モニラの方が……
わたしの言葉にルーク殿下はポカンとした顔をされていた。さも、モニラにも会う事は当たり前の話なんだと言わんばかりに。
「先日のモニラが騒動を起こした事を懸念されているのは分かります。ですがモニラは殿下の婚約者でもありません。わたくし共も殿下の好意に甘えておりましたが、このままではきっと埒があきません」
「……」
「モニラには会わない、城へ来たとしても関係ない。それで良いのではありませんか?」
「あ……あぁ、確かに……そうだ、な」
「今後のモニラの対応は公爵家で何とか致します」
こんな事言いたくなんてなかった。だがルーク殿下は変に優しいというか甘い所があってそれが王族としては欠点でもあった。多分ゲームとしても、悪役令嬢のわたしが婚約者に選ばれたのはそんな彼を補佐するのに丁度良いバランスを持っているからだろう。
「……分かった。モデリーンがそう言うのならそうしよう」
「出しゃばった真似をして申し訳ありません」
「いや、私が悪かったのだ。何故だろうな……モニラ嬢にせがまれると突き放せなくてな……」
やはり心の奥底ではルーク殿下もモニラの事を求めているのだろうか。
「……殿下」
「うん?」
「モニラが婚約者だった方が良かったんじゃないですか?」
「えっ……」
つい、言ってはいけないと思いつつ言葉が出てしまう。
「モニラが婚約者ならこんな困った事にもなりませんし、モニラも殿下もお幸せになれるのではないですか?」
「何を言っておるのだ」
「今ならまだ婚約を結んで日が浅いですし、代えるなら……」
「ダメだ」
殿下の否定する強い口調にわたしは押し黙る。
「私の婚約者は君だ。それは私が望んだ事であり今や王命でもある」
「失礼致しました、失言をお許し下さい」
王命と言われてしまえばもはや何も言えない。一度婚約を結んでしまったら逃れる事は出来ない運命なのだろうか。
「モデリーン」
殿下はわたしの手を取り、真っ直ぐにこちらを見つめて来た。黄金色の瞳にわたしの顔が映る。
「不安にさせてしまったなら悪かった。これからはこのような事は起きない様に気を付けるから許して欲しい」
「わたくしこそ余計な事を言いました。申し訳ありません」
互いに謝罪をし、その後は他の話題を交わしてお茶会は終了した。それ以降我が邸でモニラがルーク殿下と会う事は無くなった。殿下滞在中は事前にモニラを買い物に連れ出したり、自室で見張ったりとお母様や使用人達が奮闘してくれたのだ。
その代わりモニラの機嫌はどんどんと悪くなり、わたしとモニラの姉妹仲も比例する様に悪化していったのは言うまでもない。わたし自身はモニラを嫌ってなどいないが、モニラの方が一方的にわたしを敵視する様になってしまった。
今迄の過去でもここ迄モニラと殿下を遠ざけた事は無かった。モニラは日頃の鬱憤を発散する為か毎週の様に友人知人の開催するお茶会に参加している様だ。以前のモニラは殿下にベッタリで交流関係もあまり広くなく、どちらかと言うと同性の中で孤立している感じだった。
そして数年が経過し、とうとう乙女ゲーム本編が始まる年がやって来た。そう、モニラが王立学園へと入学して来るのだ。
◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆
わたしとルーク殿下そしてルーシー王女は既に二年前に学園へ入学をし、今年からは最上級生に進級した。去年入学されたルーファス殿下も二年生になった。
今日は入学式なので真新しい制服に身を包んだモニラがウキウキとした足取りで馬車へと乗り込む姿を見送った。わたしは今日は休日だが、生徒会役員であるルーク殿下とルーファス殿下は入学式へ出席の為に登校している筈だ。
今年十五歳を迎えるモニラは、ゲームのヒロインと同じ様に無邪気で明るく友人も多い。懸念していた我が儘さは、ある日を境に急に消えた。勉強の方はあまり出来る方では無い様だが、昔に比べたら雲泥の差だ。
何がモニラを変えたのかは謎だけど、公爵家令嬢として及第点を取れる位に成長してくれた事にわたしは安堵していた。例え姉として嫌われているとしても、それは仕方がないと思っている。
そして、わたしとルーク殿下の婚約は未だに結ばれたままだった。




