ルークとの再会
マーガレットの訪問があった翌週の週末はルーファスを訪ねて城まで出向く日だった。先日我が邸で会った時にマーガレットと仲良くなった事を伝えるとそれはもう驚かれた。勿論転生者同士という部分やモニラの事件の事などは伏せた上で、女同士じっくりと話をしてみたら意気投合したという事にした。
モニラに振り回されてルークとの間を邪魔され、ループしても変わらない哀しみの中でルーファスに救われたのだという話をしたら逆に応援してくれる事になった……というのがマーガレットと打ち合わせた筋書きだ。頭の切れるルーファスが信用してくれるかは分からなかったが「そう……まぁ、二人が仲良くなって僕たちの邪魔をしないのなら別にいう事はないよ」と深くは追求されなかった。
ルーファスの記憶は最近になってたまに一つ二つと、わたしとの思い出を思い出す事が出て来た。きっとその内全てを思い出す日が来てくれそうな予感で期待に膨らむ。ハウンドもわたしに笑顔が増えた事を喜んでくれているし、わたし自身もただ待つだけではなくルーファスに想いを伝えるべく日々努力していた。
今日は朝から邸の厨房で料理長監修の元、紅茶のクッキーを沢山焼き上げた。貴族令嬢は普段は基本的には料理をする事がない。というかする必要がない。だが稀に菓子作りが好きな令嬢が厨房に入ってスイーツ作りをする事はあったりする。それらは友人の邸を訪ねる時に持参したり、意中の殿方にプレゼントしてみたりするのだった。
わたしは前世の記憶があるので普通に包丁も握れるしある程度の料理は出来るが、実は菓子作りだけは苦手だった。レシピを見ながら作ってるのに何故か出来上がりはヘンテコなものが出来てしまうので、前世では菓子作りは学生時代に諦めてやらなくなっていた。
とはいえ前世のわたしが得意だったのは家庭料理で、中でも芋の煮っころがしは自分で言うけど絶品の出来栄えだった。
(でも公爵令嬢が王子に芋の煮っころがしをプレゼントなんて、おかし過ぎる……)
相手が王子でなく貴族令息だったとしてもダメだろう。というかクローバー王国には里芋は流通していない。海外には米文化が発展し根付いたという美食の王国もあるが、そこから輸入してまで作る訳にもいかない。いや、作ってもプレゼント出来ないから意味がない。
色々考えた挙句、仕方ないので料理長に素直に菓子作りの教えを乞う事にした。幸い時間はあったので毎日の様にクッキー作りの練習に付き合って貰って、ようやくプレゼント出来るレベルになった。毎日馬鹿の一つ覚えの様に紅茶のクッキーを焼き続けるわたしに付き合って、美味しくもない失敗作のクッキーを家族やメイド達が食べてくれた事に感謝だ。ハウンドなんて無理に食べ過ぎて顔が青ざめる始末だ。そこまで必死に食べなくて良いのに……。
(悔しいけど最初は全然サクサクしてなかったし、味もなんだか微妙だったのよね。作れるようになって本当に良かった)
見た目も完璧に焼きあがったクッキーを上品な布で包み、金色のリボンでキュッと結んだ。ルーファスにプレゼントするのは最高に仕上がった選りすぐりのクッキーたちだ。それより少し劣るが人に贈るには十分なレベルのクッキーを別の布で包み、こちらは可愛いピンクのリボンを結んだ。
(少し早めに行ってルーシーと一緒に食べよう)
わたしは愛弟子の成長に涙を拭って喜んでいた料理長にお礼を言い、残ったクッキーが入ったカゴを一応手渡した。受け取りながら料理長が「うぷっ……」と口を押さえそうになったのは見ない振りをした。
(そりゃもう食べたくないだろうな……帰りに何かスッキリするスイーツでも皆の土産に買って帰ろうかしら)
城へと向かう馬車の中でわたしはそんな事を考えた。
◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆
てっきり部屋に居るかと思っていたルーシーは留守だった。婚約者の公爵家令息と街デートに出かけているとの話で、帰って来るのは夕方頃になるとの話だった。元々約束していた訳ではなかったのでメイドにピンクのリボンの包みを預け、ルーシーに渡して貰う様にお願いした。
