4-27.ダンジョン突入まで
狭い地下通路は騎士たちでごった返していた。焦ったような怒号が飛び交い、混乱している様子が伺える。先に向かったはずのアルベルトやアルタンの姿が見えないということは、すでにこの向こうに行ってしまっているのだろう。
「貴方、所属は?」
レギーナは手近な騎士を捕まえて質問する。
「なんだ、⸺っあ、だ、第五であります!」
「そう。第七はもう到着してるの?」
「はい、すでに奥に⸺ですが、」
つまり、一時的にふたつの騎士団が密集していて動きが取れなくなっている、ということなのだろう。
「第五の副団長か大隊長に伝えなさい。第五は直ちに全員撤収、地下から地上へ出る付近の守りに付くように、と」
「で、ですが⸺」
「勇者が来ているのに何か問題でも?心配しなくても、私の後ろには一匹も漏らさないわ」
騎士はまだ何か言いたそうだったが、グッと何かを飲み込む表情をすると「畏まりました」とだけ返答し、周囲に「おい、総員撤収だ!」と声を張り上げてから、ごった返す騎士たちの間を無理やりすり抜けるように奥へと進んでいった。おそらく指揮官クラスがまだ奥に留まったままなのだろう。
「こらあ、ちぃと人の捌けんとウチらが奥さい行かれんばい」
「まあ私は先に行くけどね。⸺あ、スレヤはここまででいいわ。持ち場に戻りなさい」
「は。どうかご武運を勇者様!」
ミカエラのボヤキに答えるが早いか、レギーナは詠唱して[空舞]を発動した。地下通路とはいえ天井の高さはそれなりにあり、彼女はスレヤの激励を背に騎士たちの頭上を宙を舞うように駆ける。
すぐに怒号と戦闘音が耳に届き始め、あっという間に先頭が見えてくる。
「負傷者はすぐに後方に下げて![治癒]の使える青加護の騎士の方に預けて下さい!」
アルベルトの声が聞こえてきた。すっかり聞き慣れた声だが、こんなに張り上げているのは初めて耳にする。
普段の穏やかな話し方とは全く印象が異なるのを少し不思議に感じるが、彼だって戦闘中はそれなりにらしいのだな、と自然と納得できた。
「戦闘は必ず三人組で!疲労を感じたり囲まれそうになったら全員で退いて次と交代して!」
「来たわよ!」
「あっ、レギーナさん」
「第五は直ちに全員退去!第七は一歩退いて、それから後方のミカエラたちを前に通しなさい!」
「えっ、しかし戦闘中ですぞ!」
先頭にいる騎士たちは醜人の群れを相手していて、退けと言われても簡単には退けなさそうだ。
「あんなの、彼とふたりで充分よ。⸺やれるでしょう?」
「えっ俺?⸺まあ、やれるけど」
「じゃ、行くわよ!」
言うが早いか、レギーナはアルベルトの返事も待たずに突っ込んだ。ドゥリンダナを抜き放ち、醜人と鍔迫り合いをする騎士の横をすり抜けざまに、騎士たちに当てないよう慎重に一閃する。それだけで醜人が胴を真っ二つにされ崩れ落ちた。
そのまま醜人の群れに軽く威圧を放てば、至近の個体は次々と気絶して崩れ落ち、群れの後方は恐れをなして地下へと逃げ戻っていく。
「な、なんて威圧⸺」
「ていうか貴方達、威圧も放てないの?」
「レギーナさん、対人戦闘向きの騎士たちには威圧を使えない人の方が多いんだよ」
「あら、そう言えばそうだったわね」
あっけらかんと言いながらレギーナは倒れた醜人たちの頭を潰してトドメを刺してゆく。アルベルトも、騎士たちもそれに倣い、すぐに全ての息の根を止めた。
そこへミカエラとクレアがやって来た。
「はー、ようやっと前さい来れたばい」
「ちょうど良かったわ。クレア、焼き払って」
「分かった。でもその前に、これ全部あそこに放り込んで」
そう言ってクレアが指さす先には、さらに地下へと降りる階段がある。魔物たちはそこから上がってきていたのだ。
「あっクレア、この先にはまだアルタン達がいるそうだから」
