入学式 モニラと二人の王子
場所は変わって王立学園の正門付近。淡い桃色のフワフワとした髪を左右に揺らしながら一人の女子生徒がウロウロしていた。
「おかしいなぁ~正門に出ちゃった……講堂ってどっちなんだろう」
既に他の生徒達は入学式の行われる講堂に移動している為か正門付近には人の気配がなかった。このままでは入学式に遅れてしまうだろう。生徒会室に忘れ物を取りに戻っていたルークは目の前で迷子になっているらしい女子生徒に声を掛けようと近付いた。
「……モニラ……嬢?」
見覚えのあるふんわりと風に揺れる桃色の髪と甘い香り。その少女はゆっくりとこちらを振り向いて、パッと顔を輝かせた。
「わぁっ、ルーク殿下ぁ!!」
避ける間もなくいきなり抱き付かれたルークは慌てて彼女を抱き留めた。至近距離に近付いた事で更に彼女から漂ってくる甘い香りに一瞬頭の奥がクラクラとした。
「こんな所で会えるなんて! やっぱり運命で結ばれているのかも!」
久しぶりに感じる彼女の華奢な身体の感触に思わず抱きしめそうになり、ハッと我に返って彼女の身体を自分から引き剝がした。
「モ、モニラ嬢。一体君はこんな所で何をやっているのだ……まさかまた迷子か?」
数年前、偶然にも街でモニラ嬢と遭遇した事があった。その時も彼女はこんな風にキョロキョロとしていて、連れて来た使用人とはぐれてしまったと言っていた。モデリーンとの約束があるので、おおっぴらにモニラ嬢と一緒に居る訳にはいかなかった。だからこっそりと公爵家の使用人を見付け、その傍迄彼女を送り届けた。勿論この事はモデリーンにも話していないし、モニラ嬢にもルークと居た事は口止めをしておいた。
だがあれ以来、彼女からは幾度となくお礼の手紙が届けられた。モニラ嬢はルークの側近と親しいらしく、直接側近から渡される手紙を断り切れずに結局は手紙のやり取りを交わしているのが現状だ。こんな事はモデリーンには話せないし、知られてはならない。
ルークはモデリーンを愛し、幸せにすると心に決めている。それなのに何故かモニラ嬢にいつも振り回されてしまう。このままではいけないと分かっているのに……。
「そうなんです~また迷子になっちゃって。まだ時間があったから探検していたら場所が分からなくなっちゃった」
「全く君という人は……急がないと式典が始まってしまう、私と一緒に来なさい」
「ありがとう!! 殿下って本当に優しいからわたし大好きっ」
「なっ……」
なんの恥ずかしげもなく“好き”と言葉にされて顔が赤くなった。後ろに控えるモデリーンとは違ってモニラ嬢は本当に自分に素直でストレートに気持ちをぶつけて来る。こんな風に気持ちをそのままぶつけて来るのは恐らくモニラ嬢くらいなものだろう。
「ずっと逢いたかったんですよ、殿下。なのにいつもお姉様が邪魔をするから……」
「……」
「でも学園でなら毎日会えますね! モニラ、楽しみですっ」
「モニラ嬢……」
ルークの横で嬉しそうにそう話す彼女を見て困惑した。学園内とはいえ、婚約者以外の女性と親密にするのは良からぬ噂の根源となる。学園内には婚約者のモデリーンも居るのだ。
「わたしっ、お姉様に邪魔されてもめげませんから。毎日殿下に逢いに行きますから待ってて下さいね」
「いや、あの、モニラ嬢……」
ルークがモニラに断りを入れようと口を開いた時、背後から冷ややかな声が聞こえて来た。
「兄上……」
ルークの戻りが遅いのを懸念して探しに来たのか、弟である第二王子ルーファスが立っていた。ツカツカとこちらに近付き、怒りのこもった瞳でルークを見た。
「貴方はまた彼女を裏切るおつもりですか」
「違うんだルーファス、これは本当に偶然で……」
胸倉をつかまれんばかりの勢いでルーファスからの低く静かな怒声を受ける。ルーファスは大きな声で怒鳴る事はない、むしろ冷ややかで冷気の漂う様な静かさが逆に恐ろしさを感じる。
「えっと、け、喧嘩はダメですよ? 仲良くしましょ……」
「ラントス公爵令嬢は黙って。邪魔になるだけだ、早く講堂へ行け」
「ぴゃっ!?」
怒りの矛先を向けられたモニラは飛び上がって、慌ててルーファスの来た方へと走って行った。
「ルーファス、本当に俺はモニラ嬢の事は……」
「何も無いと? モデリーンに黙って文のやり取りをしている事を僕が知らないとでもお思いで?」
「……!!」
「僕は言いましたよね? もう彼女を傷付ける事は止めてくれ、と」
「あぁ、分かっている。だから今回はちゃんと初めから彼女を愛しているじゃないか!」
「それなら何故今こうなっている? 貴方と婚約してから彼女は幸せそうにしていないのは何故なんですか」
「そ、れ……はっ……」
ルークは言葉に詰まった。自分はこれまで一生懸命に努力して来た筈だ。彼女が傷付かない様に出会いから愛を示し、これまでしなかった舞踏会でのエスコートも贈り物も欠かさずしている。
「モデリーンが死んだあの日から真実を知った貴方が、嘆き苦しみ、僕に力を貸して欲しいと懇願したから。だから僕は力を貸したんだ。モデリーンが幸せになれるのなら……と」




