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 ジェットバックの練習用に深くなっている川底に、完全に飛び込んでしまった舞愛。ジェット装置は背中に付いたまま外れず、ゴボゴボと泡を立て続けている。

『あぁ……アタシってバカだ。レースでも何でもないのに張り合って、余計な事して。大体、何でアタシもやる、なんて言っちゃったんだっけ……』

「舞愛! 舞愛!」

『ごめん海斗、アタシ、もうダメかも……』


 五年前、舞愛の自宅。全ての物が片付けられていて、がらんとしている部屋の真ん中でペタンと座り、窓の外をぼーっと眺めている舞愛。部屋に入ってきてその殺風景さを目にして、声をかけられずにいる海斗。

「海斗。アタシ、叔母さんのウチに行く事になった。この家は、私の為にお金がかかるから、売るんだって」

「そんな……おじさんとおばさん、まだ連絡つかないのかよ」

 海斗に向かないまま、小さく頷く舞愛。

「仕事だからってあんな危険な国に行くなんて、兄さんもどうかしてるって、叔母さん言ってた。ママの事も、娘の事ほっといて探しに行くなんて、どうかしてるって……」

「舞愛はそれでいいのかよ!」

「しょうがないじゃん、子供のアタシ一人じゃ、何もできないし。海斗だってカリナちゃんの事、何もできてないじゃない!」

「うおっ!」

 立ち上がって海斗にドン!っと体当たりした後、部屋を飛び出していく舞愛。

「何だよ! 心配して来てやったのに!」

 そのまま玄関まで駆け抜けるが、外に出ようとして手間取った所で我に帰る舞愛。

「……わかってるよそんなの。海斗の方が大変だったの、アタシ知ってんだから」

 舞愛を追ってきた海斗が、玄関までやってくる。

「舞愛、あの時俺の事、いっぱい心配してくれただろ? だから今度は俺が、舞愛の力になりたい」

「ごめん、海斗」

 暗がりの玄関先で、慰め合う小学生時代の舞愛と海斗。


 意識が切れてぐったりした、ずぶ濡れの舞愛を抱え上げる海斗。

 周囲のスタッフ達に促されて、そのままワゴン車の後部座席に運び込まれ、寝かされる舞愛。

 海斗はためらいなく、舞愛に対して人工呼吸を始める。

 その様子を、遅れてやって来た留衣が目にする。

「私に頼むのかと思ってたけど……やり方がわかってたなんて、意外ね」

 留衣の言葉にも気付かなかったのか、必死に続ける海斗。

 やがて舞愛が、意識を取り戻す。

「! 何っ?」

 舞愛と目が合い、お互いの顔の近さに慌てて離れる海斗。

「いや……その……助けようとしたんだろうが」

「うん……ごめん。ありがとう」

「どういたしまして。立てる?」

「多分」

 舞愛に覆い被さっていた状態の海斗が先にワゴン車を降り、続いて舞愛が起き上がる。

 舞愛が車の外に出ようとすると、結構な数のギャラリーに囲まれていた事がわかる。

「おっ、王子様の口づけで、お姫様が目覚めたっ!」

「ジョーさん、それセクハラギリギリ」

 女性スタッフに注意された、ジョーさんと呼ばれたセミフォーマルな衣装の上にパーカーを羽織った男性が前に出てきて、舞愛の手を取り車から降りるのを手助けする。

「俺は青山丈一郎。この競技団体の会長をやっている。『会長』って言われるのが嫌なんで、みんなには『ジョー』って呼ばせてる」

「ありがとうございます。私は、高野舞愛って言います」

「そちらの王子様は?」

「志田海斗です。コイツと同じで、中学三年です。俺、プロ選手目指してます」

「ほぉ……。君達は、今日が初体験だったらしいねぇ」

「ジョーさんが言うと、やっぱ全部いやらしく聞こえるんですけど」

 再度女性スタッフのツッコミを受け、苦笑のジョー。

「失礼だな、おい……。君達、選手志望なら、留衣君達特待生の練習を見に来てみる気はないか?」

 少し遠くからやりとりを見守っていた留衣が、駆け寄ってくる。

「会長、勝手に約束しないで下さい!」

「留衣君、『会長』はやめてくれよ。別にいいじゃないか。見られて困るような練習は、してないだろ」

「それはそうですが……」

 思いがけずきっかけを貰えて、前のめりになる海斗。

「是非お願いします! 特待生の練習って、どこでやってるんですか?」

「東京湾の埋立地に、建設中の空中競技場があるの。海の上にあるから、ここより自由に飛べるんだから」

「へぇ〜。俺もそこで、飛ばせてもらえますか?」

 海斗達の話の盛り上がりを、横で愛想笑いしながら舞愛は聞き続けている。会話に参加してこない舞愛を意識してか、留衣が声を張り上げ気味にこう告げた。

「言っておくけど、選手募集を受けるなら基礎体力、実機で練習できる環境、人に負けないメンタル、この三つは揃ってないと話にならないから。あと、安全に配慮した上で結果を残せるのがプロの仕事だから。まあ、私の事ライバルだと思っているような相手に、手を貸す気なんてないけどね。それじゃ海斗君、またね」

『負けそうになったからって、偉そうに』と心の中でつぶやきながら、颯爽と立ち去る留衣に言い返せない舞愛。

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