プロローグ
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よくある悪役令嬢への転生物語です。
一度はちゃんと書いてみたかった題材なので、宜しければお付き合い下さいませ☆
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あれはいつ頃からだったか。毎日のささいな出来事や会話など、時々既視感を感じる事が増えて来て……。これから起こる事が予知出来る様な……まさに、今もそうだ。
「……嫌いなんだよね、君みたいな性格の悪い女性」
――胸をえぐられるかと思った。
目の前で冷気を放ちながらそうハッキリと告げたのは、わたしの夫であるルーク・クローバー。この国の王太子だ。太陽の光を浴びてキラキラと輝く金色の髪をサラリと揺らし、形の良い唇からは辛辣な言葉が発せられていた。
今日は結婚式だった。式は滞りなく行われ、初夜を迎える為に夫婦の寝室にてわたしは夫となったばかりのルークを待っていた。決して好かれてはいない事は重々承知していたし、白い結婚になる可能性も覚悟はしていた。
それでも寝室の扉が開かれて、彼が部屋へと入って来た時は淡い期待を抱いてしまった。だが現実は甘くなかった。部屋へ入るなり寝台へ近づきもせずに彼は先程の言葉を言い放ったのだ。
「あぁ、大丈夫だよ。表面上は仲睦まじい夫婦を装うから、君もちゃんと王太子妃の仕事はしてね。でも子供は産まなくていいよ、側妃を娶るから」
やはり何も期待をしてはいけなかったんだと悟った。そして同時に自分が今、何度目かの人生をやり直している事に気付いた。そう、だから彼からの冷たい言葉にも既視感を感じたのだ。数ヶ月後、公務の視察先でわたしは事故に巻き込まれてこの世を去る事も思い出してしまった。
(最期まで愛されず、悲運の死を迎えるだなんて笑える)
初めて自分が人生をやり直している事に気付いた時は、せめて事故を避けようと視察を延期したのだが賊に襲われ殺害されてしまった。三回目の時は冤罪で服毒する事となった。そして今は四回目の人生だ。
どうせ死ぬ運命なら楽に死にたいと、死亡原因を避ける度に余計に辛い死に方をしてしまっている。それならもういっその事、運命のまま事故に巻き込まれた方が幾分かマシだと思う。
広い寝台の隅でわたしに背を向けて寝ている夫。こんなにも愛されないと分かっているのに、毎回わたしは彼を愛してしまう。諦めて夫と反対側の隅にわたしも横になる。何故人生をやり直しているのかは分からないが、こんな事を繰り返すだけならもうやり直したくなんてない。どうせやり直せるのなら、彼と出会う前に戻してくれたら良いのに……。
諦めの気持ちでそんな事を考えながらわたしは深い眠りへと落ちて行った。
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「お嬢様、そろそろ起きて下さい」
シャッとカーテンを開ける音と共に眩しいばかりの陽射しが入って来る。ふかふかの布団に潜りこみながら「あと少し……」と呟きかけたが、先ほど聞こえた言葉にふと違和感を覚えた。
――お嬢様?
王太子妃となったわたしに掛けるには不適切な呼び方だ。しかもこの声……。
「ハウンド!?」
布団から飛び出して窓辺を見ると、そこには窓からの陽射しに照らされている従者のハウンドが居た。キョトンとした顔でわたしを見返してくるハウンド。その姿も心なしか若返っている様に見える。十代半ばという感じだろうか。
「え、お城じゃない……ここ、わたしの部屋……?」
ついでに辺りを見渡すとどうやらここは、わたしの生家であるラントス公爵家の私室だ。そして城には居ない筈の従者のハウンドが居る。わたしが城へ嫁いで行った時、ハウンドは公爵家に残ったのだ。
「朝から何寝ぼけてらっしゃるんですか、お城? 夢でも見ておられたのですか、ここは貴方のお部屋ですよ」
やれやれ、という表情で朝の身支度の準備をテキパキとこなしていくハウンド。寝台の横には既に顔を洗う桶も用意されている。
(――巻き戻ったんだわ!)
またしても人生のやり直しが始まったのを確信したわたしは今の状況を把握しようと、寝台から足を下ろしかけて視界に入った自分の足に違和感を覚えた。短い、というか全体的に縮んだ様な気がする。慌てて腕や身体を確認してみるとやはり手も小さい。
「ハ、ハウンド……変な事聞くけど、わたしの歳って幾つかしら?」
着替えを手に近付いて来たハウンドへわたしは疑問を投げかけた。朝から挙動不審なわたしに首を傾げながらもハウンドは答える。
「……昨日十歳のお誕生日をお迎えになったばかりじゃないですか、パーティを開いてご機嫌だったのをお忘れですか?」
「じゅっさい……」
その瞬間、今までのやり直しでは記憶になかった筈の様々な情報が頭の中へと一気に流れ込んで来た。わたしはただやり直ししているだけじゃなかった事、今のわたし“モデリーン・ラントス”が悪役令嬢と呼ばれる存在だという事、妹がヒロインと呼ばれる存在だという事。そしてこの世界自体が乙女ゲームの中だという事。
そう、わたしは平凡な日本人だった前世で好きだった乙女ゲーム「Mon Amour~私の愛する人~」の世界に転生してしまったという事を思い出したのだった。