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 四百年を超えて続く巨大都市の入口として広がっている内海、東京湾。そのど真ん中に掛かる東京湾アクアブリッジから、東京都心部に向かって『水の道』を進んでいくと、最初に見える大きな橋が、東京ゲートブリッジである。その橋の左手奥に広がる、植林された人工島が、『海の森』と呼ばれている。

 運河の一角を利用した『海の森水上競技場』には、カヌーの練習をしている人の姿が見える。そこに隣接した地域に、競艇場に似た設備『海の森空中競技場』が建設中で、その海上上空では、ジェットバックで空中を練習飛行している人が数人いるのが確認できる。空中競技場の観客用設備となる一帯はまだ工事の最中で、地上のあちこちには、工事中である事を示すガードフェンスが張られている。

 運河を挟んだ先には、都心の高層ビル群や東京スカイツリーを一望することができ、この一帯だけが未開の地『東京最後のフロンティア』である事を、より印象付けさせてくれる。


 二月の寒空の中、海の森は二つの競技場周辺以外には人の気配もほとんどなく、静かな朝を迎えている。

 臨海道路を使って東京港の東西を駆け抜けていく車の走行音だけが、時折聞こえている。

 二つの競技場に向かう長い直線道路に、チーム飛遊人のワゴン車が走行音を伴ってやってくる。空中競技場周辺は造成中の為、水上競技場の駐車場へと乗り入れ、そこで停車する。ワゴン車から、冬服の制服姿にスポーツバッグを抱えた舞愛が降り立つ。続けて私服姿の大間・田沢・鶴岡が続く。

「ここが海の森かぁ……」

「機材の方はこっちで用意しておくから。行ってらっしゃい」

「頑張ってこいよ!」

 運転席と助手席の裕子と圭介に声をかけられ、送り出される四人。

 駐車場にはマイクロバスがやってきて、そちらからは私服姿の男女が多数、ゾロゾロと降りてくる。彼らもまた、舞愛達と同様に今日の空中競技選手募集試験の為にやってきた人達である。未完成の空中競技場を目指して歩いていく流れに、舞愛達も合流する。

 その頃、海斗は先に空中競技場入りをしていて、留衣達特待生と行動を共にしていた。海斗は冬服の制服姿、留衣は以前と異なり冬用のフィギュアスケーター風のユニフォーム姿で、完成したばかりの白基調で無機質な選手用通路を歩いている。

「海斗君は午前中、筆記の一次試験だったわね」

「留衣さん達は午後の二次試験まで、練習ですか?」

「ええ。二次試験は私達も、同じ条件で競う事になるんですもの……あら?」

 パラパラと行き違っていく一般受験者の中から、舞愛を見つけた留衣が立ち止まる。

「舞愛さんでしたっけ? 海斗君から聞いてましたけど、あなたが本当に応募してくるなんて……あれから、少しはまともに飛べるようになったのかしら?」

 舞愛も立ち止まり、留衣に向き合う。つられて大間達や海斗達も立ち止まり、二つのグループがそれぞれ舞愛と留衣を先頭にして、対峙しているような構図になる。

「ちゃんと準備はしてきました。二次試験でもし当たる事があったら、よろしくお願いします」

「当たって砕けろって雰囲気ではなさそうね。それでは、後程」

「海斗も一次試験からだよね。また後で」

「あぁ」

 留衣達が先に歩き始める。

「気が強そうな子だな」

「あの子が裕子さんが言ってた、早乙女の孫娘ね」

「雑草魂、バーサス、サラブレッドって感じが、燃えるなぁ」

 思い思いに感想を述べる大間・田沢・鶴岡の三人。

「あの、鶴岡さん。アタシ雑草ですか?」

「鶴岡、いつも一言多いけど的確な事言うわね」

「田沢さんまで〜っ!」

「舞愛ちゃんの彼氏にゃ悪いが、こういうのは俺達が主人公サイドだよな」

「大間さん! 幼馴染です。彼氏じゃなくて!」

「わかったわかった。行くぞ!」

 留衣に対峙して気の張っていた舞愛が、普段の明るい表情に戻り、廊下を進んでいく。


 セミナールームにテーブルと椅子が並べられ、舞愛や海斗達一般受験者が並んで座っている。

 それぞれの手元には、筆記試験の問題と回答用紙が置かれている。

「それでは、はじめっ!」

 部屋の前方に立っている試験官役の女性職員が号令を告げると、受験生達が一斉に問題用紙を開き始め、暫くするとカツカツと筆記用具の音が響き始める。問題文を読んで焦ってソワソワしたり、淡々と回答用紙に向かっていたりと、三者三様な試験会場。

 その窓の外では、筆記試験免除になっている特待生達が練習飛行を行なっている。皆レースというよりは機材慣れするためのウォーミングアップに近い動きで、悠々と東京湾海上を飛行している。