(どうしようかしら……ルーファスとの約束の時間にはまだ早すぎるし……久々に図書室にでも行って時間を潰そうかしら)
そう考えて図書室のある方へと廊下を方向転換しようとした時、奥の廊下の角からルークが姿を現した。あの奥は王太子と王子たちの執務室となっている。ルークと会うのは学園の卒業パーティの日以来だろうか。
「やあ、久しぶりだね。モデリーン」
「ええ、ルーク殿下もお元気そうで何よりです」
顔を見る事はあっても、もう久しく二人きりでは会話はしていなかった。互いに何を話して良いか分からないのか挨拶の後、暫く沈黙が続く。
(前は会話に困る事はなかったけど……もう婚約者ではなくなったし、何を話したら良いんだろう)
別に嫌いになった訳ではないし、邪険にするのもどうかと思うし正直どう対応して良いのか悩む。誰か他にも人が居ればここまで困る事はないのだけど。
「あー……その、ルーファスに会いに来たのか?」
「まぁそうなんですけど、今はルーシーの部屋を訪ねた所で……でも留守で。ルーファスとの約束の時間にはまだ早いしで」
「そ、そうか……」
「はい……」
なんだか自分の状況を説明するのもぎこちなさが出てしまい、わたしってこんなに会話が下手だったのだろうかと変な所で落ち込む。
「その包みは? なんだか甘い匂いがするな」
わたしの手に大事に抱えられている包みに気付いたルークが会話に困ったのか話を振って来た。
「あ……ルーファスに。クッキーを焼いたんです」
わたしの答えにルークが少し目を丸くした。
「モデリーンが菓子を?」
「お、おかしいですか?」
「いや……少し驚いただけだ。君がそんな事するとは思わなかったから……昔から作っていたのを私が知らなかっただけか?」
「いえ……恥ずかしながら苦手で……最近練習したんです」
更にルークが目を大きく見開いて、そして複雑そうな表情を見せた。
「そうか……ルーファスは喜ぶと思うよ」
「だと良いですが……」
「いや喜ぶさ。モデリーンはもっと自分に自信を持った方が良いよ……て私が言えた義理じゃないな。私のせいで自信が持てなくなってしまったんだよな、今更だがすまなかった」
「いえ……」
(クッキー焼いたのをルークにこんなに驚かれるなんて、わたしってそういうのしないイメージなのかな。まぁ、悪役令嬢だし?)
「あ、近い内にこの国を暫く離れる事になったんだ。見聞を広める為に数年間、近隣諸国を視察がてら回る事になってね」
「そうなんですか?」
「ルーファスと君の結婚式には一旦帰国するから安心して」
ルークもルークなりに少しずつ前に進もうとしているんだと感じた。わたし達も大人になっていく。身体だけでなく内面も成長していかなければならない時期になっているのだ。
「道中お身体には気を付けて下さいね」
「あぁ、君も無理はするなよ」
わたしを見るルークの表情がとても柔らかい。あんなに冷遇されていた過去が嘘の様だなと思った時、背後からいきなりルーファスが慌てた様子で駆け寄って来た。
「兄上、モデリーンにあまり近づかないで下さい!」
まるでルークから引き剥がすかの様にわたしの腕を引っ張り、自分の腕の中へと抱き留めた。目の前にルーファスの筋肉質な胸板が押し付けられて一瞬で心臓が飛び跳ねた。
「ル、ルーファス??」
敵意むき出しでわたしを抱き寄せたままルークを牽制する。
「ご、ごめんごめん。そんなつもりは毛頭なかったが、気に障ったのなら謝るよ。じゃあ私はもう行くから」
あまりの勢いに押されたのかルークはそう告げて、わたし達の横を通り抜けて広い廊下の奥へと姿を消した。わたしはルーファスに抱き締められたままドキドキする心臓を悟られないように少し身じろぎする。顔を見ようとするけど抱き締められているせいで角度が悪いのかなかなかルーファスの顔を見る事が出来ない。
「ど、どうしたの? ルーク殿下とはお話していただけよ」
「ん……そうかもしれないけど……嫌だったんだ」
苦しい程にぎゅうぎゅうと抱き締められて手にしていたクッキーの包みが潰れそうになり、思わず声をあげた。




