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落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる  作者: 杜野秋人
【第四章】騒乱のアナトリア
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4-28.その二つ名は

 新たに生成されたばかりのダンジョンの第一階層には、降りるための階段など当然あるはずもない。そういったものは出入りがしやすいように、後から人の手で造るものであるからだ。

 だからその入口はまだ、ぽっかりと奈落のように大きな穴が口を開けているだけだ。覗くと闇しか見えず、どこまで深いものやら予測もつかない。


「じゃ、降りましょっか」

「いいけど、飛び降りるつもりかい?」

「まさか。ちゃんと連れてって(・・・・・)あげる(・・・)わよ」


 レギーナはそう言うと、詠唱して[空舞]を発動させた。


「あなたも[感知]は使えるのよね?だったら⸺ほら、ここ。視える(・・・)でしょう?」


 そう言って彼女は穴の中に足を踏み出す。もちろんそこには不可視の足場が形成されているので、彼女が落ちることはない。


「⸺ああ、結構広い足場になってるんだね」

「足場の広さは詠唱で変えられるのよ。とりあえず三人が乗れればいいわけだし、そのつもりで作っておいたから」


 ということでレギーナは自分の隣にアルベルトとクレアが乗ったのを確認してから、次の一歩を踏み出す。[感知]で確認しながらふたりがその後に続く。そうして彼女たちはどんどん穴の中を降りて行った。

 途中でアルベルトが[光球]を発動し、暗がりだった穴の中が照らされ視界が開けた。入口から一層の床面までおよそ5ニフ(約8m)、今三人がいるのはそのちょうど中間といったところだろうか。


 穴の周囲、壁面になっている土壁にツタのような植物が這っているのが見える。それを伝い、土壁に上手く足場を見つけながら、人型の魔物たちが何体も壁をよじ登っている。


「あー、それで()は人型のばっかりだったわけね」

「処す…?」

「そうね、片付けておきましょっか」


 気安くレギーナが承知して、クレアが[豪火球]で炎の塊をいくつも飛ばして全て焼き落とした。これでしばらくは、上に攻め上がられる事はないだろう。


「下から飛んできたね」


 と思ったら、今度はアルベルトが警戒の声を上げた。どうやら今度は飛行型の鶏蛇(コカトリス)などが飛んできたようだ。もちろん、それもクレアが全部焼き落とす。

 さすがにまだ第一層なので、魔物たちも相応に弱い雑魚ばかりだ。クレアの[豪火球]では完全に火力過多だったが、術式ひとつで出せる火球の数が違うので、この場合はこれで正解である。


 クレアは第一層の地表にいる雑魚たちもそのまま[豪火球]で焼き払って、それで三人は無人の焼け野原に降り立った。


「姫ちゃあん」


 とそこへ、上方から声がかかる。確かめるまでもなくミカエラの声だ。


「今そっち行くけん」


 と声が続いて、アルベルトが返事しようと顔を上げるとレギーナに襟首を引っ張られた。


「えっちょっレギ」

「場所空けなさいよ」

「えっ」


 ヒュッ、スタッ。


 問い質す間もなく衣のはためく音と、次いで何かの着地音。


「あーそういやおいちゃんには言うとらんやった(言ってなかった)ばいね」


 そこには、朗らかに笑うミカエラが何事も(・・・)なかっ(・・・)()かのようにジャンプしていた。その仕草から察するに、落下の衝撃を膝のバネだけで吸収したのだろう。


「ウチらこんぐらいの高さやったら飛び降りれるとよね」


「えっ…………あっ、そうなんだ」


 法術師のくせに身体能力高すぎではないだろうかこの娘は。いくら[光球]で底が見えているからといっても、アルベルトでさえそんなに気安く飛び降りようとは思わない高さなのに。


「まあ私とミカエラはね。クレアとヴィオレは普通に[浮遊]使って降りるけど」


 と肩をすくめるレギーナの隣に、今度はふわりとヴィオレが降りてきた。彼女も装備を整えて準備万端である。


「ばってん、クレアの魔力は攻撃魔術の方さい残さしてやりたかけんね」


 つまりレギーナがわざわざ[空舞]を使ったのは、アルベルトへの気遣いではなくクレアに余計な魔術を使わせないためであったわけだ。そしてミカエラも魔力を回復系の魔術に温存するためにわざと飛び降りたと、そういうわけであった。


