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 舞愛は再び、いつもの河川敷に来ている。正式に裕子率いる『チーム飛遊人』のメンバーとしてプロテストを目指す事になり、今日は美深や留衣のような水着型のウェアに初めて袖を(水着型なので袖はないけど)通している。裕子に『君は川にドボンする事が多いみたいだから』とか『この姿でウチのジェット背負って飛んでるだけでウチの広告塔になるんだから、自信持って飛びなさい!』などと、いいように言いくるめられて着させられたようだった。

「海斗も言ってたけど、ここまで派手なのはちょっと……」

 少し離れたワゴン車の前で様子を見ている裕子には聞こえないよう、ぼそっと愚痴をこぼす舞愛。

「今日はお前はとことん基礎練習だからな。覚悟しておけよ」

 トレーニングウェアにジェットバック装備の圭介に言われ、ゾッとする舞愛。田沢達三人は既に、思い思いに周囲で自主的に練習メニューをこなしている。

 圭介と裕子のアイコンタクトでのやり取りがあり、上空に小さい枠が投影される。

「最初はあのポイントに飛んでいって、空中でキッチリ停止から。よーい、はい!」

 圭介に促され、屈伸運動から飛び上がってジェットを作動させ、上空のポイントを目指す舞愛。動きは威勢があって良いが、ポイントにたどり着くと、静止に苦しみフラフラしている。

 ゆっくりと圭介が追ってきて舞愛の前で止まり、スッと体の姿勢を平衡に保って安定する。

「ポイントでキッチリ!」

「わかってますっ! もうっ!」

「背中をまっすぐにして、フラつかない!」

 圭介の厳しい口調にハッとなり、姿勢をスッとさせる舞愛。フラつきがなくなり、安定する。

「風がない日ならそれで大丈夫なはずだ。続けて、次のポイントに移動!」

「はいっ!」

 動き出しはテキパキとしている舞愛。その後も静止で何度もフラつき、移動はそつなくこなしていく。

「得意な事と苦手な事がはっきりしているタイプか……」

 誰に言うでもなく、舞愛の様子を見ながら呟く圭介。

「よし、次はお前が一番苦手にしているゴールだ。急がなくていいから、最初は成功させる事だけ考えるんだ、いいな」

「はいっ!」

 舞愛が威勢のいい返事と同時にゆっくりと動きだし、ターンを決める。

「っ!」

 舞愛がターンの後、毎度のように頭から川面に突っ込んでいきそうになると、圭介が慌てて飛んでいって腕を掴みぐいっと引っ張り上げる。舞愛の体勢が直立姿勢に近い形になり、耐空状態になる。

「最後は頭から突っ込まない!」

「あっ! はいっ!」

 再度ターンからやり直す舞愛。ターンした後で更にくるっと体を丸めて、足が下になるように半回転した後、スッと足を伸ばしていく。ジェットが耐空する向きになったので、グローブをしている左手の握りをゆっくりと開きジェットの勢いを緩めていき、かなりゆっくりとではあるが、川面に漂うゴールの浮き島にトン、と足をついて着地する。

「出来た!」

「どうだ。ゆっくりやれば出来ない事もないだろ。まあ、レースじゃそうも言ってられないから、最後はどれだけ早く落ちていって、ゴールに着地できるかが重要になる訳だが」

「私、今度は一人でやってみます!」

「あぁ、やり方が体に染みつくまで、繰り返しやってみろ!」

「はいっ!」

 再び勢いよく上空に上がっていく舞愛を見送った後、川岸へ戻っていく圭介。

「お疲れ様。どう、あの子は」

 ワゴン車まで戻ってきた圭介に、裕子が声をかける。

「若いせいかもしれないが、今までの連中より飲み込みが早い。プロになれるかまではわからんがな」

「あの子には実力どうこうとは違う所に、可能性を感じるの。応援したくなる雰囲気というか……」

「いいのか。お前がやろうとしている『弔い合戦』的なものに、あの子を巻き込んじまって」

「あの子だって頼るあてがなくて飛び込んで来たんでしょうか。ギブアンドテイクの関係じゃない」

「そりゃそうだが。それが原因で、彼女がプロになれなかった時は、どう説明する?」

「どうもしないわ。私達は今ある状況で、最善を尽くすだけ。あの子にもそうしてもらう」

「そう……だな」

 裕子と圭介が会話している間に、舞愛がゴールへと向かう落下に失敗して、水柱が上がる。

「さっきあれほど言ったのに!」

 ワゴン車前から飛び出していく圭介。

「どうしてもあの子、川に飛び込みたいみたいね」

 ヤレヤレといった表情の裕子。

「もうっ!」

「またやったの?」

「これで何度目だ?」

「水も滴るいい女、とは言いますが……」

 川ではゴールに失敗してずぶ濡れになった舞愛がバシャバシャとその場で地団駄を踏んでいる。その様子に気付いた田沢達が集まり、舞愛を茶化して楽しんでいる。


「ただいま」

「舞愛ちゃん、ちょっといい?」

 夕方、チームの練習から帰ってきた舞愛。自室に向かおうとしていた所を叔母の明日香に呼ばれ、台所のテーブルで近況を尋ねられる。

「叔母さんには迷惑かけないから」

「そうは言っても、舞愛ちゃんまだ中学生でしょ。高校出るくらいまでのお金なら、なんとかなるし。よくわからない人達の世話になるなんて……」

「パパとママがいなくなってから、叔母さんがアタシの面倒を見てくれているのには、ホントに感謝してる。だからこそ、早く自分の力でなんとかできるようになりたい。ダメ?」

「そりゃ、ウチに引き取られてきた頃に比べたら今の舞愛ちゃん、明るく前向きになってきてるのは叔母さんとしても嬉しいんだけど……」

「それならもう少しの間、アタシのやる事を見守っていて欲しい。プロテストまで半年切ってるから、集中したいの」

「……」

 席を立ち自室へと向かっていく舞愛を、席に座ったまま見送る明日香。


 自室へと戻ってきた舞愛。

 机に座り、[第1回・空中競技選手募集要項]のパンフレットを開いて眺めている。

 目の前には九月のカレンダーが貼られている。

「試験は二月……飛べる回数は限られてるし、それ以外の時間もちゃんと準備していかないと」

 決意を新たにする舞愛。窓の外には夏の終わりを感じさせる、雲に覆われた空が見える。

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