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落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる  作者: 杜野秋人
【第四章】騒乱のアナトリア
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4-29.奥の手

 レギーナはひとりでさっさと前に出て、誘導するようにアルベルトたちから少しずつ離れてゆく。それを見つつ両拳に青と赤の炎を纏わせたミカエラが、レギーナとは逆方向へ動き出した。

 最初にレギーナに釣られたのは、赤青緑が一匹ずつの計3体。ついでミカエラの方には青と緑が意識を向けた。


「じゃ、私たちは離れて見てるから」

「周囲の警戒は任せて、おとうさん」


 言われて振り向けば、すでにヴィオレもクレアも後方に離れている。そして可愛い義娘(クレア)が見ているのに無様な真似は出来ないと、嫌でも気付く。


「はあ……しょうがない」


 ということで、否が応でも覚悟を決めざるを得ないアルベルトである。



 右手で片手剣(ショートソード)を抜き、中段に構える。左足を心持ち引いて、半身の姿勢を取った。両踵は軽く浮かせ、膝を曲げて腰をやや落とし、いつでもどうにでも動ける態勢を取る。剣術を習う際、最初に学ぶ基本の型で、これさえ極めれば奇をてらうだけの他の型は要らないとまで言われる、オーソドックスにして王道の構えである。

 その姿勢にブレも迷いもなく、剣を振るい慣れているのがひと目で分かる。だがそれだけだ。特に技量も威圧感も感じられず、だから赤い闇鬼人族(ダークオーガ)も近付くその足を止めることはない。


 一方の闇鬼人族はいかにも重そうな鉄錕(てっこん)を無造作に掴み、引きずるようにして持っている。一見すると無防備で無警戒に見えるが、筋骨隆々の雄大な体躯はその位置からでも鉄錕(それ)を自在に振り回すことができると示していた。


 鉄錕を一度でも食らえば即座に戦闘不能になるだろう。骨は砕け、肉は潰れ、頭は爆ぜること請け合いだ。かと言って片手剣で受けようものなら、いとも簡単に折られてしまうだろう。

 つまり、躱し続けるしかない。もしくは振るわれる前に決着をつけるかだ。

 アルベルトは片手剣の使い手でありながら、盾を装備していない。利き手と反対側に手甲と一体化した円盾を装備する冒険者も多いが、彼は身軽さを優先してそれさえも使ってこなかった。もっともあの重そうな鉄錕相手には、小さな円盾など意味をなさなそうではある。


 アルベルトの片手剣と闇鬼人族の鉄錕は長さ(リーチ)がほぼ変わらない。だが体格と腕の長さの分だけ、やや闇鬼人族の間合いが広い。

 その間合いに入る直前、闇鬼人族が鉄錕を振り上げる動作に入る寸前で、その動き出しの前にアルベルトが動いた。鉄錕を掴む右手から逃げるように左手側に、踏み込みながら素早く手首を返して片手剣を横薙ぎに払う。


「くっ……!」


 その動きのまま、踏み込んだ右足を踏んばって横っ飛びに距離を取る。その直後、アルベルトの胴のあった位置を鉄錕が唸りを上げて通り過ぎた。


「っ、硬いな……!」


 脇腹を切り裂くように薙いだはずだが、鋼のような肉体には傷ひとつついていない。正確には片手剣が当たった(・・・・)()があるが、血など流れていなかった。そもそも肉を切り裂いた感触ではなく跳ね返された手応えしかなかったのだから当然だ。


 これはひと苦労だな、とアルベルトは内心で苦笑する。何でもかんでも紙のようにスパスパと斬り刻んでゆくレギーナがどれだけ規格外なのか、改めて思い知らされる。まあアルベルトの片手剣は使い込んだだけの無銘の数打ち物でしかなく、レギーナの得物は世に十振りしかないとされる宝剣なのだから、そもそもの武器の性能からして段違いなわけだが。

