鯉のお話……
――な、な、な、な、なんでみんなこっちを向くんですか。
「こ、恋は、し……してるのかな」
「ほんとですの!」
イザベラさんは思いっきり立ち上がり、大声を出す。
その場は一気に静まりかえり、少し落ち着いたのかイザベラさんは静かに椅子に座る。
「大声を出してしまいすみませんでしたわ。でも……フォルビア様が恋をしていたなんて」
――あ、あんまり言わないで欲しいんだけど。すっごく恥ずかしい。
「でも何でそんなに驚くの。皆にも好きな人くらい、いるんじゃないの?」
私は回りの4人に話を振る。
「んー、別にいませんわ。みんな子供っぽくて何も感じませんし」
メナスさんは5歳児とは思えない発言をする。
「そうですね~、特にいないです。お父様は大好きですけど、恋とはまた違うのでしょ」
ナナリアさんは本当にいなさそう。
「と、と、と、殿方と、しゃ……べった覚えもないですし」
レオナさんはなぜかいつも可哀そう……。
「鯉は美味しいよな……私もよく食べる」
ロメリアさんは口にフォークを咥えながら答える。
――1人だけいつも話がズレている。でもそうなんだ。みんな好きな人がいないんだ。
「じゃあ、どんな人が好みとかあるんですか?」
「そうですわね……。やっぱり容姿端麗で博識の高い殿方がいいですわ」
イザベラさんは頭のいい人が好みなんだ。
「んー取り合えず、私の家よりも位が上の殿方が良いわ。顔は勿論カッコよくないと嫌ですけど」
メナスさんは色々と条件が厳しそうだな……。
「え~タイプですか~、優しい殿方がいいですね~」
ナナリアさんはふわふわっとした感じで真核がつかめない。
「ほ……本が好きな人がいいです」
レオナさんは本が好きなんだ。そりゃあ、本が好きな男の子がいいよね。
「とりあえず、デカくて食べ応えのあるやつが好き」
ロメリアさんは両手をいっぱいに広げて大きさを表した。
――なんか1人だけやっぱり違う気がするけど。
「逆にフォルビア様のタイプは何なのですか? ご参考までにお聞かせください」
イザベラさんが私に話を振ってきた。
「え……。私ですか。私の好きなタイプは……」
――どうしよう。好きになったの竜ちゃんしかいないから、タイプも何もないんだけど……。
「えっと、いつも助けてくれて、頭が良くて、でも頑固、時に可愛くなって、できないことを頑張ってる、一生懸命な所があって……それから」
「フォルビア様もう大丈夫ですわ。それ以上言ったら私、フォルビア様の好きな相手が分かってしまいそうですの。それじゃあつまらないですわ。私は陰ながらに恋を応援する親友と言うものになりたいのですわ」
イザベラさんが瞳を輝かせて私を見てくる。
「し、親友……」
「そうですわ。私はこの本に出てくる親友になりたいですの!」
イザベラさんは本棚に飾ってあった一冊の本を丸テーブルにまで持ってきた。
「鯉のキューピット……」
――何、この話。恋じゃなくて鯉のキューピットなの。変なの……。
「い、いったいどういったお話なの?」
「そうですわね、読んで差しあげますわ」
イザベラさんは絵本を開き、喋り出す。
なぜかイザベラさんによる、絵本の読み聞かせが始まった。
[昔々……王子様と村人の娘がとある川で知り合いになりました。王子様はどうしても食べたい物があると村人の娘に尋ねました]
「この川で取れる大きな鯉を食べたいんだ。どうしたら食べることが出来るだろうか?」
「王子様、大きな鯉を釣り上げればよいのです」
[娘は王子様に釣竿を渡しました。王子様はとても嬉しそうにその竿を受け取ると、すぐさま釣り糸を川へと投げ込みました]
[ただ、いくら待っても大きな鯉が釣れることはありません]
「どうしてつれないんだ!」
[王子様はカンカンに怒ってしまいました。釣竿を川辺に投げ捨て、その場を去ってしまったのです]
[その時、川では鯉さん達が話し合っていました]
「どうしよう、王子様怒っちゃった」
「でも、僕たちが釣られても大きくないから意味ないよ」
「そうだよね。きっとヌシさんなら王子様も喜んでくれるだろうけど。ヌシさんは絶対に釣られたり、なんかしないもんな」
「そうだよね。王子様は僕たちでも釣り上げられなかったんだから、ヌシさんを釣り上げるなんて絶対に無理だね」
[鯉さんたちの言うヌシさんは村を流れる川で一番大きな鯉さんです。態度が大きく、いつも威張っているヌシさん。一度も釣られたことがないのが自慢です]
「あんな奴に釣られる俺じゃねえぜ……」
[娘は王子様の捨てた釣竿を拾い、釣り糸を川へと垂らしました]
「へ! 誰がこんな糸に釣られるかよ!」
