再会 ルーファスSide
「姉上遠い所来てくれてありがとう」
部屋の扉がノックされてルーシー姉上が姿を覗かせる。僕が入口の方へと歩みを進めると姉上の後ろにチラリと深いワインレッドの頭が見えた。不安げに隙間からこちらを窺っている様子だ。
(この子がモデリーン……。やはり記憶が曖昧だ。知っている筈なのになんだかよく分からない)
「君がモデリーン?」
「……はい」
話し掛けると更にその瞳に不安の色が浮かんだ様に見えた。透き通る様な凛とした彼女の声に胸がドクンと鳴った気がした。
(分からないのに何故かこの子を泣かしたくないと思う。とても利発で強い女性に見えるけど……)
「えっと……少しだけモデリーンは入るの待っててくれる? 姉上と先に話したい事があるから」
「あ、はい」
まずは姉上から現状を聞きださなければならない。モデリーンの事も色々と聞いておきたいので彼女には悪いが暫く部屋の外で待ってもらう事にした。
「思ってたよりは元気そうじゃない。てかモデリーンの事が記憶にないってどういう事よ」
ソファーへ座るなりルーシーが僕を責め立てる勢いで問いただして来た。
「全く記憶がないというのは少し違うんだ。モデリーンの存在は僕の中にはあるんだけど、それは兄上と婚約している状態のモデリーンで……」
「どういう事?」
「説明するのが難しいんだけど……まず、僕たちはなんでまだ学生なんだ? 僕らは学園を卒業して、兄上とモデリーンは結婚、姉上も結婚間近だった筈だよね? それにモデリーンは事故で亡くなった筈だ。……僕の記憶がおかしいのかな、夢でも見てたとか」
「あぁっ……そこの記憶がまず飛んでるの!? だから訳分かんなくなってるのね」
思いっきり眉間にしわを寄せてルーシーが唸った。大きな溜息をついてから僕に一つずつ説明を始める。
「それは一回目の記憶で、しかも途中までよ。モデリーンが亡くなって数年後にルークが時を戻す魔法を見つけて来たの。ルークの馬鹿がやっとモデリーンの無実を知ってね、今度はあのフワフワ女に惑わされずにモデリーンを幸せにして人生をやり直したいって言いだしたのよ」
「……じゃあ学生に戻ってるのは魔法のせいって事か」
「そう、でもそれを知ってるのは私たち三人だけだったの。だけどルークがなかなか記憶戻らないもんだから結局またあの女とくっ付いてモデリーンを不幸にした挙句に死なせた。それも二回もよ?」
今度は僕が溜息をついた。自分が言い出した事なのに目的を果たすどころか同じ失敗を繰り返してるだけって……我が兄ながら救いようのない人だ。
「四回目の人生も結局モデリーンを幸せにせずに結婚まで行ってしまったから、私と貴方で魔法を組み立て直してモデリーンが亡くなる前に強制的に再び時を戻したの。そして今がその五回目の人生の途中よ」
「五回目……」
「今回はモデリーンと出会う前に馬鹿も記憶戻ったから、最初は上手くいってたのよ。ちゃんと婚約者らしく振る舞っていたし。だけどやっぱりあの馬鹿はフワフワ女にうつつを抜かし始めて結局はモデリーンを哀しませたから、だから当初の計画通りに貴方がモデリーンを幸せにする手段に出たの」
「だから僕がモデリーンと婚約していたのか……」
ルーシーから今回が最後のやり直しだという事や、今回はモデリーンも今までの記憶がある状態だとか、モデリーンの妹モニラの現在の状況、兄上の状況、これまで事前にどんな事を対処して来てこれからはどんな事をしないといけないかなどザっとだが話を聞く事が出来た。詳しい事は城に戻ってからまた説明してくれるが、取り敢えず現状を把握するには十分な内容だった。
「何か大きな魔法を使った様な記憶は薄らとあるんだ。だから今のこの状況がそのせいなのだろうとは思ったんだけど、詳しい事が分からないから姉上に確認したくて……まさか時を戻していたとは思わなかったけど」
「私もまさか貴方がマーガレットの事故に巻き込まれるだなんて思ってもみなかったわ」
「あー……これは僕がマーガレットの事故を防ごうとしてしまったから」
「無傷で済むって分かっていたでしょう?」
「そうなんだけど事前に知ってるのにみすみす放っておくのがいたたまれなくて。でもこれは僕のミスだった。迷惑かけてごめん」
「ホントよ、一番大事なモデリーンの事に支障きたしてどうするのよ」
「面目ない……」
謝ってもどうしようもないが頭を下げるしか今の僕には出来なかった。
「それで? モデリーンに会ってみて、何か感じた?」
姉上に問われて先程チラリとだけ会った自分の婚約者を思い出す。とはいえ、自分の中では友人としての立場が長かったのでいざ婚約者だと言われると少々戸惑いがある。
「……か、」
「ん?」
「可愛い……と思った」
「あら」
大きな切れ長の美しい瞳。深みのあるワインレッドの髪は触れてみたいと思うほど魅力的だし。キュッと結ばれた小さな唇は可愛らしくてドキッとした。正直なんで覚えていないのか不思議なほど、彼女の姿に僕の心は鷲掴みされた。
「今までどんな女性にも興味湧かなかったけど、彼女にだけは心を揺さぶられる。姉上、僕は彼女をどんな風に好きだったんだろう? ちゃんと愛を伝えてた?」
「昔からベタ惚れしてたわよ、婚約してからは周りがドン引くくらいイチャイチャしてたんだから。もう、なんで覚えてないかなー」
ルーシーは口をへの字に曲げながらも僕とモデリーンの様子を教えてくれた。どうやら僕は心の底から彼女に惚れていたらしい。
「モデリーンはどうなんだろう。ずっと兄上の事を好きだったよね……」
「安心しなさい、モデリーンもルーファスの気持ちに徐々に絆されてたから。今は貴方の事が大好きよ」
「そ、そうか……なら尚更早く記憶を取り戻さないといけないな」
そうして僕は姉上からの話で彼女と対面する心づもりをした上で、ようやく部屋の中へと招き入れた。




