モニラとルーク殿下
わたしが慌ててモニラの元へ行くと、嬉しそうにモニラは顔を輝かせた。
「お義兄様にきちんとご挨拶させて下さい、お姉様」
「それはしなくて良いの。お母様も仰っていたでしょう」
「どうしてですの!? モニラも王子様とお話したいです、仲良くなりたいです」
「とにかくお部屋に戻りなさい」
全く状況を理解していない妹を目の前にして溜息をつきたくなってくる。この呆れる程変に前向きなパワーは一体どこから来るのだろう。これがヒロインたるものなのだろうか。
「いいよ、妹君もこちらに連れておいで」
入口でモニラと押し問答を続けていると、ソファーに居る殿下からそう声が掛かった。
「え……」
その言葉に固まるわたしを無視して、モニラは入口で通せんぼの形をしていたわたしとハウンドの間をスルッと通り抜けて殿下の元へと行ってしまった。そして可愛らしくカーテシーをする。
「ありがとう御座います殿下! やっぱり殿下はとてもお優しいんですね」
ニコニコと笑顔を見せて勝手に向かい側のソファーへと腰掛けてしまうモニラ。わたしはその光景を見て、やはり二人は愛し合う運命なんだと思ってしまった。さっきまでの喜びが何処かへ消えてしまう。
「……ハウンド、モニラの分のお茶を用意してくれるかしら?」
「畏まりました」
モニラを追い払うのは無理だと察し諦めてハウンドにお茶の準備をさせる。そして自分がどちら側のソファーに座るべきなのか分からなくなり、ソファーの傍で思案していると殿下が手招きして自分の横へと座らせた。
わたしの方を優先してくれている事に少しだけ安堵したが、モニラと三人でお茶するこの光景は過去を沸々と思い出して複雑な気持ちになる。
「妹の不敬をお許し下さり感謝致します」
「モデリーンは気にしなくて良いよ、大丈夫」
モニラの分のお茶と菓子が運ばれて来て、それに早速手を付けようとしたモニラへと殿下は話し掛けた。
「えーと、モニラ嬢。今日はこうして同席を許すけど、次回からはダメだからね」
「えっ、どうしてですか?」
「君は私の婚約者ではないだろう?」
「はい、でもお姉様の妹です」
何がダメなのかが理解出来ていないモニラは首を傾げる。
「私は婚約者である君の姉君に会いに来ている。その妹である貴方には会う用もないし必要性もないんだ」
「……え」
モニラが珍しく真顔になった。ビックリした表情でわたしの方を見る。
「だって殿下はモニラのお義兄様になられるのよね? なのにどうして会いに来ちゃダメなの?」
「そうだけどモニラは婚約者ではないのだから、不必要に殿下と会う事も仲良くなる事もしなくていいの」
わたしと殿下からの言葉を受けてモニラの顔に困惑の表情が浮かぶ。
「意味が分からない、どうしてお姉様はそうやっていつもモニラを虐めるの!?」
「虐めるだなんて……それは違うわモニラ」
何を勘違いしたのかモニラは顔を真っ赤にして怒り始めた。そしてそれはすぐに涙へと変わる。
「酷いっ、酷いわっ!!」
そう叫んでモニラはいつもの様に泣きながら部屋を飛び出して行く。モニラに何かを言い聞かせ様とすると結局いつもこうなってしまう。
「……殿下には大変見苦しい所をお見せ致しました。申し訳ありません」
私が謝罪を述べると殿下は軽く首を左右に振って見せた。
「モニラ嬢の事は色々と噂は聞いているから気にしないで」
「お恥ずかしい限りです……」
結局用意されたお茶と菓子には手を付けずにモニラは部屋を出て行ってしまった為、ハウンドが手早くそれらを片付けた。そしてわたし達には熱い紅茶を淹れ直してくれた。その後は殿下が帰るまで楽しくお喋りをして過ごせたのでホッと一安心したのだった。
◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆
夜になって寝室のベッドに横になり、自分の左手にはめられている指輪を眺める。あの指輪がわたしの手にあるだなんて夢みたいだ。モニラがしていた物とは少しデザインが違うし、はめられている石も違っている。作る相手が変わるとデザインも変わるのかもしれない。
指輪を贈られて嬉しい反面、何処か後ろめたさも感じている。本当なら指輪を貰うのはモニラの筈なのだ。指輪も殿下も、何だかわたしが横取りしているかの様に心苦しさを感じてしまう。
「……このままだったら良いのに」
指輪を見つめながらそう呟く。今回は殿下の事は最初から諦めようと思っていた。なのに婚約者になる事は逃れられなくて、更には今迄とは違い婚約前から既に殿下から想われているだんて。神様はとても意地悪だわ。こんな状態からのスタートで、いずれはまたわたしの元から殿下を奪ってしまわれる。
「もうやり直しの転生なんてしたくないなぁ……」
これが最後のやり直しで頑張った結果がいつも通りだったとしても、もう生き返らなくて良いと思う。辛い思いはどれだけ重ねても平気にはなれないもの。