[その日、娘は鯉を一匹も釣ることが出来ませんでした]
[その日から娘は毎日毎日川へと通い、釣り糸を垂らしました]
[晴れの日も雨の日も雪の日も嵐の日にだって無理して川へと向かいました]
[1年ほどたった時、娘の親友が聞きました]
「どうしてそんなに川に通ってるの?」
「王子様が大きな鯉を見たいって言ったから。私、王子様に大きな鯉を見て欲しいの」
「そうだったんだ。でも王子様は素行も悪いし、頭も悪い、運動もできないし魔法だってできないダメ皇子なんだよ。そんな皇子のために貴方は危険を冒してまで川に通うの?」
「うん! 私、王子様が好きだから」
[親友は意味が分かりませんでした。ダメダメな皇子にそれだけ尽くしたいという気持ちの源である、好きという気持ちを親友は知らなかったのです]
「なら、私も手伝わせて。貴方の助けになりたいの」
[親友は娘を助けることで好きの気持ちを知ろうと思いました]
[親友は娘に付き添い、毎日毎日川へと通いました]
[ただ、いくら通っても大きな鯉は釣れません。親友は言いました]
「もうそろそろ終わりにした方がいいんじゃない、村にもいっぱい男性がいるよ。その人たちを好きになればいいじゃん」
「ううん、私は諦めないよ。絶対に大きな鯉を釣って王子様に見せるの。あの人の笑っている顔が見て見たいから」
[その姿を見ていた親友は思いました。私も誰かを好きになってみたいと。多くの男に人に声を掛けて話しますが、何も感じません。子供やお年寄りに話しかけても楽しいですが相手の笑顔を見たいと言った感情は抱けません]
「は~、私にも好きな人が出来ないかな……」
「すみません、ここら辺で鯉の釣れる川はありませんか?」
[親友は青年に声を掛けられました]
「ええ、あっちの川で……」
「ありがとうございます。暇だったので釣りでもしようと思ってたんです」
[青年は親友に笑顔で笑いかけその場を去って行った]
「え、何この気持ち……。胸が熱い、なんか怖いよ」
[親友は家に帰って水を自分にぶっかけました。それでも、体は冷たいのに胸は熱いまま。風をひいたのかと思い、ベッドへもぐりこみ、寝ようとしますが胸が熱すぎて眠れません]
[親友は娘に会いに行きました。すると、青年と娘が楽しそうに話していたのです]
[親友の胸は何かに引っかかる感触を覚えました。熱くて何かもやもやする嫌な感覚です]
[娘が親友に気づき]
「どうしたの? こっちおいでよ!」
[親友を招き入れました]
「お知り合いだったのですか?」
「はい、私の親友です。その言い方だと、知り合いでしたか?」
「先ほどこの場所を教えてくれたんです。おかげでこんなに釣れました」
[多くの鯉が釣られていますが、普通の鯉ばかり。大きな鯉はまだ釣られていないようです]
「いま、この方に釣り方を教わっていたんです。今までずっとただ釣糸を垂らしていただけだったんだけど、ほんとはもっと動かした方がいいみたい」
「そうなんだ……。私、ちょっと帰るね」
「あ……。どうしたんだろう」
[親友は逃げてしまいました。初めてその人の笑顔を見たいと思える相手に出会えたというのに]
「どうして逃げてきちゃったんだろう、何かあの2人を見たくないと思っちゃった」
[親友は考えました。橋の上でずっと考えていましたが納得のいく答えが見つかりません。考えすぎて、いつの間にか夜になってしまいました]
「あ……、もうこんな時間。早く帰らないと危ないわ」
[あたりは暗く、足元が見えにくくなっていました」
「え……、うそっ!」
『ボチャンッ!!』
[親友は足を滑らせてしまい、橋の下の川に落ちてしまいました。既に真っ暗なため、道行く人は親友のことに気づきません。流れのはやい川に流されどんどん意識が遠くなっていきます。その時、何かが川に飛び込んだのです]
「ん……」
[親友が目を覚ますと、そこには青年がいました]
「どうしてあなたが……」
「鯉に釣竿を持って行かれてしまい、追いかけていたら貴方を見つけました。怪我は無いですか?」
「は、はい」
[親友の心は今にも爆発しそうです]
「今すぐ医者に診てもらいましょう」
[青年は親友を抱きかかえ、医者のいる所まで運びました。親友は何事もなく無事で、その日以来、3人で釣りをするようになりました。その姿を見てヌシさんは思ったのです]
「3人は仲がよさそうに見える。でも、あの娘は何か悲しそうな眼をしている」
[娘は未だに、大きな鯉を釣ろうとしています。あの日以来王子様はこの村を訪れなくなり、村人は皆娘が何をしているのか理解できないでいました。でも、親友と青年だけは娘の味方でした。どんな時も、励まし、必ず釣れると願い続けました。ヌシさんもその姿を見て感動してしまったのです]
