優しいひととき
「…………う……ん」
重い瞼を持ち上げると視界には細かな装飾の施された広い天井。どうやらここは王宮でわたしの部屋として用意された部屋の寝室の様だ。わたしはフカフカの布団の上に寝かされていた。思考回路が纏まらない頭を動かして状況を把握する。
モニラからの襲撃の後、わたしは王宮に運ばれ魔法医の手によって傷の治療を受けた。所々意識はあるものの、慣れない戦闘からの疲労と精神的ショックから眠ってしまったらしい。長時間寝ていた身体を解そうとして身動きすると、左手を誰かに握られている事に気付いた。
頭だけ動かして見てみるとベッド脇に置かれた椅子に座りつつも、器用にわたしの手を握りしめたまま上半身をベッドに突っ伏して眠っているルーファスの姿があった。
(心配で付き添ってくれてたんだ……)
静かに寝息を立てているルーファスの顔をほっこりとした気持ちで見つめる。きっとあの後も色々と事件の事後処理やら多忙だった筈。そんな忙しい合間を縫ってでもわたしの傍に居てくれたであろうルーファスも疲れているだろう。
(あんな体勢で寝てたら身体痛くならないかな? どうしよう、目が覚めた事伝えて起こした方が良いのかしら……)
「気がつかれましたか、お嬢様」
わたしがアレコレ悩んでいると開け放たれていた寝室の扉からハウンドがそっと顔を覗かせた。その声に反応したのかルーファスが飛び起きて顔を覗き込まれた。
「モデリーン!! 良かった……ずっと眠っているから心配で仕方なかった」
わたしの頬や髪を撫でながら体調を確認される。
「はい……寝っぱなしだったので少し身体が固まってますが大丈夫です」
そう言いながら身体を起そうとするとルーファスが心配そうにしながらも起き上がるのを手伝ってくれた。そんなに心配しなくても大丈夫なのにな、と思いつつもここはルーファスに甘えておく事にする。
「ハウンドは怪我とかしてない? 貴方もう仕事復帰してて大丈夫なの?」
「多少痛手は負いましたが治療を受けましたので、ご覧の通り全快です」
「そう、良かった……」
わたしの執事なばかりに戦闘に巻き込んでしまった事に責任を感じる。もっともハウンドは護衛も兼ねているのでそれが仕事なのだろうけど。
「宜しければ何かお飲み物お持ち致しますが、どうされますかお嬢様」
「あ、じゃあ冷たい果実水をお願い出来るかしら?」
「殿下は如何しますか?」
「私は大丈夫だ。それより姉上にモデリーンが目覚めた事を伝えてくれるかい? 心配している筈だから」
「畏まりました。では少し席を外しますね」
軽く頭を下げてハウンドが部屋から出て行くと、ルーファスが待ちかねたかのようにわたしの頬へ口付けて来た。
「ルーファス殿下……」
「良かった……本当に生きててくれて良かった」
そう呟きながら顔中にキスを降らせるものだから、どんどん恥ずかしくなって来る。そしてとうとうルーファスの唇は、わたしの唇へと到達する。触れるだけの軽い口付け。それだけでも一気に顔の温度が上がりそうになる。
「……ね、そろそろ名前で呼んでよ? モデリーン」
耳元で囁かれる甘いその声に心臓が跳ね上がる。
「きゅ、急に言われましても……」
「僕……モデリーンの特別になりたいんだ。ねぇ、お願いだから名前で呼んで?」
甘える様にねだるルーファスが目を見張る程に美しくてカッコイイのになんだか可愛いと感じてしまう。わたしの手を取って指先にキスと落としながらこちらを見つめてくる姿が、これまたあざとくて悔しい。
「っ……ル、」
わたしが口を開くとルーファスが期待で瞳をキラキラと輝かせているのが分かる。
(やっぱりワ、ワンコだ……上品で高級な大型犬のワンコだわ)
「……(小さい声)るーふぁす」
「聞こえないよ?」
「ルー……ファス」
意を決して紡いだ彼の名前に恥ずかしすぎて両手で顔を隠そうとしたけど、それはあっけなく阻止されて真っ赤になった顔をマジマジと覗き込まれてしまう。
「恥ずかしいから……見ないで下さいませ」
「なんで? 凄く嬉しいし、真っ赤なモデリーン可愛いから見せてよ」
(名前を呼び捨てで呼ぶだけで何でこんなに恥かしいのっ!? てかルーファスってもしかしてS……?)
