1.突然の訴状
白銀に輝く満月が東の空から登る時、私の仕事は始まる。
本来、満月は私たち探偵にとって忌み嫌われるものだ。
「ま、私には関係ないけどね」
私は誰に言うでもなく呟くと、魔力を解放する。
私の体からあふれ出した魔力は虹色の霧となって私の身体を覆い隠し、その姿を消す。
術者の姿を完全に消すことが出来るこの希少魔法『バニッシュ』こそが私の探偵としての仕事道具なのだ。
私は身軽に屋敷の屋根を伝い、目的の部屋に忍び込む。警備塔の上から周囲を警戒しているだけの警備員たちからは私の姿が見えることはない。これだけ風があれば、音に気づく者もいないだろう。
「あったあった!あとはこれをこうして……」
私は目的の物……クレサンスト夫人の手紙を懐にしまうと、早々に館を後にした。
――――――
「よくやったな、プラム!お手柄だ!」
「まさか本当にあの警備の厳しいツルバキア伯爵家に忍び込むとはな!」
「今回はもうお手上げだと思ったけど、よくやってくれたわ」
「ふふん。この程度のこと、プラムベリー様の手にかかれば簡単よ」
王宮の地下にある判事部調査課の執務室は私の持ち帰った証拠を囲んで盛り上がっていた。
判事部とはこの国の裁判にかかるすべての仕事を一手に引き受ける王宮内部署。そして、私の所属するこの調査課こそ、裁判の根幹。裁判の証拠や証言を集める探偵の所属する部署なのだ。
「プラム、証拠が見つかったらしいな?」
「父さん……じゃなかった、判事長!」
黒いひげを神経質に撫でつけながらこちらにやって来るこの短髪の男こそ、この部署の100人の人員を束ねる判事長であり、私プラムの父でもあるオキザリス公爵だ。
「この通り、クレサンスト夫人の手紙をツルバキア伯爵の私室から見つけて来たわ」
「おとといはツルバキア伯爵の手紙をクレサンスト夫人の宝物庫から拝借してきたからこれで証拠はそろったな」
「それにしても……」
私の集めてきた証拠をまじまじと見る同僚たちの目線が生暖かいものになっている。ある物は頭を抱え、女性陣は顔をあからめて目を細めながらも、その手紙に書かれた文字を皆が好奇の目で追っていた。
「あなたの愛撫で私の桃色の想いはこの豊かな胸のように膨らみ、弾けてしまいそうです。あぁ、どうかその果実が萎れる前に、あなたの手で再び手折ってくださいませ……なんだこりゃ」
お調子者の同僚トラッドが証拠の手紙を声に出してどんどんと読み上げていく。
「あぁ、私の黄色のチューリップ。私はあなた無しでは生きていけない。あなたの美しい両の果実が艶めくローズヒップのように実る頃、私はその果実を口にするだろう。その芳醇な甘い香りをもう一度味わうことができるならば、私はどんな罪にも立ち向かおう……だってさ、ウゲ~こいつらこんなコソコソ手紙交わしておいて結局オッパイのことしか言ってねぇぞ」
「ちょ!あけすけに言うんじゃないわよ!」
そう言う私も顔を真っ赤にして手紙の文章を読んでいた一人だ。手紙を持ち去る時は署名こそ確認したが、こんな濃密な手紙が交わされていたとは思いもしなかった。
「おい、その辺にしておけトラッド」
「すいません。でもプラムのおかげで二人の不貞の証拠がそろったわけですし、今度の裁判はうまく原告優位に進められそうですね」
「まぁ、すべてを判じるのは国王だがな」
この国に裁判官は居ない。人を裁くことが出来るのは国の頂点に立つ者のみという考えのもと、国王自身が裁判長として人々の罪の有無を決める。
そしてこの判事部調査課こそが忙しい国王の目や手となって裁判の証拠や証言を集めるこの国の裁判の根幹なのだ。
「これで原告のおっちゃんも少しは浮かばれると良いんだけどな……」
ザークのつぶやきに、さっきまで興味津々で手紙を読んでいた面々が一斉に溜息をついた。仕方がない。この裁判の原告はクレサンスト伯爵だ。
伯爵は自分の妻の不貞を確信して裁判を起こしたものの、二人にのらりくらりと逃げられて証拠を掴み切れずにいたのだ。
そのくせサンクレスト夫人はサンクレスト領の経営を傾けるほど宝石やドレスを買いこむ浪費家だった。サンクレスト領の経営難にはこの国としても頭を悩ませていただけに、この離婚劇を伯爵優位に進める証拠を見つけることができて本当に良かったと思わずにはいられない。
「さすが、伝説の探偵と言われた判事長の娘ね。」
「そうですよ、判事長!新人とはいえこれだけの手柄を実の娘が挙げたんですから労をねぎらってあげてくださいよ!」