「ミカエラ、封印の方はもういいわけ?」

「まだ簡易的なモンしか張っとらんばってん、神殿の増援の来たけん任せてきたたい」

「そう。ならいいわね」

「で。⸺おうおう、出来たばっかりのダンジョンにしちゃあまあまあ(・・・・)()るごたんね」


 会話しながら[感知]を唱えたのだろうミカエラが、キョロキョロと周囲を見渡す。


「どっちが多そう?」

「あっちやね」

「罠はないわね」

「じゃ、行きましょっか」


 いやいやサクサク進みすぎである。しかも敵が多い方へ行こうとするのはセオリーからすれば有り得ない。


「えっ敵の多い方(そっち)へ行くのかい?」

「なんでよ。このダンジョンは封印するんだから、私たちのやることは殲滅(・・)よ?敵から逃げてどうするの?」


 なるほど、通常のダンジョンアタックとは根本から考え方が違っていたようです。さすがは勇者パーティ。

 というか、そんなの勇者パーティにしかできませんよ多分。


「ちなみにやけど、こげんして(こんな風に)わざわざ言うとはおいちゃん()おるけん(いるから)やけん(だから)ね?」

「そうね。いつも(・・・)ならいちいち言わないわね」

「そ……そうなんだ」


 もはや苦笑いしか出ないアルベルトである。

 というかこれ、アルベルト来る意味あった?


「心配しなくても、あなたの出番もちゃんとあるわよ。前衛の枚数が多くなれば、その分クレアが楽できるんだから」

「あー、そうか、そうだね。じゃあ頑張るよ」

「即死以外やったらすぐ治しちゃあ(してあげる)けん(から)、多少無茶したっちゃ(しても)構わんばい()?」


 出来ればそれは願い下げたいアルベルトである。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 ということで一行はサクサクと第一層を殲滅して回った。ぶっちゃけアルベルトの出番など無かった。

 ほとんどの敵が、レギーナが“開放”もなしにドゥリンダナを振り回すだけで、いともあっけなく絶命していった。


「うーん、久々に身体動かすとやっぱり気持ちいいわね!」

「五層ぐらいまで任しとってよかやろか(いいかな)

「七層くらいまではイケそうじゃない?」


 いやいや、本当にアルベルトの存在意義が。


「いやさすがにウチにもちぃとなと(少しくらい)残しちゃりぃ(残しといて)よ」


 いやだからアルベルトの(以下略)。

 ていうかミカエラさんに残す(・・)ってどういうこと!?


「あー、これもおいちゃんには言うとらんやったばいね」


 ミカエラが苦笑し、何やら口の中で詠唱した。すると、彼女が何故か(・・・)装備(・・)している(・・・・)手甲がいきなり魔力の炎に包まれたではないか。

 それも、右手には青い炎、左手には赤い炎が。


「ウチは戦棍(メイス)でも戦えるばってくさ(けどさ)、本当に得意なんはコレ(・・)なんよね」


 ミカエラはそう言って、炎に包まれた左掌に右の拳を叩きつけた。パシ、と小気味よい音が鳴る。


「それで、付いた二つ名が“二色の拳聖”…」

「ウチあんまそれ気に入っとらん(てない)っちゃばってん(んだけど)ね」

「でも事実じゃない。青と赤の二色の(・・・)加護(・・)持ち(・・)で、両手で(・・・)それぞれ(・・・・)魔術を(・・・)放てる(・・・)稀有な存在のくせに」

「まあそうばってん」


 そう。つまりミカエラは青加護と赤加護をほぼ均等に持つ、珍しい二色の加護持ちの娘である。僅かに青加護のほうが優勢なので普段は青加護として活動しているが、本人の気持ちひとつで赤加護としても活動が可能なのだ。当然ながら、それは赤加護の加護魔術も扱えるということを示している。