 だが、今それを嘆いていても始まらない。この場には他には武器などないのだから、長年連れ添った相棒を信じるしかないのだ。

 アルベルトは再び剣を中段に構える。その向こうで、脇腹を叩かれた(・・・・)闇鬼人族が咆哮を上げた。


 闇鬼人族は今度は足音を響かせて突っ込んできた。鉄錕を大上段に振り上げて、アルベルトめがけて振り下ろしてくる。だがそんな大振りの攻撃がそもそも当たるわけがない。

 アルベルトは振り下ろされる鉄錕を躱しざまに冷静に距離を詰め、再び手首を返して今度は闇鬼人族の首筋を狙った。鉄錕を振り下ろし前傾姿勢になっているので、無理に上方を狙わずとも首元が目の前にある。

 さすがにこれは、闇鬼人族も躱そうと身を捩る。だが無理やり躱したせいでバランスを崩し、片膝をつく。そこへアルベルトが振り抜いた剣を翻して大上段から振り下ろした。


「ガアァ!」


 片手剣は闇鬼人族の顔面を狙い、そして顔面を庇った左腕を斬り裂いた。とは言っても、やはり分厚い筋肉に阻まれて皮一枚傷つけただけだ。だがアルベルトはそこで動きを止めない。ステップで相手の背後に回り、今度は項を狙って剣を突き出した。


 ここまで彼は一度も突きを放たなかった。突きであれば、分厚い筋肉にも確実に攻撃を通せたであろうにも関わらずだ。

 彼はその経験上分かっていたのだ。ひとたび剣を刺せば刃先が筋肉に締められて抜けなくなり、そのまま武器を失ってしまうと。だから彼は確実にダメージを与えられて敵からの反撃も受けずに済む急所を狙えるまで、その必殺の突きを温存していたのだ。


「あっ」


 だがその必殺の突きは、闇鬼人族が闇雲に振った鉄錕に当てられて逸れてしまった。幸い折れたり刃こぼれしたりはしなかったが、やたらに振り回される鉄錕に当たらないよう距離を取るしかなかった。


「……なにやってんの、あれ」

「あー、おいちゃん苦労しよんしゃあ(してらっしゃる)まあちぃと(もう少し)良か剣ば()うてやっときゃあよかったね」


 とっくに闇鬼人族を片付けたレギーナとミカエラがお手並み拝見とばかりに観戦しているが、アルベルトにはそれに構う余裕もない。

 かと言って手伝ってくれとも彼は言わなかった。できないのなら最初から無理だと言っておくべきだったし、それを言わなかったのだから、今さら助けを乞うべきではなかった。

 とはいえ、ダンジョンはまだ中盤に差し掛かったばかりである。ここでいつまでも苦戦して時間を取られるわけにはいかなかった。


 再度距離が空いたことで、ゆっくりと闇鬼人族が立ち上がる。自分でも人間ごときに優勢を取られていると解っているのだろう、その顔が憤怒に歪んでいる。

 次の瞬間、咆哮を上げてまたしても闇鬼人族は突っ込んできた。だが今度は鉄錕を腰だめに構えて横薙ぎに払ってきた。


「えっ」

「あっいかん(ダメ)


 レギーナとミカエラが思わず声を洩らした。アルベルトが鉄錕の下を潜って懐に入り込んだのだ。

 だがそれは剣の間合いではなく肉弾戦の間合いであった。そしてアルベルトの目の前には闇鬼人族の膝があり、彼はその間合いでダメージを与えられる武器など持っていない。


 これは膝で顔面を迎撃される。

 ふたりともそう思った。そしてすぐさま救援に動こうとした。


「「……は?」」


 闇鬼人族がその巨体を折り曲げて吹っ飛んだ(・・・・・)のはその時である。一瞬何が起こったか分からずに、レギーナもミカエラも思わず間抜けな呟きをハモらせてしまった。

 吹っ飛んだ闇鬼人族は地に叩きつけられてバウンドしたあと転がり、口から大量に血を吐いてもがいたあと、そのまま動かなくなった。


「な……何が……」


 何が起こったか分からないまま、見回したレギーナの目に飛び込んできたのは、鉄錕の軌道の下に潜り込んだ時の姿勢で片膝をついたまま、右掌を突き出して固まっているアルベルトの姿。片手剣はいつの間にか左手で逆手に持っている。