「おいおいトラッド、お前はただこの後の打ち上げの酒代を出して欲しいだけだろうが?」
下心見え見えの催促だったが、うんざりした顔をしながらも判事長は懐から銀貨のたんまり入った袋を取り出した。さすがは判事長、用意が良い。部下の士気の揚げ方を良く知っている。
「今回はよくやった。とはいえプラム、お前はまだ新人だ。慣れた時が一番足元をすくわれやすい。今後もしっかり職務に取り組むようにな」
「はい!」
「よっしゃー!宴会だー!ステーキ食いに行くぞ!」
「ちょっと、勝手に決めないで下さいよ!私の手柄なのに!!」
「お前だって肉好きだろ?ほら、行くぞ」
「もう!好きですけども!」
私たちはトラッドの決めたステーキ店に移動した。
―――――
「いや~それにしてもあの手紙はちょっと引いちまったな」
「私も不倫はマジでナシだと思うなぁ……」
「でも、あんなに思い合える相手がいるなんて、ちょっと羨ましいかも……?」
「ちょっとプラムあんた、人のものに惹かれるタイプだったの!?」
「そうは言ってないじゃないですか!!」
私たちの宴会の話題は相変わらず例の手紙の件だった。
私たち調査課の平均年齢は他の部署と比べてかなり低い。というのも、この判事部がこれだけ人員を増やしてきちんと調査を行うようになったのはつい最近、今の国王様が即位されてからのことなのだ。
というわけで未婚人員も多く、こうした色恋沙汰の裁判になるたびに大盛り上がりになるのだ。
「恋愛かぁ……私はあんまり興味ないなぁ」
「プラムは精神が子供だもんなぁ……」
「誰が子供ですか!トラッドさんだって似たようなもんじゃないですか」
トラッドは私より2年先輩の20歳なので一応敬語を使ってはいるが、精神年齢は絶対に私より低いと思う。
「わたし、ずっと疑問だったんですけど、貴族の皆さんって自由恋愛なんですか?」
疑問を口にしたのは平民出身の同期のミグリだ。この部署は調査の必要上、貴族と平民が混在している稀有な部署だ。
もっとも平民とは言っても王宮で働く以上、高い素養や家柄に問題ないことが求められる。とはいえ、ミグリなどは一緒に働くようになるまでは貴族と関わったこともなかったと言っていただけに、こうした疑問を持つのももっともだろう。
「うーん、政略結婚もまだまだあったりするよ。でも昔に比べれば減ったのは確かかな」
「そうなんですか!?わたし、てっきり貴族の方々は皆さん許嫁がいらっしゃるんだと思っていました」
「んなわけあるかよ。今は平民だって優秀なら登用される時代だぜ?結婚してまで貴族同士の家のつながりを強めるよりも、ちょっとでも子供に勉強させて王宮内のより良い部署に所属させようって考える家の方が多いんじゃねぇかなぁ」
「それに、考えてもみてよミグリ。トラッドさんみたいな領地も持たない子爵家の五男坊なんかと政略結婚なんてしてもなんの旨味もないでしょう?」
「おい!旨味がねぇってことはないだろうが!」
「あー、確かに……!」
「確かに!じゃねぇよ!」
まじめに関心した様子のミグリは優秀だけれどかなりの天然だと私は思う。
「プラムはどうなんだ?公爵家ともなるとさすがに政略結婚ってことになるのか?」
「いえ、うちは母の方針で、結婚も仕事も好きにさせようってことになってるんです」
「え、でもプラムって一人っ子よね?」
「うん。私の夫になる人が公爵の跡取りになるか、未婚のまま家が取り潰しになるかの二択だね~」
「二択って……。お前なぁ」
トラッドには呆れられてしまったけれど、両親には好きに生きるようにと散々念押しされている。いざとなったら将来有望な養子でも取ればいいというのが両親の弁だ。
「あれ、それって自由恋愛でプラムが平民と恋に落ちちゃったらどうするの?」
「え?それは……どうするんだろう?」
「平民が公爵様になるなんて聞いたこともねぇぞ」
「うーん、どうなんだろ。でも、私が恋に落ちるとか全然想像出来ないし、そんなことにはならないんじゃないかなぁ?」
貴族と平民の結婚というのも近年少しずつ増えていると聞く。結婚自体まだ実感が沸かない私には想像するのも難しい話だ。
「そういえば主任の奥様は平民出身でしたよね……って、あれ?主任、まだ仕事ですか?」
隣に座っていながらほとんど会話に参加していなかった主任に話を振ろうと振り返ると、仕事用の縁の細い眼鏡をかけ、書類を手に銀色の前髪を何度も掻き上げている……仕事をしている時に主任が無意識にする癖だ。