 そして彼女は、その二つの加護を存分に使いこなすために訓練を重ねた、後天的な両利きでもある。なので彼女の戦闘スタイルは、両拳に青と赤の魔力(マナ)を纏わせて敵を殴り飛ばす肉弾(・・)戦闘(・・)だったりするのだ。


「だから“拳聖(・・)”…」

「いや繰り返さんでちゃよかろうもん」

「“賢聖”じゃないんだ……」


 そう。誤字ではないのです。


「ちなみに[氷剣]と[炎剣]で二刀流もしっきー(できる)ばい?」


 いや聞いてないし。

 てかホントに規格外過ぎんかこの娘。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 その後も彼女たちは敵を見つけては鼻歌交じりに倒しつつサクサク進み、なんの苦労もなく二層、三層と制覇して四層に降り立った。

 その間クレアの出番はほぼなく、ミカエラも両拳の炎を一旦引っ込めて後衛で大人しくしていた。ミカエラはたまに見つかる、壁から毒矢の飛び出すトラップなどを[水膜]などで塞いで無力化していた程度である。

 アルベルトはといえば、三層から敵の数が増えてきたこともあって、クレアとヴィオレの護衛代わりに時々片手剣を振るった程度で、これも出番はほぼなかった。


「レギーナさんばっかり戦ってるけど、疲れてないかい?」

「この程度で息が上がるようなヤワな鍛え方はしてないわよ」


 そういや、勇者(この人)が一番規格外なんでしたっけ。


「でも、そうね。四層(ここ)からはあなたにも少し頑張ってもらおうかしら」


 そう言ってレギーナが、通路の奥の闇に目を向けた。

 その闇の中からズシン、ズシンと足音が響いてきて、やがてゆっくりとそれは現れた。


 筋骨隆々の青黒い体躯の大男。腰に獣皮を巻きつけ、手には金棒、額には短めの一本角。鬼人族(オーガ)が瘴気に呑まれて変異した闇鬼人族(ダークオーガ)である。

 現れた闇鬼人族は一体ではなかった。青黒い個体の後ろには赤黒い体躯の二本角、さらに緑褐色の肌の三本角。さらに青赤緑が一体ずつ出てきて、計六体のお出ましである。


「あっ、こらぁウチも遊ばして(ちょっかい出させて)もらおう」


 ミカエラが素早く詠唱して、両拳に二色の炎を纏った。


「あなたも一体くらい(・・・・・)倒しなさいよね」

「え゛っ」


 なかなか無茶を言うお姫様である。だが鬼人族(オーガ)くらいなら、確かにアルベルトひとりでも何とか倒せる程度の強さなので断るに断れない。


「大丈夫でしょ?蛇王に比べたら雑魚もいいところなんだから」

「いや比べる対象を間違ってるよ!?」







【補足】

 どの加護を得ているかは瞳の色として現れ、基本的に遺伝しない。ただし特定の血筋に特定の加護が多く発現するのは割とよくある現象ではある。

 実のところ単色の加護というのはほとんどなく、大抵は二色あるいは三色の加護を持っている。例えばミカエラは青と赤の加護(青強め)なので、「青みの強い紫」という珍しい瞳の色になる。クレアの「赤みの強いピンク」は赤と白の加護を持つためだが、白よりも赤が圧倒的に強いため、神殿でやってもらえる加護判定では「赤加護」と判定されている。

 ただし加護魔術が習得できるほど篤い加護を二色以上獲得していることは稀で、そのためにミカエラの存在が目立っているわけだ。


 各色の加護持ちでなければ習得ができない“加護魔術”は加護の割合が30%を超えなければ扱えないとされていて、クレアは赤と白の割合が8対2なので赤のみ。ミカエラの場合だと青6赤4といったところ。

 ちなみにヴィオレは一見すると黒単色だが、実はかすかに紫がかった黒(黒9青0.5赤0.5)である。そしてレギーナは金の輝きを含んだ黄色の瞳。

 ……あれ、何やら珍しい加護が混じっているような……?

(『王子妃教育1日無料体験実施中!』参照)




いつもお読みいただきありがとうございます。


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