マーガレットとモデリーン
「お招きありがとうございます」
予定通りマーガレットは週末に我が家を訪問。そして手土産にと最近王都で人気のスイーツ店のアップルパイを持参してくれた。
ハウンドに早速そのアップルパイを切り分けてテーブルへと出して貰った。さすが有名店のケーキだけあって見るからに美味しそうだ。焼けた林檎の香りまで漂ってくる気がする。
「お砂糖とミルクは?」
「あ、ミルクを………」
と答えたマーガレットは何故かカチンコチンに固まっており、隠しきれない緊張の為か少しあたふたしながら自分の紅茶にミルクを注ぎ入れた。
「そんなに緊張なさらないで。別に取って食いはしないわよ」
「そ、そういう訳ではないんですけど」
わたしの部屋の中が気になるのかこちらに気付かれないように視線をあちこちへと巡らせては、時折瞳を輝かせている。
「気になるなら部屋の中を少し案内致しましょうか?」
「よ、宜しいんですの?」
マーガレットは嬉しそうに壁際に作りつけた大きな書棚を眺めて並んでいる本のタイトルを見ては感心したり、ガラス製の飾り棚の中を覗いてはわたしのお気に入りのティーカップコレクションに歓喜したりとコロコロと表情を変えて部屋の中を探検した。
「楽しんで頂けました?」
「はいっ! どれも素敵な物ばかりでさすがモデリーン様、センスが良いですね」
「そう? ありがとう」
ようやく緊張が解けてきたのかマーガレットはソファーに戻ると、少し温くなった紅茶をグイッと飲み干す。
「悪役令嬢のお部屋ですもの、気になりますわよね〜」
「そうなんですよ、私なんてルーファスルートでしか出て来な……あっ」
そこまで言ってから、しまったと口をつぐむマーガレットだったがもう遅い。わたしはニッコリと彼女に微笑んだ。
「やっぱり貴方も転生者でしたのね」
「あ……う……」
大きな瞳をきょどらせながら片手で自分の口を押さえて口籠る。
「前世の記憶が戻ったのは馬車事故の時なんじゃありません?」
「あ、あはは……」
「それまでルーファスの事は遠くから見てるだけだった貴方が急に積極的に表に出てきましたし、おかしいと思いましたの」
「……はぁ。分かりましたよ白状します! そうです、モデリーン様の推測通りです」
わたしにはもう誤魔化しきれないと思ったのかマーガレットはため息を一つつきながら開き直った。
「私からも質問宜しいですか?」
「ええ、構わなくてよ」
「何で今更ルーファスルートなんですか? 途中までルークルートでしたよね? というよりヒロイン何処行っちゃったんですか」
モニラの事件に関しては公には公開しておらず、モニラは体調不良の為領地で療養している事になっていた。下手に事件を公表して国民の不安を煽る必要はないとの判断だった。
「口外しないと約束出来ますか? 内容が内容なだけに口外すれば貴方の身の安全は保証できませんけど」
「や、約束致しますわ。これでも私、王族の端くれですもの」
マーガレットと約束を交わしたわたしは、大まかに今までの経緯を話してみせた。
「な、なんなんですかぁ〜その哀しい悲恋の物語はぁ〜」
見るとマーガレットが顔を歪めながらおいおいと泣き始めたので、わたしの方が驚いてしまった。
「マ、マーガレット様?」
慌ててハンカチを差し出すと「らいりょーぶれふ(大丈夫です)」と言葉にならない言葉を発しながら、自分のワンピースのポケットからハンカチを取り出して顔を覆った。
(あ〜あ〜、泣いて顔がグチャグチャですわよ……)
「う……ふうっ……ぐすっ…………失礼致しました」
「いえ……」
ようやく泣き終わり、顔と気持ちを整えたマーガレットはわたしの方へと向き直った。
「……分かりましたわ、私全力でモデリーン様とルーファスを応援致しますわ! 側妃の話は忘れて下さい」
「えっ」
意外にもアッサリと身を引いたマーガレットに驚きを隠せないでいると、彼女は当たり前だと言わんばかりに胸を張ってみせた。
「そんな事とは知らずにちょっかい出して申し訳ありませんでした。私ルーファス推しでしたので、つい自分の立場を利用してしまいましたの」
「宜しいんですの? わたくし、てっきり敵対するのかと」
「ルーファスが最推しですけど、他にも推しの素敵な殿方は幾人も居ますわ! いわゆる箱推しなんですの。私はそちらを狙いますので、どうぞルーファスの事はご遠慮なく」
同じ転生者でもモニラとはあまりにも違う性格のマーガレットにある意味圧倒されてしまった。
(面白い人ね。わたしマーガレット様の事嫌いじゃないわ)
「それはそうとモデリーン様」
「はい」
「一つお願いがありますの」
「何ですの?」
少し身構えるわたしだったが、マーガレットからの言葉は願ってもみないお願いだった。
「お友達になって下さいませんか?」
「……! ええ、勿論よ。わたくしからもお願いしたいと思ってましたわ」
「わぁ、嬉しいです! 色々ありましたけど、これからはお友達として宜しくお願いします」
「こちらこそ」
そこからは前世の話も含めて色々なお話が出来て楽しい時間を過ごす事が出来た。わたしの部屋から楽しそうな様子が廊下まで聞こえてたのか、マーガレットの訪問を心配していたフィーニモが不思議そうにしていたらしい。




