ルークの主張
それにしても驚いたのはルーファス殿下との婚約話だ。勿論貴族なのだから自分の想い人と婚約出来るだなんて思ってはいない。わたしの場合はたまたま婚約したルーク殿下の事を、わたしが勝手に好きになってしまっただけの話。貴族の結婚は基本、政略結婚だ。
ルーファス殿下の事は今まで一度も男性として見た事がなかった。それだけわたしはルーク殿下に熱を上げていたという事なのだけど、まさかルーファス殿下がわたしの事を想って下さっていたなんて……。
ゲームの中のルーファス殿下は隠しキャラなのだが、一見フレンドリーに見えるけど王族特有の腹黒さも垣間見えるのがファン心をくすぐってか人気キャラの一人だ。ルーファス殿下ルートに入ると、気が付いた頃には勝手に外堀が埋められていて逃げ場が無い状態で彼からの熱烈な告白を受ける。
「う……なんか今の状況ってそれに近い様な……」
ゲームでのルーファスイベントとか色々思い出してしまい、布団の中で一人悶える。どうしよう、何だか急に胸がドキドキしてきちゃった……。思えばわたしはヒロインではないしルーク殿下からは嫌われていたから、ゲームでの攻略イベントとか実際に経験した事がなかった。それに悪役令嬢だしね、ゲームのイベントがわたしと起こるとは限らないし。
「ルーク殿下の事は寂しいけど……元々婚約破棄するつもりだったんだし。それに、嫁ぎ先がルーファス殿下で良かった」
全く知らない人ではないし、むしろ仲の良い友人で、更にわたしの事を想って下さってる。こんなに出来た婚約相手は他には居ないだろう。今度こそ、幸せな人生を送るんだから!
わたしはそう決意をしながら眠りに就いた。
◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆
翌日、いつもと変わらぬ朝の登校風景の中――わたしは馬車止めの所で何故か待ち構えていたらしいルーク殿下に誰も居ない生徒会室へと連れて来られていた。朝から婚約者の出迎えで周りには仲の良い婚約者同士としか見えなかっただろう。ルーク殿下も特に変わらぬ態度でわたしの手を取って「少し話があるんだ」と廊下を歩き始めた為、黙って付いていくしかなかった。
「昨日ルーファスが公爵家を訪ねたそうだが何の用だったんだ?」
生徒会室に着くなりルーク殿下はわたしへそう訊ねて来た。これ迄の穏やかな対応とは異なり、以前の様な強い口調に昔を思い出しわたしは縮み上がった。
「あ……特にたいした話は……普段通りの雑談です」
「嘘を言うな、あいつに口説かれたりしたんじゃないのか。私にモデリーンは自分が貰うと宣言していったんだぞ」
「……っ」
「やはりそうか。いいか、モデリーン。私はモニラ嬢とは何もないんだ、誤解しないでくれ」
今度はわたしをあやす様に優しい口調へと変わる。
「君は私の事を愛してくれているのだろう? 違うのかい?」
「……ルーク殿下」
「愛しているんだモデリーン、どうか私から離れないでくれ」
身体を引き寄せられ、初めてルーク殿下の腕の中に抱き締められた。ぎゅっと苦しいくらいにわたしを抱きしめるルーク殿下。……ずっとこんな風に彼の腕の中に包まれる事を夢見ていた。モニラが彼の腕の中に居る姿を幾度か見掛けてしまい、その度にどれ程苦しかったか。
――このまま彼を抱き締め返してしまえば……楽になれるのだろうか。揺らぐ心を“そうじゃない”と必死に否定して、ルーク殿下へ声を掛ける。
「ルーク殿下……割れてしまったのです」
「え?」
少し身体を離してわたしの顔を見たルーク殿下へ左手の薬指を見せる。そこには指輪は無い。サッと顔色を変えた殿下へわたしは更に続ける。
「あの日約束して下さいましたよね、殿下にこの先、本当に愛する女性が現れた時は婚約を破棄して欲しいと」
「いや、だが……私はモニラ嬢を愛している訳ではない」
「本当にそうですか? それなのにモニラを振り払う事も出来ない、と?」
「…………」
何とも言えない気まずそうな表情をして暫く黙り込むルーク殿下。
「きっとモニラとなら殿下は幸せになれますよ」
「……ダメだ」
「殿下……」
「確かにモニラ嬢にどうやっても惹かれてしまうのは認める。だが、それとは別の話だ! 私が今愛しているのはモデリーン、君だ」
「……そうやって私を正妃に、そしてモニラを側妃へされるおつもりですか」
「何が不満なのだ、私が君を愛しているのは事実だ。これ以上どうしろというのだ」
ルーク殿下はわたしを愛していると言う。だが指輪が割れてしまった以上、その気持ちに真実味が感じられないのは仕方のない事だと思う。
「指輪ならもう一度作るから少し待っていてくれ」
「そういう事ではないんです、殿下」
「とにかく私は婚約破棄は認めない。モデリーン、君を他の男へくれてやる気は無いからな」
「殿下っ……」
「忘れるな、君は私の物だ」
そう言い残してルーク殿下は生徒会室から出て行ってしまった。呆然としてそのまま床に座り込むわたし。あんなに好きなモニラを選べるというのに、何故こんなにわたしへ固執するのだろうか。こんな事なら嫌われていたままの方が良かったかもしれない。