「そこまで、あの王子を愛しているのか……」
[ヌシさんは娘の釣り糸に食いつきました。その瞬間に物凄い勢いで竿を引きます。ヌシさんも簡単に釣り上げられるつもりはありません]
「来た!」
[娘は思いっきり引っ張ります。それでも、娘の力ではどうしても引き上げることが出来ません。その為、親友は助けると言いましたが娘は断りました]
「大丈夫、私だけで引き揚げて見せる」と
[ですが、引き上げられません。娘は腕が疲れ、竿を放しそうになってしまいます」
その時
「ふ!!」
[王子様が現れました。3人は驚きどうしてここに居るのか疑問に思いましたが、王子は懸命に娘と竿を引き合います。2人の力を合わせた結果見事、大きな鯉を釣り上げることが出来たのです]
「王子様……どうしてここに」
「君に謝りたかった。あんな態度をとってしまいすまない……」
「いえ、気にしてません。それに見てください、この大きな鯉を! 王子様が見たがっていた大きな鯉ですよ」
「ああ、ありがとう」
[その後、4人は幸せな生活を送りました]
おしまい。
「どうです、凄く面白いと思いませんか」
――なんて反応したらいいか分からない。
他の4人はなんか感慨深い表情をしている。
「うん……、面白かったよ」
「私、この親友ちゃんの気持ちが凄く分かりますの。だから私も親友ちゃんのような胸のどきどきを味わってみたいのです。レイス様にお会いした時、何かほかの方と、違う感じがしたのですが、あれが恋だったのでしょうか」
「さ、さぁ、どうだろう。でも、これからもっといっぱい会ってみれば分かるようになるんじゃない」
「確かに、まだ一度しかお会いしておりませんもの、まだあの方のことを何も知りませんわ」
イザベラさんはいい笑顔を浮かべる。
「恋って難しいですわね……」
メナスさんは苦い表情をしていた。
「だね~」
ナナリアさんはメナスさんに相槌を打つ。
「胸が熱いとは、病気で熱を出した時とは違うのでしょうか……」
レオナさんにはぜひとも恋を知ってもらいたい。
「でっかい鯉、美味しそう……」
ロメリアさんは絵本に描かれている大きな鯉を見て涎を垂らしていた。
――まだ5歳児には早いような気もするけど、でもこの世界の成人は15歳から、あと10年で皆、大人になっちゃうなんて……感慨深いな。
「イザベラ様、そろそろお開きの時間にございます」
「あら! もうそんな時間になってしまったの。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいますわね。それでは皆様、玄関までお見送りいたしますわ。それとお菓子の包みをお渡しいたしますのでどうかまた実家でお食べください」
「何から何までありがとうございます、美味しく頂かせてもらいます」
私はイザベラさんに頭を下げて、お礼を言った。
私たちはそれぞれの馬車に乗り込み、自分たちの家へと戻って行った。
馬車で移動中……。
「あ~美味しかった。それにしてもすごい人ばっかりだったな。あんなにすごい人がいっぱいいる中で私だけなんか場違いだったんじゃないかな」
「いえ、フォルビア様もしっかりと溶け込めておられましたよ。逆に私の方がフォルビア様が何かしないか、ずっと冷や冷やでした」
ミリアさんは胸に手を置いて一呼吸置く。
「それはどうもすみません」
私はミリアさんに深く頭を下げて謝る。
「でも、イザベラさんからこんなにいっぱいお菓子を貰えるなんて凄くラッキーだよ。これでしばらくお菓子の心配をしなくて済むし。最初に渡そうと思ってたドライフラワーは最初に渡せなかったけど、最後に何とか渡せてよかった。すごく喜んでくれたし」
「はい、他の方々も羨ましがっておられましたよ。ロメリア様以外はですが……。あと、フォルビア様は出来るだけお菓子をお控えになったほうがよろしいと思います。このままでは太ってしまいますよ」
「大丈夫、大丈夫、私は運動してるから」
「そうですか……。できれば運動も程々にして貰いたいものですが聞いてもらえないのでしょう」
ミリアさんは分かっていますよと言った表情で、項垂れる。
「まぁ、出来るだけお父さんとお母さんには気づかれないようにするよ」
――この調子だと剣なんて振っていたら凄く怒られちゃったりするのかな……。
私達は家に無事たどり着く。
家の入った私は一瞬で服を脱ぎ捨て着替える。
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