春の嵐 ※加筆あり
2023.09.20
前半部分に加筆しました。
――時は流れ王立学園は学年切り替わりの時期を迎え、春の長期休暇へと入っていた。わたし達三年生は無事卒業し、卒業パーティにはルーファスにエスコートされて出席した。ルークの隣には当たり前だがモニラの姿はなく、従妹であるマーガレットを伴って出席した様だった。
少し前までなら学園卒業後にわたしとルークの結婚式が予定されていたが、それは新たな婚約者となったルーファスの卒業を待ってから行う事となっている。ルーファスの卒業までの一年間は婚約者としての交流を続けながら過ごす日々だ。
件のモニラの処遇は離宮にある幽閉塔の頂上部分にある部屋に一生幽閉される事となった。毎日の食事だけは与えられるが、見張りと食事を運ぶ兵士以外は誰も訪れる事もない孤独な生活を死ぬまで一人きりで送る事になる。
公爵家令嬢として今迄の様に身の回りの世話を焼いてくれるメイドも居ない。煌びやかなドレスも装飾品もない。質素なワンピースを身に纏い、身の回りの事も自分でしないといけない。汚れた服や下着は洗面所で手洗い、窓はあるが開く事の出来ない格子窓なので洗濯物も部屋干しだ。
部屋の大きさはそこそこあるが備えられている家具は小さな本棚と一人用のテーブルセット、そして簡素なベッドがあるだけ。ルークから掛けられた魔法で声を発する事も出来ず、モニラは泣き暮らしているそうだ。
その話を聞き可哀想だとは思うけど、処刑されなかっただけマシだと思って反省してくれる事を願うばかりだ。モニラに雇われた破落戸や覆面達も皆捕まり、鉱山へと送り込まれたらしい。この者達も一生もう鉱山から解放される事はない。要するにあの事件に関わった者達全てが終身刑となった。
あの事件の時何故ヒューイ・バガナンスがあの場に居てモニラの攻撃を防いでいたのか不思議だったが、これまでの過去のわたしの死にヒューイが全て関わっていたらしく今回は先手を打ってヒューイをこちら側へつけていたとルーファスから聞かされた。
ルーファスとルーシーが今回は色々と事前に手を打ちながら過ごして来たとは聞いてはいたけど、まさか暗殺者まで手懐けていた事に驚かされた。多分他にもわたしの知らない所で色々と動いているのだろう。
(元々ルーファスはそういう事には長けているとは知っていたけど、なんだか凄い人と婚約してしまったんじゃ……でも、好きだけど)
ある意味ルーファスが王太子になった事はこの国の為にも良かったのかもしれない。ルーファスが王である間はこの国も安泰だろう。
◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆
世間を一時騒がせた事件の事も落ち着き、ここ数ヶ月は穏やかな日々を送る事が出来ていた。モニラに襲われる心配もなくなった事もあってわたしはラントス公爵家へと住まいを戻していた。あと一年もすれば婚姻して城で暮らす事になるのだから、このまま城に居れば良いと言われたが婚姻迄のあと少しの期間を両親や弟達ともう少し暮らしたかった。
わたしの我儘をルーファスは聞いてくれ、ハウンドと共に今は公爵家で暮らしている。ただ、護衛兵の数がやたらと増やされたりはしたけどね。なのでわたしの私室の周りには王家から派遣された護衛兵達が厳重に警戒してくれている。王宮に用意されたわたしの部屋もいつでも使って良いとの事でそのままになっている。
それから両親――特にお母様はモニラの事件で酷くショックを受けており、当時は寝込んでしまう程だった。自身そっくりで目に入れても痛くないくらいに可愛がっていた娘がとんでもない事件を起こし、幽閉されてしまったのだ。ショックを受けない方がおかしいだろう。お父様は複雑な表情を浮かべ多くは語らなかったが、やはり暫くは物思いにふけっている事があった。弟のフィーニモは元々モニラに対しては無関心だった為かあまり変わった様子はなかったが「いつか何かやらかすと思っていたんですけど、まさかここまで愚かだとは……」と呆れた様子で語っていた。
そんなラントス公爵家の家族達もようやく落ち着きを取り戻して、前と変わらない日常生活を送っていたとある春先の出来事。
「また光ったわ……」
今日は昼前から激しい雷雨となっていた。窓の向こうでは激しい雨音を立てて土砂降りの雨が降り続いていた。時折大きな雷の音がゴロゴロと鳴り、眩しい程の雷が光って……を繰り返していた。
わたしは刺していた刺繍の手を止め、ソファーから立ち上がって窓辺へと向かった。外は春の嵐がやって来たのか先程から急に雨模様も激しくなり、まさしくバケツをひっくり返した様なという表現がピッタリな雨音を鳴らしている。窓ガラスに打ち付ける雨も大粒だ。
「ルーファス大丈夫かしら……」
数日前からルーファスは王太子として辺境の地へと行っていた。ルーファス達の叔父で王弟であるゲシュハルト・クローバーはスペーサー辺境伯へ婿入りしており、現辺境伯を継いでいる。最近その領地で問題を抱えていた為、その解決にルーファスが駆り出されたらしい。
その問題も解決の目途が付いた為そろそろ王都への帰路につくとの手紙をルーファスが送って来ていたのが昨日。丁度王都へ向けて馬車を走らせている頃かもしれない。
(でもこの嵐だもの、途中で馬車を休ませて何処か宿屋にでも入ってるわよね……)
無茶な事はしない筈――。そう思うものの、何故だろう胸騒ぎがする。
(……そういえばあの事故って毎回この時期だったんじゃ)
ふと、昔の記憶が蘇る。当時は王太子がルークだったのでルーファスではなく、ルークが辺境伯の領地へと駆り出されていた。その滞在期間中に春の休暇を領地で過ごす為に領地へと戻っていた辺境伯の令嬢であるマーガレットが、外出先で嵐に巻き込まれて馬車ごと川へと転落するという事故が起きていた。幸いにも無傷での生還だった為「怖かったんだから~!」というマーガレット本人の体験談が学園で披露されただけで終わったのだけど。
わたしも当時はルーシーから話を聞いて「気を付けないといけないわね」なんて、なんて事の無い世間話の一つとしてしていた。シナリオ通りならマーガレットは無事だろうし、何も心配なんてする必要もない話。だけど今回はその現地に居るのがルークではなくルーファスだ。
(いや、でも事故の前にルーファスは領地を出発している筈だし……きっと関係ないよね?)
なんとも言えない胸のザワツキを抑えながら、わたしは春の嵐が吹き荒れる窓の外を眺めていた。




