クリームソーダの怨念
目に見えるものも、見えないものも────
この世の全てには『命』が在る。
落ち葉をカラカラと巻き上げる風にも、やがて土に還る枯れ葉にも、それを踏みしめながら遊ぶ子供達にも。
どれもこれも生きていて、その一つ一つには『魂』が存在するのだ。
それはもちろん、今年の夏も多くの人々に愛された、あの飲み物にだって。
しゅわしゅわと泡が昇っては弾ける緑のソーダ。
見ているだけで涼しくなる、透明の大きな氷。
白くて丸い、雪のようなバニラアイス。
そして……たった一粒で宝石にも負けない輝きを放つ、魅惑的な赤いチェリー。
元は別々に生まれた命が、人の手により結ばれ、『クリームソーダ』という一つの命になったのだ。
彼らの命は非常に短い。
人の体内に取り込まれ、消化された時点で天に召される。そんな僅かな一生で、彼らが感じることの出来る幸せの多くは、自分を目にした時の人々の笑顔だった。
「うわあ」と目を輝かせる幼い子供。
「映える」とスマホを掲げる若い娘。
「懐かしい」と微笑む老人。
チェリーから、アイスから、はたまたソーダから。
嬉しそうに綻ぶ口元に消えていけるなら、短いクリームソーダ生にも意味を見出だすことが出来るのだ。
ところが…………
「あーあ、また漂流かよ」
尊い命を睨みつけながら、仏頂面でスプーンを手に取り、アイスを口に葬り去る男が此処に居る。
この男……辻堂は、クリームソーダへのこだわりが非常に強く、理想の相手に出逢えるまで、とことん残酷な態度を取り続けていた。
そのこだわりと言ったら……
「チェリーが無え!」
「緑じゃなくて青いソーダ? ふざけんな」
「うおっ、チェリー沈没してるじゃん! あり得ねえ!」
「クッキーとか余計なもん載せんな」
「チェリーの不在を赤いストローで誤魔化すな」
極めつけは……
「グラスが気に食わねえ」
こんな調子で存在を否定され、消えていったクリームソーダ達がどうして成仏など出来ようか。
それは凄まじい怨念となり、辻堂の周りに渦巻いていた。
「チッ、仕方ねえからお前で一旦漂着ってことにしてやるよ。天辺チェリーじゃねえけどな」
こっちは財布も体重も限界なんだと、理不尽な文句を言われながら、またも尊い命が男の体内に消えていく。
『辻堂め……許すまじ…………』
怨念はとうとう、辻堂を蝕み始めた。
「よっしゃー! 緑が出たぜ!」
秋になり、辻堂はクリームソーダ達への仕打ちなどすっかり忘れ、ガチャ機の前で狂ったようにはしゃいでいる。
手にしているのは、クリームソーダのミニチュア。なかなか緑が出ずに漂流していたのだが、この日やっと出逢えたという訳だ。
家に帰り、ふんふん♪ と鼻歌を歌いながら、コンプした五色のグラスをドヤッと並べていく。
「メロンスカッシュ!」
「ビーチブルースカイ!」
「ミッドナイトパープル!」
「ピーチマリーナ!」
「セピアコーラ!」
…………ここで悲劇は起こった。
ミッドナイトパープルを落とし、パリンと割ってしまったのだ。
「うおおおお! せっかく揃ってたのにぃ!」
どの色も大切な命だというのに、緑ばかりを求め、挙句失ってからその尊さに気付くとは……
クリームソーダ達の怨念は加速する。
その後もガチャやら、いもくりなんきんスイーツやらお汁粉やら。懲りずに漂流する辻堂だったが、様々なアクシデントに見舞われ、理想の相手には出逢えなかった。
そしてそのまま次の夏を迎え、天辺チェリー……いわゆるチェリーがアイスの横ではなく、天辺に載った『シン・クリームソーダ』を求めて、また愚かにも漂流を始めてしまった。
────本当の悲劇はここからである。
「なんだこれ! ミニトマトじゃねえか!」
そう。天辺チェリーだ! と興奮しながら辻堂がつまんだのは、柄のないツルツルのミニトマトだった。どういうことかと店員に尋ねても、確かにチェリーを載せたはずなのにと首を傾げられる。
トマトならまだいい方だ。
ある時はカリカリ梅、ある時はチョロギ。
味も形もどんどんチェリーから離れていく。
辻堂はその度に発狂し、季節が変わっても、永遠に漂流を続ける羽目になるのであった。
その結果財布は空っぽに、体重は大台に────
今日も何処かで、男の悲痛な叫び声が響いているだろう。
哀れなクリームソーダ達の魂が、しゅわしゅわと高い天に昇るその時まで。
ありがとうございました♪
辻堂氏の漂流が気になる方はこちらをどうぞ(^^)
☆『クリームソーダ漂流記』
https://ncode.syosetu.com/n5865jh/
☆『クリームソーダ漂流記season2〜Endless Walts』
https://ncode.syosetu.com/n5036jj/