第二王子ルーファス
「いつも忙しそうだね」
ルーク殿下との茶会の為に城を訪れたわたしは、いつもの様に通い慣れたガゼボのある中庭へ向かっていると空から声が降って来た。
見上げるとそこにはルーク殿下と同じ黄金色の瞳がこちらを見下ろしていた。少し癖っ毛のあるシルバーアッシュの髪を後ろで束ねたその少年はあっという間に木の上から降りて来た。
――第二王子のルーファス殿下だわ。相変わらず木登りが得意ね。
わたしはサッとカーテシーをし、自己紹介をした。過去では友人の様な関係に迄なっていたルーファス殿下だが、今回はまだ初対面だ。
「ルーファス殿下にはお初にお目にかかります、わたくしはラントス公爵家のモデリーンと申します。ご存知かと思いますがルーク殿下の婚約者です」
「うん、知ってるよ。兄上が熱心に口説いてるらしいね」
「くどっ⁉︎ とんでもないです、そんな事は・・・」
「その指輪貰ったんでしょ? 一体どういった風の吹き回しなんだか」
「?」
左手薬指を指摘されてドキリとする。王族だけが作れる指輪の意味をルーファス殿下もご存知の様だ。
「それよりも、モデリーン嬢」
「はい」
「あんまり兄上に熱を上げない方が身の為だよ、傷つくのは君なんだから」
「えっ・・・」
互いに視線を絡み合わせ、相手の動向を探る。この人は昔から何を考えているのか分からない所がある。ある意味ルーク殿下より一つ年下のルーファス殿下の方が王族らしいかもしれない。因みにルーファス殿下もゲームの中では攻略対象者の一人だ。
「そんなに警戒しないでよ。兄上は王太子だから正妃以外にも側室を持つだろうからね。君以外の女性とも仲良くしなきゃならないから妬かない様にって事」
「あぁ、なるほど……」
「だから兄上に惚れ上げるよりは、少し冷めてる位の距離感が良いと思うよ」
「ご助言、ありがとう御座います」
過去にもルーファス殿下からは同じ様な事を言われた事がある。当時は完全な片想いでありながら、それでもルーク殿下の事しか見れずにいた。
「ねぇ、友達になろうよ。君の事は気に入ってるんだ。何かあればいつでも相談に乗るよ」
「恐れ入ります」
ルーファス殿下とは今回も良い友人関係を築けそうな事にホッとする。この城に嫁いでからはルーファス殿下とルーシー王女しか、わたしの味方は居なかった。どんなにモニラがわたしの事を酷く言っても、二人だけはわたしを信じてくれていた。だからわたしもそんな二人の事は本当に大好きで、二人が居たからまだ救われていた。
「それはそうと、さ」
「はい」
「君の妹が公爵家から城まで歩いて来たって噂、本当?」
「あ――はい、その節はお城の方々にもご迷惑をお掛けし申し訳ありませんでした」
「いや別にそれはいいんだけど……凄いね、君の妹君……」
モニラの行動にはわたしも苦笑いするしかなかった。そしてあれ以来、胸の奥がザワザワするのが止まらないでいる。
「……もし」
「?」
「もし君が兄上から離れたくなったら……」
「えっ……」
急に真面目な顔になって何かを言いかけるルーファス殿下。聞き取ろうと耳を傾けるけど、それは途中で途切れてしまった。
「いや、なんでもない」
「えっと……?」
「今君は兄上から愛されてて幸せなんだろ」
「……はい」
キュッと胸が痛む――。
“愛されている”んだよね、わたし……。
「ほら、兄上が待ってるよ。引き留めて悪かったね」
「あ、はい。失礼します」
ルーファス殿下に頭を下げた時、こちらを見つめる瞳がやけに哀し気に見えた。しかし、顔を上げるとその表情はもう消えている。あの哀し気な瞳がルーク殿下が時折見せるものと重なって見えて……一旦中庭の方へ歩き出した足を止め、ルーファス殿下の方を振り返った。
ルーファス殿下は城の方へと歩み始めていた所だったが、わたしと同時にこちらを振り返った。視線が合い、殿下が「またね」と手を振ってくれた。わたしもそれに手を軽く振って返し、今度こそルーク殿下の待つ中庭の方へと歩き出した。
そして歩きながら過去のルーファス殿下との出会いを思い返してみる。ルーシー王女と同様に何故か今回は初めて出会う時期がとても早い気がする。ルーファス殿下と出会うのはまだ数年先だった筈だ。
「なんか、色々と違う……」
これが良い事なのか悪い事なのか、全く予想もつかない。でも、モニラだけは変わらない。
――“愛され”てて、良いの?
