赤ちゃんの体
私は何とか寝返りをうてるようになった。
――やっと周りを見渡せる。首が座っていないとほんとに何もできないんだな。
私の移動できる範囲はベッド1台分も無いが、天井をずっと見ているよりはましになった。
「フォルビア様、今日はお散歩に行きましょうね」
世話係のミリアさんは私を抱き上げる。
私は全てが物珍しくて、360°全てを見渡した。
私の眠っていた小さなベッド、大きなタンス、真っ白なカーテン、外は天気がいいのか青い空が見える。
「あら? そんなに珍しいですか。それじゃあもっと楽しい場所に行きましょうね」
ミリアさんは私を部屋から連れ出してくれた。
ミリアさんが向かったのは家の庭園らしき場所だった。
「フォルビア様、どうですか。凄く綺麗ですよね」
色とりどりの花が植えられた庭園をミリアさんは私を抱きながら歩く。
「あ! ミリアさん。その子がフォルビア様ですか!」
元気な声でミリアさんを呼ぶ若いメイドさんが現れた。
髪をツインテールにしているため、面影は中校生くらいに見える。
「ええ、そうよ。首も座ったようですし、そろそろお外に出してもいいと奥様が許してくれたのです」
「へ~可愛い! 奥様に似て綺麗な髪、旦那様のようなキリっとしたお眼。将来が有望ですね!」
――そうなのだ。私はかわいいのだ。自分で言うのもなんだが、結構いい顔をしている。
前の顔も好きだったが、今の顔も嫌いじゃない。
「まだ気が早いですよ」
「それじゃあ、ミリアさんも一緒にお茶しましょう。丁度お昼休憩ですよね」
「そうですね。フォルビア様も一緒にお茶でもしますか?」
ミリアさんは私の手を握りながら、私を揺する。
――お茶なんて興味は無いけど、この世界のことがちょっとは分かるかも。
「ああいおおあうう (私もお茶する)」
――発音が出来ない。これが喃語と言われるものか。家庭科で習ってたけど本当に喋れないんだな、まさか自分で体験するなんて。
「あら、フォルビア様もお茶したいんですね! どうぞ、どうぞこちらに」
私はミリアさんの膝の上に載せられる。
そこからは、他愛もない女子の話が繰り広げられた。
「ミリアさん! 先日、国王の新しいお子さんが生まれたらしいですよ。しかも男の子。次期の国王になられるお方だそうで、国中大騒ぎみたいです」
――へ~国王がいるんだ。天皇陛下みたいな人かな。
「あら? そうなの。私はフォルビア様のことで頭がいっぱいだったから初めて聞きいたわ」
「も~、ミリアさん! 旦那様も国王の護衛に付かれているのですから、それくらいは知っておかないと。もしかしたら、もしかするかもしれないじゃないですか!」
「何言っているの? あなたはいつも気が早すぎるのよ」
――私のお父さんは国王の護衛をしているらしい…結構すごい人なのでは。
「だって~、面白いじゃないですか。時がたつなんてあっという間ですよ。私だってもうすぐ15歳になっちゃうんですから」
「あら? もうそんな歳になったのね。でも15歳なら、結婚相手がもう決まってるのでしょ」
「それはまぁ、決まっていますけどやっぱり恋という感情を体験したいじゃないですか! 私も、旦那さまや奥様みたいなアツアツな夫婦になりたいんです!」
――この世界、15歳で結婚相手が決まってるの。早すぎる……
「そんな贅沢な悩みを言ってどうするの。まぁ、恋をするのは世の女性の憧れですけれども」
「やっぱり! ミリアさんも同じようなこと思ってたんですね!」
「小さいころから奥様を見てきましたからね」
「じゃあ、奥様と旦那様のなれそめも知っているということですね! この国では珍しく親の決めた結婚ではなく恋によって結婚した2人を!」
「ええ、それはもう特等席で見させてもらいました。ですが皆のあこがれるような部分は、ほんのごく一部ですよ。親の決めた相手の方が、世の中からはよく見られます。もし、親の決めた相手以外と結婚しようものなら親から反対されるなんて当たり前、あの方々のご両親が許したときなんて、奇跡だと思いました。旦那様のあんな姿、今後一切見れないでしょうね」
