フィールド・オブ・ドリームス
残暑過ぎて秋風に心地良さを感じる東京国際球場にて、
プロ野球ジャパンリーグ公式戦・東京アメイジングス対大阪ウィニングスの第25戦目の試合が行われていた。
2位に5ゲーム差を付け首位を走る東京に対して、6チーム中5位と成績が奮わない大阪は、
この日も8回を終わって1点ビハインドの苦しい展開であった。
東京の先発・田中はこの日も8回を投げ無失点。
対する大阪の先発・岡村も1失点と好投するも打線の援護に恵まれなかった。
迎えた9回の表、5番の下位打線から始まる大阪の攻撃はチームが円陣を組んで必勝を誓った。
バッターの後藤は田中の投げたカーブを捉えると、打球はショートの頭を越え、レフトの前でポロリと落ちた。
南は一塁ベースを踏んだところで止まり、一塁コーチとグータッチする。
白熱する試合をただ黙って見つめている男がいた。
高坂瑞穂。大阪ウィニングスに入団して6年目の野手である。
本格派右腕として、ドラフト1位で大阪に入団するも、度重なる怪我に泣かされ昨年から野手に転向した経緯をもつ。
監督に呼ばれ、「ランナーが2塁に進んだら代打で出てもらう。アップしておけ」と告げられると、
高坂は「分かりました」と答えた。
今年25歳を迎える高坂に取って、数少ないチャンスであった。
通算打率.211と、野手転向後も思うような成績を残せぬまま今日までいた。
「数少ないチャンスものにしなくては」
ランナー出塁に沸くレフトスタンド同様、高坂も内に秘めたる闘志を密かに燃やしていた。
6番バッターが簡単に2ストライクに追い込まれると、
外に曲がる変化球に手を出してしまい、あっさり1アウトとなる。
「あーあ」ため息交じりのレフトスタンド。だが、高坂は表情を変えること無く、無言でマウンドに視線をやった。
続く8番吉田の打順。バッターボックスに立ったと同時に吉田はベンチの監督の方に目をやった。
監督は吉田にエンドランのサインを送る。
吉田は監督のサインに無言で頷いた。
田中の150km越えのストレートを投げた途端、一塁ランナーの後藤が走った。そして、吉田は思いっきり硬球を振り抜いた。
バットの芯に当たったボールは左中間へ飛び、レフトスタンドから大きな歓声が起こった。
1アウト、ランナー2・3塁。この展開に監督は「高坂、決めてこい」と言った。
高坂は「はい」と呟き、無言でバッターボックスへと入った。
9番バッターが敬遠で歩かされると、監督は審判に代打を告げる。
「バッター福田に変わりまして、高坂。背番号22」ウグイス嬢のアナウンスが球場内に響き渡る。
パチパチパチ。レフトスタンドからはまばらな拍手が起きた。拍手の少なさとは反比例し、高坂は俄然やる気であった。
投球数が130を越え、疲れの見え始めた田中は、既に球威は落ちていた。
内野陣がマウンドに集まり、田中を励ます。味方の言葉に何度かうなずいた後、皆、定位置へ戻った。
右打席に入った高坂は、虎視眈々と試合を決める一発長打を狙った。
セットポジションから投げた第一球、外に大きくはずれたストレート。球速は151キロをマークした。
続けざまに田中が投げた第二球は、フォークが曲がらずストライクゾーン下に落ちたすっぽ抜け。これで2ボールノーストライク。
高坂はふぅーと大きく息を吐き、自分を落ち着かせた。
「次の球、奴は必ずストレートを投げてくる。奴の目がそう言っている」
高坂は眼光鋭く田中の方を睨むと、田中は高坂を睨み返し、第三球を投げた。
「来た、やはりストレートだ!」白球を捉えた高坂は絶妙のタイミングでバットを振った。
ボールとバットがぶつかった瞬間、高坂のバットは砕け、高く上がった打球は、田中のミットへ収まった。
ピッチャーフライ。この瞬間、高坂は思った。「終わった。何もかも」
この年のオフシーズン。高坂は球団から戦力外通告を受けた。
高坂はトライアウトも他球団の入団テストも受けることなく球界から去った。
彼は大阪ウィニングスの寮から荷物をまとめて去り支度をしている際に、額縁に飾られた写真を見つめた。
大阪ウィニングスの6年前の入団会見の時の写真。
高坂と当時の監督とオーナー三人がそれぞれの右手で握手をしている写真。
高坂は涙を頬に伝わせながらこう言った。「夢をありがとう」