ルーファス殿下とのお話
「ごめんなさい、もう大丈夫ありがとう」
随分とルーファス殿下の腕の中で泣きじゃくってしまった気がする。涙がおさまり顔を上げるとそこには優しい笑みのルーファス殿下が居た。胸の奥が“とくん”と鳴った気がして慌てて彼から身体を離した。
わたしったら何をやっているのだろう。いくら仲の良い友人だからって甘え過ぎてしまったわ。
「僕の胸で良ければいつでも貸すよ。まぁ僕は君をこんな風に悲しませたりしないけどね」
「もう、ルーファス殿下ったら……」
先ほどまで泣いていたのが嘘みたいに和やかな雰囲気が流れる。
「あの、それでわたしの許可っていうのはどういった……?」
「うん……」
ルーファス殿下はテーブルに置かれた割れた指輪にチラリと視線をやった後、わたしの顔を真っ直ぐに見てこう告げた。
「まず、指輪もあの状態だし兄上には君との婚約を破棄させる」
「わたしも婚約破棄は考えておりました。今迄でもわたしだけでなく、ルーク殿下が破棄を望んでも王命で叶いませんでした……そう簡単にいきますでしょうか」
ルーク殿下自身、モニラを正妃に迎えたいのもあって陛下に婚約破棄を願い出たが無理だった。その結果がわたしが正妃に、モニラを側妃にという形だったのだ。
「その辺はもう陛下とは話はついてるから大丈夫だよ」
「え……」
「やり直しのループは今回が最後だって話したよね」
「はい」
「兄上がちゃんとしてくれれば問題は無かったんだけど、我が兄ながらどうにも信用出来ずにいたから……ダメだった場合の解決策は姉上と相談して前々から色々と根回ししておいたんだ」
用意周到とはこの事を言うのだろう。さすがはルーファス殿下としか言いようがない。同じ兄弟でどうしてこうも違うものなのか……。
「兄上には君との婚約破棄をさせる、それで良いよね?」
「はい」
まさかこんな形で婚約破棄が叶う事になるなんて、むしろ願ったり叶ったりだ。
「その上で……君は僕と婚約を結んで貰う」
「え!」
思わぬ展開に驚きの声が出てしまった。てっきりルーク殿下との婚約破棄後は何処かの貴族の元へ嫁ぐ事になるんだとばかり思っていたからだ。
「わ、わたしがルーファス殿下と……ですか?」
「僕が相手じゃ不服かな?」
「と、とんでもないですっ。けど、そんな所までわたしの為にご迷惑をお掛けする訳には……」
「迷惑? ……モデリーン、君はなんだか誤解している様だね」
ルーファス殿下がわたしの手を取り、両手でそっと包み込む。その手の温かさに先ほどまで彼の腕の中に居た事を思い出して、顔が赤らむ。
「君との婚約は二つの理由がある。一つ目は優秀な君を王家へ迎え入れる事を両陛下が望んでいるから」
「は、はい」
「そして二つ目は、僕自身が君を欲しいからだよモデリーン」
「……?」
イマイチ意図が分からずキョトンとしてしまうわたし。未来の王弟となるルーファス殿下の伴侶として相応しいから?
「あぁ、もう……全然分かってないよね? 僕はずっと君が好きなんだ! 君に恋焦がれてるって事だよ!!」
少し耳を赤くしながらそう訴えたルーファス殿下を暫く見つめ返した後、わたしはその意味をやっと理解して顔から火を噴きそうになった。
「えっ、わた、わたし……を、ええええええっ!?」
「兄上の婚約者だからずっと気持ちを抑えてた。でももう遠慮はしないから」
「ル、ルーファス殿下っ……」
「これからは本気で口説いていくから、宜しくね」
そう言って凄くにこやかに微笑むルーファス殿下。目が本気だ……。
「取り敢えず早急に手続きは運ばせるから」
「……それにしても、よく陛下達がルーク殿下とわたしの婚約破棄を許可して下さいましたよね」
「うん、僕が王太子になるからね」
「…………は?」
さっきからルーファス殿下の口から飛び出てくる言葉が何だかおかしい。
「元々、陛下は僕を王太子にしようとしてたんだ」
「そうなんですか!?」
「でも僕は王の座に興味無かったからね~拒否しまくってたら渋々兄上が王太子に決定した」
この国では王太子は必ず嫡男がなるとは限らない。基本的に何も問題が無ければ嫡男がそのまま王太子になるのだが、王としての器が無いと判断された場合は弟達の中から相応しい人物が選定される。
「だから僕にモデリーンをくれるなら王太子になっても良いよ、って話で纏まった訳」
「はぁ……」
「これから暫くは色々と周りが煩いと思うし、慌ただしいだろうけど我慢してね」
「い、いえ、それは大丈夫ですけど……」
確かにわたしの婚約者がルーク殿下からルーファス殿下へと代わり、更には王太子の変更まで行われたら暇な貴族達はアレコレと邪推な推測をして噂話で持ち切りになるだろう。それにルーク殿下派とルーファス殿下派の対立も出てくるかもしれない。あぁ、貴族って面倒くさい。
「正式な発表があるまでは現状のままで振る舞って貰う事にもなるけど大丈夫?」
「あ、はい」
そうよね、正式に婚約破棄がされるまではわたしはルーク殿下の婚約者なんだわ。そう思うと少し複雑な気分になる。
◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆
「なんだか凄い事になっちゃった……」
ルーファス殿下を見送った後、色んな事が起こり過ぎたせいかドッと疲れが出て早目に寝室へ入った。布団にくるまりながらアレコレ思い返す。
ループの謎が解けた事は良かった。それに今回が最後でもうループはしないんだって事も分かってホッとした。苦しむのはもうこれで終わりなんだって。
ルーク殿下の謎も解けた。何故最初からあんな対応だったのかも納得がいく。
「それにしても、やっぱりモニラとは離れられないのね……」
指輪が割れたのも恐らく入学式でモニラと出会い、いわゆる乙女ゲームの出会いイベントが攻略されたのだろう。モニラがルーク殿下ルートに入っているのは言うまでもない。
「ヒロイン目線から見たらルーク殿下は優しくて素敵なんだよね~」
ゲームをプレイしていた頃はあの優しさに癒されていたわね。でもよく考えてみると婚約者が居ながらヒロインに心変わりしたりと不誠実というか、ただの浮気者というか。悪役令嬢の立場になってみるとそんな別の側面も見えて来てなんだか残念な王子様だ。