「あぁ、ほんの少しだけなんだがな」
主任はうんと伸びをするとエールを喉に流し込みながらも再び書類に目を落とした。
私たち判事部調査課は総勢20人。これだけ人数が居るのでみんなで食事に行くとなると個室を貸切るか、小さな店なら店ごと貸し切りになってしまう。行く店も馴染ばかりなので、店員の口が堅いのをいいことに仕事を持ち出したり、なんならそのまま仕事の話し合いになってしまうことも少なくない。
「そんなに急ぎの案件がありましたっけ?」
「急ぎの案件が無いかを今まさに見ているところだよ。終業直前に渡されたから、目すら通せてなくてね。ぎりぎりでたくさん渡さないで欲しいよなぁ、まったく」
「あはは、ほんとですよね」
「ん……?」
主任は一つの申し立て書類に目を止めたまま固まってしまった。
「あれ、どうしました?」
「あ、あぁ。いや、なんでもない」
どんな訴状だったのか気になったけれど、主任は少し挙動不審のまま書類を私の手の届かない机の上に置いた。
「なになに?面倒な案件ですか~?」
「あ、おいトラッド!」
「被告、オキザリス公爵夫人……って、これプラムの母さんじゃねぇのか!?」
「バカ野郎!!」
「…………どういうことですか?」
主任が私に見えないように書類を隠したのには理由があったらしい。
「見せてください。どうせ起訴が成立したら人々の知るところとなるのですから」
「……それもそうだな。ただ、驚くと思うが、気を強く持てよ」
主任は気づかわしげに私に訴状を渡した。勝手に書類を見てしまったトラッドも少し気まずそうにしているが気にせず読み始めた。
―――――
提訴状 1821年8月31日
原告 ヴァーナム=ディラテイタム公爵
被告人 エリア=オキザリス公爵夫人
本日、原告は被告人を『横領罪および国家反逆罪』の容疑で訴訟するものとする。
裁判は厳正な事実確認が十分に行われたのち、国王の名のもとに半年以内に開廷する。被告人は本日から国外への無届の出国を禁止するとともに、招集を受けた場合はそれに応じる義務を課すこととする。
以上
―――――
「そんな……母さまが、横領?国家反逆罪……?」
頭が真っ白になった。まさか自分の母親が罪に問われるだなんて……。
いつの間にか訴状を読む私の周りに皆が集まっていた。何事かと興味本位で訴状を読み始めた調査課のメンバーたちも無言でこの訴状文を読んではいるが、みんな動揺しているのようだった。
「プラムのお母さん、そして判事長の奥様……だよね?」
「判事の長の奥様が罪を犯すだなんて、考えられないわ!」
「いや、そんなことより気になるのは原告だろ」
「原告?」
私はあっけにとられてしまっている頭を必死に動かして訴状をもう一度確認した。ヴァーナム=ディラテイタム公爵……知らない名だ。
「ヴァーナム=ディラテイタム公爵?五大公爵家の一つだろうが知らない名だな」
「オレも知らないな。誰なんだ?」
「いや、問題はこれが誰なのかじゃないよ」
「主任、どういうことですか?」
「オキザリス夫人にかけられた容疑は横領罪と国家反逆罪つまり……」
「……ッ!そうか!」
声をあげたのはトラッドだったが、その場にいる全員が事情を理解したようだった。
横領罪と国家反逆罪はどちらも国罪と呼ばれる国を敵に回す罪だ。こうした国罪の原告は、国自体か、国王の名が使われる。
しかし、これは違う。
国罪裁判を国の名を背負わない一介の貴族が起こそうというのだ。こんな前例はおそらくない。
皆飲み会の席だということも忘れて「個人が国罪裁判を起こした場合どういう手続きになるんだ?」と考え込んでしまったのは仕事に真面目な調査課の面々の長所であり短所だ。
「ディラテイタム公爵家か……少し聞いたことがある。表舞台からは姿を消して久しいが、暗躍公爵などという不届きな名を持つ公爵家だったはず……」
「暗躍公爵……この人が刑事部の人間ってわけでもないんですよね、主任?」
「そうだな。刑事部は今、公爵位の家の者は所属していないはずだ。貿易関連に強い家だと聞いたことはあるが……すまん、それ以上の事は……」
周りを見回したけれど、それ以上情報を持っている人は居ないようだった。平民も貴族も所属する顔の広い調査課の面々が誰も知らないということは、長らく表舞台から姿を消しているという話は本当のようだ。
「ご隠居がなんだって国罪の訴訟なんて起こすんだ?というか、そんなこと許されるのか?」
