠が投影されていて、撮影用のドローンが各ポイント近くに配置されている。
5、4、3、2、1、赤信号が消灯し、同時にスタートを知らせる合図が鳴る!
留衣と大間の二人は、上空に投影された一番のポイントめがけて、同時に飛び上がっていった。
スタート地点に隣接する屋内では、自分達の出番を待つ受験生達と丈一郎達競技会スタッフが、ガラス越しに表の模擬レースの様子を見守っている。ショー担当のトレーナー候補である美深も、競技会に呼ばれたようでこの場に立ち会っている。
裕子達は、競技場外の道路にワゴン車を止め、その屋根から双眼鏡越しに上空の様子を眺めている。
地上から上空へと伸びていく二人の軌道は二つに割れ、留衣は一直線に第一ポイントを、大間は第二ポイントを見越して蛇行したルートを進んでいく。
留衣が第一ポイントの枠に入ってすぐ、無駄のないターンを決め、そのすぐ後に大間がポイントを全速力で通過していく。
スピードを維持している大間の加速が勝り、次の第二ポイントでは大間が先にポイントを通過した後、留衣がターンを決める。勝負は一進一退。大間が慣れないジェットを使っている事を加味すると、善戦しているといっていい展開を繰り広げている。
「しつっこい!」
第三のポイントまでの移動に大回りのルートをとっている大間の方が若干時間がかかり、再び先にターンを決めた所で留衣は方針を変え、最後は全速力で第四ポイントからゴールまで飛び続ける蛇行ルートを選ぶ。このままでは抜けないと判断した大間は、逆に第四ポイントを最短距離のターンで進むルートに、軌道修正していく。
留衣より先に第四ポイントへと迫る大間。その時だった。
いつも使っている機材と癖が違う事を忘れて、ターンする為の減速が早すぎて、枠に届くまでの滞空時間が長くなった結果、留衣に先を越されるきっかけを与えてしまう。
「いけるっ!」
第四ポイントを通過してゴールを見定めた留衣、ジェットを止めて足から自由落下していく姿勢に切り替える。ふた呼吸くらい遅れて、直線ルートの大間が同様の姿勢に切り替える。
「くっ!」
後続の大間が追いつけないまま、海上に浮かぶゴールポイントの浮島にタッと降り立つ留衣。
続いて大間が勢いよく浮島に足から突っ込む。その衝撃の余波に巻き込まれないよう、留衣がスッとゴールから飛び立つ。
大間はなんとか浮島の上に踏みとどまり、水上に落ちずにゴールを決めた。
そのまま留衣が飛んできて、丈一郎達のいる屋内までやってくる。
「いかがでしたか? 私のレースは」
「マシンを使ったレースでも、筋力の男女差は影響がある。留衣君はその中でも『自分の勝ち方』を身に付けている。相手の彼も練習で使っていた物とは違う機材で勝つ為の工夫は考えていたようだったが、今回は留衣君の経験の方が上だったようだね」
「ジョーさん、講評ありがとうございます。私、最初から目標は初代グランプリですから。テストでなんか、早々負けていられません」
「自信を持つのは結構だが、程々にな」
留衣、待機中の受験者の中から舞愛と海斗を見つけ、進み出る。
「あなた達、この後直接対決するんですってね。いい勝負を、期待してます」
「はい。俺のこれまでの成果、ちゃんと見せますから!」
「相変わらずの上から目線。アンタのプライド、いつかへし折ってやるんだから」
「ハイハイ。海斗君、相当実力付いてるから。覚悟しておきなさい」
舞愛に言いたい事を言い切って、引き上げていく留衣。
「海斗、あんなのによく半年も付き合ってきたわね」
「……」
「ってそうだ、試験終わるまで会話禁止だった」
慌てて口に手を当てる舞愛。
黙って頷く海斗。
留衣達の模擬レースの後も、続々と一対一の受験者同士のレースが続く。
舞愛と海斗の出番は最終盤に設定されたようで、田沢は大間と同様に特待生に当たり惜敗、鶴岡は思いがけず現れた、競技未経験だというダークホースの少女と当たり、勝つ事が出来なかった。
「彼女はきっと、舞愛さんや留衣さんに並ぶ、空中競技界のヒロインの一角になりますよ。そのデビュー戦で当たって負けたとあれば、本望……」
「いや、鶴岡さん。初心者に負けた言い訳しないで下さい」
「後は任せた……」
「全然決まってないです!」
舞愛の前までわざわざやってきて、やや興奮気味に敗戦の弁を語った後、引き上げていく鶴岡。
「あの人、面白い人ですね。負けても全然悔しそうな顔しなかったし。あっ、私、遠野凛って言います」
鶴岡にくっついてきた形で突如舞愛に話しかけてきたのは、舞愛より更に幼い見た目の少女だった。先程鶴岡にレースで勝ったのが不思議なくらい、小柄で華奢な体型をしている。
「あなた、競技未経験って話だけど、本当?」
「そうですよ。パパとママが行ってみたらって言うんで、今日は来てみました。筆記試験はちょっとダルかったですけど、面白いですよね、空中競技」
現役女性中学生の舞愛にとっても『新人類だ』と思えるような存在に、舞愛は面食らった。
「私まだ小学生なんで養成所に通えるかわからないんですけど。合格したら仲良くして下さいね」
ぺこりとお辞儀をして、去っていく。
「あんなに小さい子とも、勝負する事になるかもしれないのか……」
舞愛に言うでもなく、ポツリと呟く海斗。
残り数組となり、立ち上がって準備に向かう舞愛。つられて海斗も立ち上がる。
二人の決着の時が、次第に近付いてきている。