嬉しい筈なのに怖くて堪らない。真夏も近いというのに、わたしの身体は凍えそうだ。
◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆
「モデリーン?」
色々考え込みながら歩いていたらいつの間にかガゼボへと到着していたらしい。先に来ていたのかルーク殿下が不思議そうな顔をしてわたしの傍に立っていた。
「あっ! で、殿下。遅くなって申し訳ありません」
「いや、私も先程来たばかりだ。気にするな」
ルーク殿下のエスコートを受けながらガゼボの椅子へと腰を掛けた。氷の入った冷たい果実水が用意され、テーブルの中央にはぷるんとした美味しそうなプリンや色とりどりのゼリーが並べられている。
「夏も近くなって来たな……そろそろ外はやめて次からは私の部屋にしようか」
「はい、お気遣いありがとう御座います」
わたしと殿下が婚約者となってから既に一年半が経過していた。相変わらずわたしの事は大事にしてくれるルーク殿下。定期的に贈られてくるプレゼントや手紙も貰う度に心苦しいばかりだ。だが殿下からの贈り物はどれもモニラが「私も欲しい! お姉様だけズルい!」と駄々をこねるのだ。
殿下からの提案で決まったモニラの婚約者も居るが、モニラはその相手には一向に関心を持たずにルーク殿下の事ばかり。わたしの目を盗んでは、殿下から贈られたアクセサリーを勝手に持ち出して自分で着けてしまったり。先日も殿下が邸を訪問された時に勝手に着けたアクセサリーを「お姉様に譲って頂いたの」と話してしまった。
「そういえばモニラ嬢は宝石が好きなのかい? この間もアレコレと欲しがっていたけど……」
ルーク殿下からの贈り物の宝飾品はガラス製のケースにしまっているのだが、先日はそれを勝手に持ち出して来てテーブルの上に広げ始めた。そして一つ一つを手に取っては「お姉様ばかり沢山貰っててズルいわ。モニラも殿下からプレゼントされたい」と直談判する始末。
殿下の手前あまり強くは叱れなかったけれど、とにかく最近のモニラの行動は頭が痛くなる事ばかりだ。
「いいえ、妹はルーク殿下からの贈り物だけが欲しいみたいなんです……」
実際、モニラの婚約者になったブレンダー侯爵家子息のディオン・ブレンダーからはプレゼントは贈られている。中にはモニラの好みそうなアクセサリーもあって喜びそうなのに、それらには目もくれずにわたしが頂いたモノばかり羨ましがるのだ。
「わたくしども家族も、どうしてモニラがそこ迄ルーク殿下に執着するのか困惑しております……」
「……そうか。婚約者を作ってみてもあまり結果は得られていないか」
ルーク殿下も公爵家を訪問する度にモニラが全開の笑顔でまとわりつくので、無下にも出来ずにいる様だ。そうなると客間でお茶をしていても、モニラはひたすら殿下に話し掛けるのでわたしは自然と蚊帳の外状態になっていた。
どうせ慣れているから平気な振りをして、わたしはただ黙ってお茶を飲んでいれば良いだけ。毎回帰り際に殿下はわたしに謝ってくれるけど、この人は昔からそうだった。モニラを拒絶する事は出来ないのだ、と。
「それでは時間を区切って午前中はモニラ嬢と。午後からはモデリーンと会うというのはどうだろうか」
「……え」
「二人同時に会うとモデリーンが辛い時間を過ごしてしまうのだ、最初から分ければ邪魔されず二人で話が出来る」
「……あの、殿下」
モニラも変わらないけどルーク殿下も変わらないのだな、と思った。
「そう迄してモニラに会わなければなりませんか?」
「え……」