トラッドの疑問に答えることのできる者はこの場に誰ひとりとして居なかった。
―――――
翌朝、私は出勤と同時に判事長のもとに向かった。
判事長のデスクの前には案の定昨日の書類を持った主任もおり、二人とも眉間に深い皺を刻んでいた。ちなみにもうひとり、トラッドも隣に立っているけれど彼は多分野次馬なので無視だ。
「判事長、お手元の訴状の件、私に調査させてください!!!」
一晩寝ずに考えた結論がこれだった。
驚いたり戸惑ったり、悩んだりもしたけれど、母が訴えられてしまった事実はもう変わらない。それならその無実を自らの手で晴らしたいと考えたのだ。
「プラムか。気持ちは分かるがこの件からは外れてくれ」
「嫌です。私の能力の事はご存じですよね?この力があれば必ず母の無罪の証拠を集めてみせます」
意気揚々と宣言したが、判事長には呆れたように溜息をつかれてしまった。
「プラムベリーよ、だからダメだと言っているんだ。俺達の仕事はこの訴訟の調査を行うことであって被告人の無罪の証拠を集めることではない。分かっているだろう?」
「ですが……何もしないでいるなんて、できません」
「プラム君、その気持ちは判事長だって一緒だよ。でも家族だと私情がどうしても挟まってしまう。夫人の無実を証明したいのであれば、二人がこの件に関わらないことが一番なんだ」
「そんな……」
私はがっくりとうなだれてしまったけれど、父も同じように悔しく思っているのが表情から伝わって来た。
「この件はトラッド君と僕が担当する。彼の優秀さはよく知っているね?」
「……はい」
「というわけだプラム。オレがきっちり調査してきてやるから大船に乗ったつもりでいてくれよな」
確かにトラッドは優秀だ。でも、私の能力でしか見つけられない証拠があるかもしれない。トラッドの証拠だけでは不十分かもしれない。彼を信じていないわけではないけれど、私は自分の仕事に自信を持っているからこそ自分にしか出来ないことがきっとあるんじゃないかと思ってしまうのだ。
「わかりました。……ではすみません。今日から一週間、有休にしてください。それじゃ急ぎますので失礼します!」
私は一方的に休業を宣言すると、判事部のある地下室を飛び出した。
「……あれ、絶対に証拠集めに行ったな」
「無理もないですよ、判事長」
「オレ、そんなに信用ないのかよ…………」
トラッドの悲痛なつぶやきはプラムの耳に届くことはなかった。
―――――
判事部を飛び出した私は、その足で王宮内の貴族院へと向かった。貴族院とはこの国の貴族の支援や管理の為に設けられた部署だ。
領地を持つ貴族はここで年貢を納める手続きをしたり、戸籍の登録なども行っている。
「すみません、戸籍を見せてもらいたいのですが」
私は受付に駆け込むと、眼鏡をかけた生真面目そうな受付嬢に声をかけた。
「かしこまりました。どちらの家のものをお調べしますか?」
「ヴァーナム=ディラテイタム公爵という方の家族構成を調べたいのですが……」
「申し訳ありません。公爵位以上の上記族の方の戸籍記録を確認することはできない決まりになっております」
「そ、そんなぁ……」
調査対象をよく調べるにはまず戸籍からというのが調査する時の常套手段なのだが、上位貴族が相手ではそう上手くはいかないようだ。
公爵家はこの国でたった5家のみ。地位も地盤も固まり切っている公爵家が訴えられること自体がないのですっかり失念してしまってた。
(やっぱり、母さまに直接会って聞くしかないか……)
私は踵を返して王宮の三階にある外交部へと向かった。
母は外交官だ。一般的な貴族夫人とは違い、社交などはせずに仕事に生きている珍しいタイプの女性で、仕事の性質上、昔から家にはほとんど居なかった。
貴族にしては珍しく私が一人っ子なのも、母が外交官として優秀すぎるために産休や育休に行くことを国王から惜しまれたからだと聞いている。
海外を飛び回っていることが多いと聞いているのでここに会いに来たことは一度もないのだけれど、母の消息ぐらいは聞けるかもしれない。
それに、訴状には届出なく海外に出ることはできないと書いてあった。もしかしたら帰って来ているかもしれない。
「あの……エリア=オキザリスはこちらに居りますでしょうか……」
「えーっと、あなたは……」
私は外交部のオフィスで働く女性に声を掛けた。
「私は判事部の……」
「え!そのお顔はまさか……!」
「……へ?」