「え~! すごく気になる! 教えてくださいよ」
「旦那様に硬く口止めされていますので。お話しできません」
ミリアさんは『くいっ』とお茶を飲み干すと、私を抱き上げて立った。
「それでは、今日はここまでにしましょう。あなたも早く仕事に戻りなさい。お茶ごちそうさまでした」
「え~もっと話聞きたかったのに!」
――この国の人は自由な恋愛が出来ないんだ。まぁ、そうだよね。自由な恋愛って日本でもごく最近のことだし。でも、あの2人は愛し合って結婚したんだ。
私はミリアさんにもといた部屋に戻される。
「それでは、またあとで様子を見に来ますね」
――もっといろいろ話を聞きたかったな。でもよく考えれば、知らない国なのになんで私は皆の言葉が分かるんだろう。
数日後
やっとハイハイが出来るようになった。
ここまで来るのに長かった。
首が座ってから、来る日も来る日も手と足を動かし、自分の体を支えられるよう均衡を取る。
この均衡を取るのが凄く難しい。
本当によく2本足で立ってたなって思うほどだ。
ハイハイが出来るようになると、行動範囲が一気に広がった。
前までベッド一台分が移動範囲の限界だったが、今では部屋1つ分の移動範囲にまで拡大した。
ミリアさんは、朝、昼、夜、の約3回私の部屋に来てくれる。
お母さんは不定期だけど、時間のある時はよく私の部屋に訪れてくれた。
お父さんは朝と夜、忙しくてなかなか会う時間が少ないけれど、その分私をよくかわいがってくれた。
ハイハイが出来るようになり、私の楽しみが1つ増えた。
それは部屋を抜け出して家の中を冒険することだ。
どうやって抜け出すかというとミリアさん以外のメイドさんが食事を持ってきたとき、扉を開けるのだが、その瞬間に飛び出すのだ。
どれだけミリアさんに見つからずに家の中を探検できるか。
これが結構ハラハラして楽しかった。
今までの最高記録は一階の最も奥の部屋まで。
その先の階段がどうしても登れなかった。
ただ、一階を見て回ったがこの家は相当広い。
いや、私の体が小さいからそう感じるのかもしれないが、私が知っているだけでもメイドさんは5人ほど働いている。
家の壁や床もきれいだし、置物も高価そうな物ばかりだ。
『ハイハイハイハイハイハイハイ……』
私は赤ちゃんとは思えないほどの速度でハイハイしていく。
ただ、階段に到着しそうな所で、部屋からミリアさんが出てきた。
私が振り返るよりも早く、ミリアさんは私を捕まえ抱き上げる。
「ま~た、脱出したんですか。ホントに動けるようになったらこんなに動き回って。いったい誰に似たのですか」
――ごめんなさい、ミリアさん。でも、私はどうしても動きたくて仕方ないんです。もうあんな狭い所にいるのは嫌だ! 外に出て走りたい! 何でもいいから運動をさせて!
私は駄々をこねるが相手に伝わるはずない。
「はいはい、静かにお留守番していましょうね」
いつも通り、私はミリアさんに部屋に連れ戻されるのだ。
――グぬぬぬぬ。どうしたものか…どうやったらうまく脱出できるのだろうか。そうだ、立てるようになろう。
私は作戦を考えるより、行動する人間なのだ。
――よいしょ……ぐぐぐ! ごわぁぁ。
ベッドの足を持って立ち上がろうとするが難しい。
――どうしたら上手く立ち上がれるんだろう。足の筋肉が足りないのかな。ならスクワットをやろうか。でも、まず立てないから意味ないな。足がダメなら、腕を鍛えるまでだ。体を支える腕を鍛えれば、捕まっていられる時間も増えるはず。
――腕立て伏せ! 10回!
「ふぐぐぐぐ……」
私はハイハイの体勢で腕立て伏せをしているつもりなのだが、体が持ち上がらない。
――今度こそ! 腕立てがダメならプランクで体感を鍛える!
私は肘を90°に曲げ、ハイハイの体勢をとる。
ただ、プランクの体勢をとると体が潰れてしまう。
――赤ちゃんの体ってこんなに何もできないの……。
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