「時間ですっ!」

 バタバタと筆記用具の動きを止める音がセミナールームに響くのと同時に、競技会長の丈一郎が姿を現す。

「午前の体力測定と筆記試験。お疲れ様でした。午後は厳正な抽選の上、こちらの組み合わせで模擬レースを実施します」

 部屋の前面にあるモニタの画面が組み合わせ表に切り替わる。その中に

『志田海斗 高野舞愛』

 が並んで表示されている。

「アタシの相手、海斗なの!」

 思わず大声で口に出してしまい、注目を浴びる舞愛。

 舞愛の顔を見て思い出し、思わず苦笑する丈一郎。

「えーっ、模擬レースの結果はあくまで評価対象の一つです。組み合わせによる有利不利はない事を、お伝えしておきます。それでは後程」

 丈一郎と試験官が部屋を出ていった後も、席から動かない舞愛。

「『厳正な抽選の上』っていうのが、何でアタシと海斗な訳……」

 舞愛の様子が気になり、彼女の元に向かってくる海斗。

「こんな事って、あるもんなんだな」

「海斗……」

 席に座ったまま、海斗を見上げる舞愛。

「言っとくけど、相手が俺だからって、手抜くなよ。その方が、お互いの評価が下がる」

「わかってる」

「あと、試験終わるまではお前とは話さない。それでいいな」

「うん」

 感情を抑え気味にして、先にセミナールームを出ていく海斗。

 その様子を一歩引いた位置で見ていた大間達が、舞愛の元にやってくる。

「私達も、行こっか」

 田沢にポン、と肩を叩かれ、立ち上がる舞愛。セミナールームを出て競技場に向かおうとすると、圭介が慌ててやって来た。

「どうしたんですか?」

「困った事になった。裕子が手がつけられない状態になってる。お前達も来てくれ」

「はぁ……」

 事情がわからず生返事の舞愛だったが、取り乱し気味の圭介に続いていく。

 競技場前には裕子達のワゴン車が乗り付けていて、その前で裕子と競技会の男性職員が、押し問答を終えた後の膠着状態になっている。

「あぁ、みんな来てくれたのね。ホントお役所仕事ってのは、融通が利かないんだから」

「だから何回も言ってるじゃないですか」

「どうしたんですか?」

 舞愛達を代表して、田沢が裕子に尋ねる。

「もう最悪。ウチのジェットの持ち込み、今日のテストはNGだって言うの。規格はクリアしてるのに」

「ですから、不正防止の為、テストでは早乙女製J―1を全員使用する事に決まったんですって。大体、あなたのトコのジェット、ソフトウェア制御のリミッターで無理矢理規格に収めてきてるじゃないですか」

「そりゃ、アンタ達んトコの基準がヌルいから、そうしてるんでしょうが」

「それがダメだって言ってるんです」

「もうあんたと話してもしょうがないわ。ジョーさん出して」

「会長も承認している事項ですので」

「全く、アンタ達はホントに大手メーカーどもの言いなりね。空中競技自体をもっとエキサイティングで、素晴らしいものにしようっていう気概がないのかしら?」

「おい裕子、その辺にしといてやれよ」

「何言ってんのよ圭介。これは明確な差別、癒着でしょうが。早乙女製のジェットでここで練習を続けてきた特待生が有利になる条件を、競技会自体が認めてる」

「まあそうだがな。早乙女のジェットでこいつらが練習する時間は貰えるのか」

「上と掛け合ってみます」

「そうしてくれ」

 裕子から解放されてホッとしたのか、職員は駆け足で建物に向かっていく。

「もっと事前に繰り返し念押ししとくんだった。圭介はジェット色々試してるでしょ? ウチのHYM−3とJ―1に、どのくらいの違いがある?」

「使い慣れてる車といきなり乗るレンタカーくらいの差は、避けられないだろうな。アクセルとブレーキの踏み心地が全然違うのに似て、慣れが必要だ」

「この四人には圧倒的不利な要素ね。まあ突っぱねて、全員不合格にされても仕方ないんだけど……」

「それだけじゃなくて舞愛ちゃん、例の幼馴染君と当たっちゃったんですよ。対戦相手に」

 田沢が舞愛を心配して、裕子に先程決まった事を伝える。

「アイツら、ウチらに何の恨みがある訳!」

「そりゃあるだろ。特に早乙女の連中は」

 圭介に言われ、ハットなる裕子。

「……そうね。言っておかないと、私達もフェアじゃないって言われるか」

「どういう事ですか?」

 裕子に理由を尋ねる舞愛。

「飛遊人は、早乙女重工のやり方が不満で辞めた私が立ち上げた会社だった。社長が二代目になってジェット開発の方針がブレて、そんな中でも何とかしようとしていた開発メンバーの一人が過労死した事をきっかけに、開発チームはバラバラになった。J―1は前の社長が残した遺産みたいなもので、アップデートされる見込がない代物なの」

「その過労死したメンバーって……」

 察して裕子に問う舞愛。

「そう、あなたの幼馴染、志田海斗の父親。志田潮」

「そんな……」

「私は空中競技の発展に合わせて、ジェット開発もそれに寄り添っていく必要があると思ってる。競技会が今のままでいいと思っているのだとしたら、それを変えていかなければならないってのもね。舞愛ちゃんを広告塔として使うってのも冗談じゃなくて、あなた達四人を、ウチのジェットとセットでなんとかして競技会に送り込みたかった」

 その場にいる一同、続ける言葉が思い浮かばずにその場で立ち尽くす。

「……海斗はどこまで知ってるんですか?」

「三代目候補の早乙女の孫娘からもう、聞かされてるかもしれないわね。彼女が彼に目をかけてるのも、その因縁を知っての罪滅しなのかもしれないし」

「アタシ、ひょっとしてとんでもない事に巻き込まれてます?」

「舞愛ちゃんはこんな事聞かされたからって、やる事は変わらないでしょ? 大間君、田沢さん、鶴岡君も。私の力不足でウチのジェットは使えなくなっちゃったけど、あなた達の実力で、プロ選手の座を獲ってきなさい!」

「……一瞬にして元のいいかげんそうな裕子さんに戻ってません?」

「それでいいじゃない。そっちの方があなた達も、楽しいでしょ?」

 顔を見合わせる一同。裕子以外の圭介を含む五人が、ヤレヤレといった表情を見せる。

「ついでだ。円陣でも組んで気合い入れるか!」

 圭介が声をかけると、六人が輪になって集まる。裕子がその続きを仕切る。

「チーム飛遊人、全員プロテスト合格するぞー!」

「おーっ!」

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