女性は驚いたように目を見開いて言葉にならない言葉を叫んでいる。その声を聞いて駆け付けた他の同僚の方たちも私の顔を見るなり驚いたように奇声を上げて、オロオロとするばかりだ。
「……ええっと?」
「その顔は…!お前、プラムベリー=オキザリスか!」
「レーレヒル様!」
レーレヒルと呼ばれた人物は、隣室から出て私の顔を見るなりそう言った。つまり、私の顔と名前を知っていたということになるのだが、あいにく私はこの美形の青年に全く見覚えがない。
そもそも社交会デビューすら拒んでいる私のことを知っている人物など仕事関連ぐらいしかいないし、潜入調査することもあるのであまり顔を知られないようにしているのでこの反応には違和感があった。
「あの……どこかでお会いしたことがありましたでしょうか?」
青年は20代前半ぐらいだろうか。美しいブロンドの髪をなびかせて興味津々と言った様子で私の顔をしげしげと眺めて来るが、こんな整った顔の人間は初めて見た。中途半端なイケメンならあっさり忘れてしまうと思うが、これだけ見栄えのする顔面なら職業柄どこでどんな時に会ったかまで記憶しているのが常だ。
「いや、会ったことがあるってわけじゃないんだが……クククッ」
「???」
会ったこともないというのならなぜ私の事がわかったのだろうか。面白そうに笑っているが、笑われているようでどうも不快である。
「あぁ、すまない。意味が分からないよな。俺達がなんでこんな反応になるか気になるだろう。見てみるか?」
「見て、みる……???」
私は混乱する頭を押さえながらレーレビルという青年の後をついて、彼が先ほど出てきた個室になっている執務室に入った。
「……………………な、なんじゃこりゃ!!!」
そこにあったのは壁一面の私の顔だった。
正確には2年前、16歳の成人の際に父と母が画家を呼んで描かせた絵を10倍以上拡大して書き直しさせたもの……だと思う。
あの日、慣れない化粧をガッツリとされてあまり乗り気でない私とは対照的に、珍しく家に帰って来ていた母が相当浮かれていたのを覚えている。
浮かれているとは思っていたけれど、まさかこんなところに飾られているとは思いもしなかった。
私は部屋の入り口に戻ってネームプレートを確認すると、そこには案の定「エリア=オキザリス」の名前が刻まれていた。
「クク……ククククッ……!」
レーレヒルは驚き戸惑う私を見て笑いをこらえるのに必死な様子だ。
外交部の方々の反応と、この人の反応から考えると、私の絵がここにあることは周知の事実のようだった。
「母さまってば、なんでここにこんなものを……」
「エリア殿は相当娘を可愛がっていたようだな」
「……そうみたいですね」
離れて暮らす母が自分を可愛がってくれているのが分かってこそばゆい気分ではあが、自分の巨大な顔面がこんな公衆の目に晒されているのを知ってどっと疲れた気分だ。もっとこっそりポーチにでも忍ばせてくれていればいいものを……と文句を言いたいところだが、うん。母らしいっちゃ母らしい。
「んで、その娘のあんたがここに来たってことは、訴えられた母親をピンチを救いに来たってところか」
「……ッ!?なんでそれを?」
母の訴訟の件はまだ内々の話であって、開示がされるまでは判事部の外の人間は知らないはずだ。
「さぁ、なんでだろうな」
「事情を知っているということは……つまり、あなたは原告であるヴァーナム=ディラテイタム公爵の縁者ですね!」
「……はぁ、ハズレだ。なんでそうなるんだよ」
「あ、あれ?」
事情を知っている可能性のある人物がいるとすれば訴えを起こした原告側の人間だけだと思ってビシッと言い当てたつもりだったのだが、レーレヒルはガックリとうなだれてしまった。
「オレが何者かはひとまず置いておくとして、ディラテイタム公爵に与する者ではないということだけは誓おう」
「はぁ……」
「じゃぁ行くか」
「へ?どこにですか?」
「母親の無実を調べに来たんだろう?俺も彼女には仕事で度々世話になった。証拠を集めに行くぞ」
「え?えええ!?ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
この男が何者で何を知っているのかは分からないけれど、悪意のようなものは感じられなかった。
他に当てもない私は、仕方なくこのレーレヒルという青年について行くことにしたのだった。
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