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モニラの執念

 ルーク殿下の初訪問から約半年が経過した。一ヶ月毎に王城と我が公爵家を互いに婚約者として行き来し、さすがに城迄はモニラも付いては来なかったが公爵家を殿下が訪れる時は何とか顔を出そうと画策しているモニラがいた。


 しまいにはお母様自らモニラの私室へ監視する為に入り、殿下が帰られる迄ずっとモニラが部屋を出て行かない様にしなくてはならない程だった。何故そこまで必死になって殿下と会いたがるのか皆不思議で仕方なかった。


 ――そんなある日。モニラが邸から居なくなった。ついさっき迄庭で遊んでいたのが、少し侍女が目を離した隙に姿を消したというのだ。使用人達が総出で邸内を隅々まで探したがモニラの姿はなく、陽が傾いて夕焼けが空を染め出した頃……なんと、ルーク殿下がモニラを馬車に乗せて邸へとやって来た。


「殿下!? これは一体……」


 驚いたお母様が馬車に駆け寄ると、殿下に続いて真新しいワンピースを着たモニラが馬車から降りて来た。そしてお母様に怒られると思ったのか、サッと殿下の背中の後ろに隠れて居心地悪そうに視線を泳がせている。モニラが殿下のジャケットをつまんでいるのが見えて、わたしは胸の奥がざわついた。


「取り敢えず彼女は怪我をしているので話は中へ入ってからで良いだろうか」

「あっ、はい、勿論です殿下」


 怪我をしていると言われて改めてモニラを見てみると足と手首に包帯を巻いている様だった。足が痛むのか歩き辛そうにしているので、執事が「お嬢様失礼致します」と声を掛け、モニラを抱き上げて邸の中へと運ぶ。


「歩いて城迄来たらしいんだ」


 客間に通された殿下が事の経緯を説明し始めた。いつの間にか庭を抜け出したモニラはなんと城まで徒歩で向かったらしい。邸は王都の貴族街にあるとはいえ子供の足ではかなり距離がある。モニラの怪我は途中で何度か転んだ時に擦りむいたりした程度の軽傷ではあったが、転んだ拍子に服の一部が破けてしまったり泥が付いてしまったりと酷い状態だったので新しい服を用意させたのだと言う。


「なんでまたお城へなんて……」


 お母様が首を傾げた。殿下はお茶のカップをソーサーに戻しながら苦笑いした。


「私に会いに来たそうだ。庭に咲いた花が綺麗だったから私に贈りたかった、と」


 丁度殿下が視察から帰って来た時に城の門付近迄辿り着いていたモニラを見つけたらしい。転んでボロボロになりながらも、必死に一輪の花を大事そうに抱えて歩いていたそうで、大変驚かれたそうだ。慌ててモニラを馬車に乗せ、城で傷の手当と着替えをさせてから邸へと連れて来てくれた……というのが事の顛末だ。


「殿下には本当に迷惑をお掛けして申し訳ありません」

「まぁ、無事で良かったよ。下手したら途中で破落戸なんかに拉致される可能性もあるからな」

「モニラには今後この様な事が無いように、きつく言い聞かせておきます」

「……何故私にそんなに会いたいのかは分からないが、またこんな騒動があっては今後困るからな」

「はい」


 二人の話をわたしは黙って聞いていた。モニラの行動は異常だが、やはり殿下への想いが無意識にそうさせているのかもしれない。二人は結ばれる運命だから……。


「それで、だな。モデリーン」

「あ、はいっ」

「これからは私がこの公爵家を訪問する時だけ、モニラ嬢も同席させてはどうだろうか」

「えっ……」


 殿下の突然の提案に困惑する。……モニラも一緒?


「そうすれば毎月ではないが私に会う事は出来るのだし、モニラ嬢も今回の様な無茶な事はしなくなるかもしれない」

「はい……」


 目の前が一気に闇に包まれた様な気がした。これからはモニラも一緒に殿下と会う……二人が楽しそうに談笑する横で黙ってただお茶を飲むだけのわたし。過去の光景がフラッシュバックする。


「それと、ラントス公爵夫人。少し早いかもしれないがモニラにも婚約者を決めてはどうだろうか?」

「モニラにですか?」

「自分にも婚約者が出来ればモニラ嬢がモデリーンを羨ましがる事もなくなるかもしれない。むしろ婚約者に夢中になってくれれば、私とモデリーンも安心して二人で会える」

「なるほど……そうかもしれませんね。公爵と相談してみます」


 果たしてそう上手くいくだろうか。モニラはルーク殿下に固執している事をわたしは誰よりも知っている。


「……大丈夫? なんか元気ないけど」

「殿下の気のせいですわ、わたくしは元気ですよ」


 殿下を馬車まで見送りに出たらシュンとしているのを気付かれたのか、殿下に心配された。慌てていつもの仮面を貼り付けて笑顔を見せるわたし。胸の奥がツンと痛いのは気付かれてはいけない。


「なんだか余計な提案しちゃったかな? ごめんね」

「いえ、モニラも喜びます。お気遣いありがとう御座います」

「……君はいつもそうだね。いや、そうだったんだね」

「え?」


 哀しそうに眉を下げた殿下。――また、この表情だ。なんだろう。


「モデリーンが心配する様な事にはならないから、大丈夫だよ信じて」

「はい、殿下」


 そう返事を返すけど、そこにわたしの心はこもってはいない。信じたいのに信じられない。それは今までの経験があまりにも辛すぎたから。


「……っ、今すぐに結婚出来たら良いのに。そうしたらモデリーンを安心させてあげられるのに。まだ子供な自分が恨めしいよ」

「今はそのお心だけ頂戴しておきます」


 殿下の乗った馬車を見送りながら、わたしは指輪のはめられた自分の左手を抱きしめる。今はこの証がある――この証が無くなる迄は、殿下の傍に居たい。殿下がモニラに心変わりをされたら、そうしたらわたしはすぐにこの身を引くから。


 どうか、それまでは……殿下のお心がわたしにあります様に。

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