改めてルーファスの性格に今頃気付くわたし。友人だった時には見せなかった一面を見せられて悔しいやら恥ずかしいやら、なのに心臓のドキドキは止まらない。
「ハウンドが戻って来る前にもう一度呼んでよ?」
「うう……」
「でないと拗ねてハウンドの前で唇にキスしちゃうよ?」
「なっ……ル、ルーファス」
慌てて名前を呼ぶと凄く嬉しそうに微笑んでわたしの唇を思い切り奪いにかかるルーファス。
「……!? ハウンド来ちゃうから!」
「じゃあ扉凍らせておこう。そうしたら察するでしょ」
そう言って一瞬で魔法陣を描いて廊下と接する扉へと魔法を放つルーファス。パリパリと音をさせながら扉が氷漬けにされていく。さすが屈指の魔法使いだと感心している場合じゃない。ルーファスは魔法陣を描きながら反対の手ではわたしの頭の後ろを自身へと引き寄せるなんて器用な真似をして来る。
「ちょっとの間だけ、ね?」
「……んんっ」
抵抗むなしくルーファスに捕まって唇を受け止めながら、そのままベッドの上へと押し倒されるわたし。ルーファスがこんな風に愛して来るだなんてゲームしてただけじゃ絶対分からない。婚約を結んでからというものの彼に振り回されっぱなしだ。なのにそれすら心地よいと感じてしまっている。
(わたし……気が付いたらこんなにルーファスの事を好きになっちゃってたんだなぁ)
ルークしか見れてなかったあの頃の自分が驚くだろうな。こんな近くにこんな幸せがあっただなんて。早く気付いてれば良かったのにね。
「……ルーファス、あのね」
「ん?」
暫しの間キスを交わした後、まだ余韻残る中。彼の腕の中に包まれたままわたしはルーファスに話し掛けた。
「わたし、ルーファスが好きよ」
わたしの言葉に何故か驚いた表情でこちらを見るルーファス。その瞳が少し不安げに揺れて見える。
「もう、わたしのここにはルーファスしか居ないから」
そう言って自分の胸に手を当てて気持ちを伝える。
「辛いことも悲しい事も全部ルーファスが丸ごと包み込んでくれたから、わたしの中にはルーファスだけが一杯詰まっているの。本当に大好きよ、ルーファス」
「モデリーン……」
ぎゅうっ、とわたしを抱き締める力が強くなり、ルーファスが大きく呼吸をするのが分かる。
「絶対幸せにするから」
「わたしもルーファスを幸せにしたい」
「……一緒に頑張ろう」
「うん……」
二人で顔を寄せ合い微笑み合う。自分の思いの丈を伝えられてなんだかスッキリした気分だ。全力で愛してくれるルーファスに、わたしも全力で愛を返したい。
「ねえっ!! もうそろそろ入らせてよ~!! モデリーンに会いたいよ~」
ルーシーの待ちくたびれた様な叫びと扉をノックする音に「おっと、忘れてた」とルーファスが氷魔法を解除する。途端に少し拗ねた様子のルーシーが入って来て、ルーファスの頭を軽くはたいた。
「独り占めし過ぎっ!」
「ごめん、ごめん」
「今度は私の番なんだからね」
ルーシーは後からやって来たハウンドから果実水を奪い取ると、わたしの横へと陣取って座って果実水の入ったグラスと手渡して来た。
「ありがとうルーシー」
「元気になって安心したわ~」
受け取ったグラスから果実水を身体へと流し込むと、冷たい果実水が身体へと浸透していく気がした。
「はぁっ……美味しかった」
「お代わりは如何しますか?」
「今はいいわ。そこへ置いておいて頂戴」
「はい」
ルーシーがわたしにピッタリとくっ付いて離れないのでルーファスは追いやられたベッド脇の椅子へと足を組んで腰掛けながらわたしとルーシーのやり取りを見ている。そんな様子を見ながらサイドテーブルへ残りの果実水を置いたハウンドがクスリと笑った。
「どうしたの?」
「あ、いえ。殿下達は本当にお嬢様の事が好きで堪らないのだな、と」
「そうよ、モデリーンは私の親友なんだもの。だ~い好きなんだから♡」
「そういう君こそ、モデリーンが好きなのだろう?」
ルーファスに問われたハウンドは一瞬パチクリと瞬きをした。が、すぐに満面の笑みを浮かべ。
「勿論、愛しておりますよ。この命を懸けてお嬢様の一生をお守りする所存で御座います」
「ハウンド……」
ハウンドの答えを受けてルーファスは暫し沈黙していたが、フッと不敵な笑みを浮かべながら告げる。
「よく言った。私からもモデリーンの事をこれからも宜しく頼む」
「仰せのままに、殿下」
なんだかよく分からない男同士の世界を見せられてルーシーと顔を見合わせて肩をすくめる。
(そういえば今この部屋に居るのは、わたしを好きでいてくれる大切な人ばかりなんだわ)
そう思うとなんだか胸の奥が熱くなる。最近色々あったけど、こうして大切な人達に囲まれてわたしは幸せ者だ。モニラの事は近い内に何かしらの処罰が下るだろうけど、それが済んだら初めて平穏な日々がやって来るのかしら。
わたしはなんだか不思議な気持ちになったのだった。
まだまだ続きますよ~




