婚約発表
あれから一ヶ月程学園を休んだわたしは新たな気持ちで学園生活へと復帰した。思いのほか精神的にも身体的にも疲弊していたらしく、自分でもこれほど回復に時間が掛かるとは思っていなかった。二~三日毎にルーシー王女とルーファス殿下が代わる代わる見舞いに来て下さり、他愛のない話をして過ごした。
「本当は毎日でも来たいんだけど、君の負担になってはいけないからね。我慢してる」
ルーファス殿下はそう苦笑いして言っていた。わたしもルーファス殿下と会えるのが楽しみになっていて、毎回見送る時は寂しさを感じてしまっていた。
一方、ルーク殿下が見舞いに訪れる事も手紙が届く事も一度もなかった。あの話し合いの後だし、どんな顔をして来れば良いのか分からなかったのだろう。なので教室で久々に顔を合わせる事となった。わたしが教室へ入って来た時は驚いた顔をしていたが、すぐにいつもの婚約者としての顔へと戻し「もう身体は大丈夫なのか」と声を掛けて下さった。
「はい、ご心配をお掛け致しました」
「そうか……無理をするなよ」
「お気遣いありがとう御座います」
皆の手前、互いに普通に接してはいるが内心は落ち着かない。
「……少し良いか?」
ルーク殿下にそう言われ、教室を出て人気の少ない場所まで歩く。中庭にまで出ると端の方にあるベンチへと腰掛け、ルーク殿下が話を切り出して来た。
「あれから色々と考えた。陛下からも正式に君との婚約解消の話をされたよ」
「……そうですか」
どうやらこの一ヶ月の間に陛下からの通達も行われていたらしい。
「それで、自分の愚かさや未熟さを思い知った。今まで随分と勝手な事をして来たと反省している」
俯いたまま淡々と話をするルーク殿下の話をわたしは黙って聞く。
「陛下からは廃嫡されなかっただけ有難いと思えとお叱りを受けたよ。その通り過ぎて何も言えなかった……」
不意に顔を上げ、わたしへと視線を向ける。
「今まで本当にごめん。君には謝っても謝り切れない、そして許されるとも思ってはいない。それだけ残酷な事を君にはしたのだからな」
「殿下……」
「モデリーン、こんな私を愛してくれてありがとう。ルーファスと幸せになってくれ」
どこか吹っ切れた様な表情を見せたルーク殿下へわたしもこれまでの礼を述べた。長い長いルーク殿下との婚約生活もこれで終わるのだと思うと胸にポッカリと穴が開いたかの様に感じる。わたしの人生の全てがルーク殿下とあったのだ。それが終わる。
授業が終わり、邸へと戻ったわたしは自室で一人涙した。もう平気だと思っていたのに、やはりルーク殿下との関係が終わりを告げた事に見ない振りして来た心の奥底の気持ちが溢れ出た。自分で決めた道なのに情けない。
ひとしきり泣いて落ち着いた頃、ハウンドがそっと温かいハーブティーを淹れてくれた。何も言わずに黙ってわたしを見守ってくれる出来た従者に感謝する。
「ねぇ、ハウンド」
「はいお嬢様」
「これで良かったんだよね、わたし間違ってないよね?」
「はい、お嬢様の選択は正しいです」
「そうよね……ありがとう」
◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆
それから半月もしない内にわたしとルーク殿下の婚約解消、そして新たにわたしがルーファス殿下の婚約者となり王太子の交代も陛下直々に発表された。また、これまで流されていたわたしへの悪い噂も王家が調査を行い、全て虚偽の噂であった事も発表された。
その場にはわたしも参加していたが貴族達の反応は様々だった。噂を信じていた者は動揺し、逆にルーク殿下の振る舞いに思うところがあった者達は王太子の交代に歓喜の声を上げた。ルーク殿下はその反応を自分への戒めとし、皆の前で自分の非を認めた為臣下の貴族達はそんな彼を好意的に受け止めてくれた様だった。
「なんだか少し成長したみたいね、ルークも」
わたしの隣に並んで立っていたルーシー王女がポツリと呟いた。同じく反対側の隣に立つルーファス殿下もそれに頷く。
「ねぇ、まさか兄上に惚れ直したりしてないよね?」
「し、してません」
ルーファス殿下からの問いに慌てて否定を返す。ようやく気持ちが吹っ切れた所なのだ。これでまた逆戻りしたら何をしているのか分からない。今日のわたしはルーファス殿下から贈られたドレスを着て、ルーファス殿下の婚約者として隣に立っている。とんでもない事を言わないで欲しい。
「ごめん、ごめん、冗談だよ。信じてる」
「もう、殿下ったら」
そんな事を話しながら、今朝モニラと久々に会話をした事を思い出していた。




