ルーク殿下のお茶会
その日はあっと言う間にやって来た。あれからすぐにお茶会の招待状が届き、バタバタとドレス作りの為の採寸や装飾品選びなどの準備があって三ヶ月なんて一瞬で過ぎていった。いくらわたしがモニラの矯正を頑張ってみても母親であるマーガレットが甘やかしてしまう。お母様はどうしてあんなにモニラに甘いのだろう。やはり自分に容姿がよく似てるからか。
モニラの淡い桃色の髪と青い瞳はお母様譲りだ。お母様をそのまま幼くした様にビックリする位そっくりな親子なのだ。逆にわたしはお父様に似ていて深いワインレッドの艶のある髪に、瞳は濃いブドウ色。因みに弟の髪はわたしと同じワインレッドで瞳はお母様譲りの青だ。
この三ヶ月でどれだけモニラが成長したかは謎である。……いや、たいして何も成長していないだろう。
初めての登城ではしゃぐモニラは馬車の中でも落ち着きがない。わたしも今生では登城は初めてだが、前世での記憶があるので全く新鮮味がないのは仕方がない。今着ているドレスも記憶通りのものだ。こういう小さな所から少しは変えた方が良かったのかしら……。
城へ到着するとお母様に連れられてお茶会の会場である薔薇が咲き誇る大きな庭園へと向かった。この薔薇園は歴代王妃様が管理するもので様々な色の薔薇の花が植えられている。庭園の中央には初代王妃様を模した石像があり、涼し気な表情で見守っている。特別な時にしか使用されない庭園という事もあり、警備も厳重だ。
わたし達親子は案内されたテーブルへとつき、大人しく参加者が揃うのを待った。そんな中モニラがこそこそと小声でわたしに話し掛けて来る。
「ねぇお姉様、王子様ってどんなお方かしら」
「さぁ、お会いした事ないから分からないわ。それより静かにしてなきゃダメよ」
本当はこの会場に居る誰よりも殿下の事は知っているが、それは過去の話。いや、未来か? ややこしいな、うん。とにかく今のわたしはまだ出逢ってさえいないのだ。何も知らない振りを通さないといけない。
「王妃様とルーク殿下がお見えよ」
お母様の言葉にわたし達は椅子から立ち上がって頭を下げた。ゆっくりと草を踏む音がしながら通り過ぎていく。
「皆様ようこそお越し下さいました、どうぞ楽にして下さいね」
王妃様の言葉を受けていそいそと椅子へと腰掛ける。顔を上げて初めて王妃様と殿下の方へと視線を向ける――と、何故かバチッとルーク殿下と目が合ってしまった。
――――え、なんで?
わたしは驚きのあまりサッと視線をそらした。
な、なんでこっちを見てるの? 過去のお茶会ではこんな事はなかった筈。心臓がバクバクと早鐘を打っているのが分かる。ゴクリと生唾を飲み込む。落ち着け、落ち着くのよわたし。目が合っただけじゃない、どうって事ないわ。
「どうかしたのモデリーン、何だか顔色が良くない様だけど」
俯いたまま顔を上げないわたしを心配したのかお母様が声を掛けて来た。
「い、いえ、なんでもありませんわ。大丈夫ですお母様」
冷静さを何とか取り戻し、過去の王太子妃教育で培った“なんでも御座いませんわ”仮面(モデリーン命名)を被る。こんな事で狼狽えてどうするのよ、しっかりしなきゃ。
王妃様と殿下は順番にテーブルを回り、少し談笑しては次のテーブルへと移動を繰り返している。こちらのテーブルへと来るのも時間の問題だ。モニラはテーブルに並べられた可愛らしいお菓子に夢中になっている様で、お母様と一緒にどれを食べるか選んでいる。わたしはティーカップに入った少し冷めた紅茶を口へと運び、耳は殿下達の会話の方へと集中していた。
王妃様は積極的に各テーブルの夫人やその令嬢へと声を掛け、どの令嬢が我が息子に相応しいか品定めをしている様だった。その横で殿下は笑顔は張り付けてはいるが、興味なさげに適当に返事を返している。さすがにガン見で様子を探る訳にはいかずチラチラと垣間見る様に殿下達の方へと視線を向けていたのだが、何故だか時折殿下と視線が合ってしまう。
本当にどうしてこっちばかり見て来るの!? 気のせいじゃないよね、これ! ……そ、そうだわ。きっとわたしじゃなくてモニラを見ているのよ。モニラが可愛らしいから殿下もついつい見てしまっている。きっとそうに違いない。
無理矢理納得する為の答えを出して、わたしは手に汗をかきながら殿下達がテーブルへとやって来るのを待ったのだった。