 と、その彼の身体がふらりと揺れて崩れ落ちた。


「えっちょ、おいちゃん!?」


 怪我しているようには見えなかったが、倒れたのなら見えないダメージがあるのだろう。そう見て取ったミカエラが慌てて駆け寄る。


「あはは……大丈夫だよ、一応」


 アルベルトはいつものようにだらしなく微笑(わら)っていた。だが大丈夫と言う割に顔色が悪い。


「いや大丈夫に見えんっちゃけど?」

「いや、ホントに大丈夫…………多分」

「多分て」

久々の(・・・)全力(・・)だったから、ちょっと身体が耐えきれなかっただけだから」


「ねえ、あなた今何したの?何をどうしたらあんな(・・・)風に(・・)倒せるのよ?」


「あー、実は言ってなかったけど、奥の手(・・・)があってね……」


 要するにアルベルトが使ったのは発勁(はっけい)である。イリュリアはティルカンの高鐘楼で、盗賊(シーフ)ギルドのサブマスターに使った、あれだ。

 鉄錕を躱して膝がつく程に屈みこんだ姿勢から、踏み込んだ爪先を起点に膝、腰、肩、肘そして手首から掌へと全身の気を運動エネルギーに乗せて、さらに捻りで何倍にも増幅させながら、彼はそれを闇鬼人族の胴の急所である水月(みぞおち)に叩き込んだのだ。全力の一撃でなければ決定打にはならないと見切って、飛び込んだ時に片手剣を左手に受け渡した上で、防御もその後も一切何も考えずに渾身の掌底を放ったのだ。

 結果として、その掌底から放たれた発勁の威力は闇鬼人族の腹筋を引き裂いて内蔵を破裂させ、その肉体ごと吹っ飛ばした。一方でそこまで体内の気を全放出したアルベルトも精魂尽き果て、姿勢を保つことすらできなかったのだ。


「なァん、おいちゃんやるやん」

「そんな“奥の手”を持ってたなんてね……」


 アルベルトが“オンリーワン”を持っていたことに無邪気に喜ぶミカエラと、感心しつつもやや呆れを隠しきれないレギーナ。


「おとうさん…すごい、カッコいい」

「見たことのない技だし、それも東方で習ってきたのかしらね?」


 目をキラキラさせて抱きついてくるクレアと、一歩引いて冷静に分析しようとするヴィオレ。


「なあなあおいちゃん、ウチにもそれ教えちゃらんね。どげんすると(どうやるの)?」

「その前に、ちょっと休憩してもいいかな?さっきので()を全部使い果たしたから……」


 苦笑しつつアルベルトがそう言うので、ひとまず近くにある部屋で一行は休憩を入れることになった。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 ちなみにアルベルトが苦戦している間のレギーナとミカエラはといえば。


 レギーナは襲い掛かってくる闇鬼人族三体を、一体は胴を真っ二つにし、一体は袈裟斬りに斬り落とし、残る一体は霊炉(心臓)をひと突きにして、いともアッサリと戦闘を終えていた。

 ミカエラの方も一体を青い炎の右拳で氷漬けにし、もう一体を赤い炎の左拳で燃やし尽くし、最後に氷漬けの闇鬼人族を砕いて、これもアッサリと片付けていたのだった。


 文字にすれば余計にアッサリとして見えるが、レギーナは無軌道に振り回される鉄錕を持ち前の体術と敏捷性ですべて躱して危なげなかったし、ミカエラに至っては振り下ろされる鉄錕を一度ならず素手(・・)で受け止めて、こちらも無傷である。

 …………うん、本当にアッサリだった。まあ、考えてみれば巨竜や百手巨人(ヘカトンケイル)のような“達人(シルバー)”級の強敵すらほぼ無傷で倒すような彼女たちなのだから、このくらいは当然か。







【補足】

鉄「(こん)」とは見慣れない字だと思いますが、要するに「棍」と同じ字です。材質が木材なら「棍」、金属なら「錕」と使い分けるのが漢字の字義的に正しいので、ここでは敢えてこの表記で。鉄板を「鈑」と書くことがあるのと同じことです。




いつもお読みいただきありがとうございます。

気付けばストックが残り2話。ヤバい。


もしもお気に召しましたら、継続して読みたいと思われましたら、作者のモチベーション維持のためにもぜひ評価・ブックマーク・いいねをお願い致します。頂けましたら作者が泣いて喜びますので、よろしくお願い申し上げます!

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