ぼっちの悪役令嬢
「うーん……」
わたしは私室で例のノートを広げては小さな呻き声を発していた。とあるページに大きく書かれた「妹の矯正」「ルークとの婚約回避」の文字。妹の矯正の方には赤色のインクで丸で囲んで、その後ろには?マークが記してある。今の所こちらは解決したかの様には見えるけど……。
「問題はこっちよね……」
もう一つの課題「ルークとの婚約回避」。こっちに至っては回避どころか結ばれている上にどうやっても解消も破棄も出来ていない。
「モニラがルーク殿下を諦めてくれてるのなら良いのだけど……」
邸でモニラは殿下とは会っていない。城まで訪ねて行くという暴挙にも出ていない。一見もう諦めたかの様に見えるが、実の所どうもそうじゃないらしいのだ。
わたしも貴族の令嬢なので仲の良い友人以外の主催するお茶会に付き合いで参加する事がある。すると皆がヒソヒソとわたしの方を見ては何かを囁き合い、互いに表面上は挨拶などは交わすのだがそれ以上の交流は無い。公爵家令嬢として交流を持たなくてはと思い、わたしから話し掛けたりもするのだが適当にはぐらかされて離れて行ってしまう。まるで昔のモニラがそうだった様に、わたしはつま弾きだ。
ある日、これまで仲の良かった友人達までもが離れて行ってしまった。訳が分からず理由を訊ねると「貴方を信じたいけど悪い噂が多いから巻き込まれたくない」と言われてしまった。なので最近は誰のお茶会にも行ってないし、そもそも招待すらされなくなっていた。
「別に慣れっこだけど……さ」
そう強がって机に頬杖をつく。そう、過去でも毎回そうだった。そうなる時期は違えど、毎回最終的にはわたしは周りから何故か嫌われて孤立する。今回はそれがいつもより早かっただけだ。
「……やっぱりモニラのせい?」
ノートに書かれているモニラという文字を見つめて溜息を零す。わたしが毎回孤立するのには理由があった。初めの頃は知らなかったし信じたくはなかったが、どうやらモニラがあちこちで、わたしに虐められているだの、ルーク殿下との恋仲を裂かれているだのと吹聴して周り同情を集めているのだと知ってしまった。
モニラの儚げで守ってあげたくなる様な雰囲気や、天真爛漫な無邪気さのお陰か周りの誰もがモニラの言う事の方を信じてしまう。わたしの深いワインレッド色の髪は硬めの髪質のせいもあってかキツイ印象を持たれる。切れ長のまつ毛の多い瞳もまさに悪役令嬢には相応しいとは言えるのだが逆を言えば不利でしかない。
ページを幾つかめくり、ゲーム開始から終了までのおおよその流れを書いたページを開く。ヒロインが入学してからゲームは開始され、約一年間の期間に目当ての攻略対象者と恋仲になるのがゴールだ。この後続編やファンディスクなどもあるが、学園の最上級生であるルーク殿下ルートはこの一年が決め手となる。今回のモニラは一応婚約者は居るが現状を見る限りルーク殿下ルートなのだろう。
「またそれをご覧になっているのですか、お嬢様」
花瓶の花を生け直して来たハウンドが呆れた様子でわたしの肩越しにノートを覗き込んで来た。
「とうとう始まるんだもの、復習よ復習」
今回のやり直しが始まって以来わたしが時折ゲームの事をぶつぶつと呟いていたり、しょっちゅうノートを開いては必死に覚えてる限りの情報を書き込んだり、はたまた先程の様に唸りながらノートとにらめっこをしたりしてるものだからハウンドはこのノートに興味を持つ様になった。
そしてノートを見ながら色々と質問して来ては、わたしと一緒になってうーんうん唸ってくれた。そんなハウンドに「どうしてわたしの言ってる事を信じてくれるの?」と聞いた事があった。するとハウンドは何の問題もないかの様に澄ました表情で「嘘をついたり人を騙したり出来る様な人じゃないのはずっと近くに居た私が存じておりますから」と答えた。
それ以来、わたしはハウンドには全てを打ち明けた。どうして殿下との婚約をしたくなかったのか、わたしの未来は幸せとは程遠い事……など。今まで誰にも話せず心に溜めていた思いを吐き出したら少し気分がスッキリとした。
「どうやっても婚約破棄はさせて貰えてないし……」
「けど、今の所ルーク殿下はお嬢様を大切にして下さってますよね? もしかしたら今までとは違うのでは?」
「それは、そうかもだけど……」
確かにルーク殿下とは良好な関係を築けている様な気はする。過去みたいにモニラにうつつを抜かしてわたしをないがしろにしたりはしていなかった。舞踏会ではちゃんとエスコートして下さるし、毎回ドレスなども贈って下さっている。
ただ……それでも何故か引っ掛かる所がある。婚約から既に七年近く経過しているのだから贅沢な話だとは思うけど、婚約当時の様な必死さは無くなり、彼から愛情を感じる事もほぼ無い。ただ惰性で“婚姻”というゴールまで進んでいるかの様な、なんとも言えない虚無感を感じるのだ。
わたしは自分の指にはめられている指輪にそっと触れてみた。不安になるとつい、この指輪に触れて“大丈夫だ”と自分で言い聞かせるのが癖になっていた。今日も同じ様に指輪に添って優しくなぞる。
「えっ……」
――パキッ。
それは突然だった。指でなぞられただけなのに、鋭利な刃物ででもスパッと切断されたかの様に真っ二つに割れて……床へと落下した。