「えー、じゃあ[焼塵]も[炎砲]も使えないじゃん」
「いや使いんしゃんな」
結局クレアはぶつぶつ文句を言いながら、[火球]をいくつも連発して魔物の屍体を焼き払った。その後でミカエラが[水流]で押し流し、ようやく先に進めそうだ。
「ねえ、もっと広くて戦いやすい場所はないの?」
「は、この下がちょっとした広間のようになっておりますが⸺」
隊長格らしき騎士が応えるが、何やら言いよどむ。
「なによ、歯切れが悪いわね」
「その、そこには召喚陣らしきものがあり、さらに瘴脈が……」
「ほほーん。召喚陣のあるっちゅうことは、この瘴脈は人為的なももんっちゅうことか」
「いよいよもって度し難いわね」
つまりそれは、無属性魔術の[召喚]の応用で、人為的に瘴気をこの地下まで流し込んだということだ。そこまでして瘴脈を、ダンジョンを作りたかったということ。
「要するに、魔物たちを手懐けて南方戦線へ送りたかった…?」
「あー、ダンジョンば上手いこと保持しとけば魔物はなんぼでちゃ湧いてくるし、そればコントロール出来たら兵力には困らんごとなるたいな」
「人をバカにするにも程があるわ。勇者に魔物を率いさせて人の国へ攻め込ませるとか、どんな発想すればそんな悍ましい考えになるのよ!」
『ふむふむ。こりゃあ弾劾裁判だけじゃ終わらなそうっすね!』
マリーに聞かれている時点で、アナトリアは着実に破滅へと近づいてゆく。
「ばってんが、人為的にできた瘴脈ならダンジョンば制圧して封印すりゃあそれで終いたい」
「それじゃ、さっさと下へ降りましょ!」
そうしてレギーナたちは、最後の階段を降りていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
降りた先は、確かに大きく開けた空間になっていた。だがそこは人為的に掘ったものではなく、壁も床も天井も土や岩がむき出しの、自然の洞窟と呼べる場所だった。人為的なのは降りてきた階段と、その周囲の補強された壁だけである。
ただその広間の床面はある程度均されていて、その一面に魔術陣の痕跡がある。
「まちがいないよ、[召喚]の魔術陣。[方陣]と[固定]も組まれてる」
一瞥してクレアが陣の術式を見抜く。[方陣]が組み込まれているということは、ただの魔術陣ではなく強化済みの魔方陣ということだ。
「[方陣]に[固定]て。なら隠しとった間ずっと瘴気ば喚び込んどったっちゅうことな」
呆れとため息を隠そうともせずにミカエラが吐き捨て、目線を奥へと向けた。その先にあるのは夥しい瘴気を立ち昇らせる瘴脈、というよりさらに下へと続く穴と、その周りに湧き出る魔物たち、そしてそれを囲む騎士の一団。
「副団長!これキリがないですぜ!」
「口じゃなくて手ぇ動かせ!もうすぐ勇者様が来っからよ!」
「やってますよ!でももう保たねえっすよ!」
何やら言い合っているが、辛うじて抑えているといった雰囲気だ。その証拠に皆ボロボロで、無傷の者などひとりも居なさそうだ。
「クッ……!俺は、俺はここを生きて還ってあの娘にプロポーズするんだぁ!」
「おいバカやめろ、フラグ立てんな!」
…………いや、意外と余裕あるのかも知れない。
「じゃ、ミカエラは封印の準備をやってちょうだい。範囲は……そうね、この広場全域ってところかしら」
「それが良かろうね。封印内の空間も必要やし」
「じゃあ、ミカが終わるまで第七騎士団と交代して足留めすればいい?」
「そうね、三人いれば何とでもなるでしょ」
「えっ、俺も?」
当たり前でしょアルベルトくん。
「さ、行くわよ!」
そしてレギーナがアルベルトを待たずに走り出している。
「待たせたわね!後はもう任せて下がりなさい!」
そう叫んで魔物の群れに踊り込んだレギーナがドゥリンダナを一閃すると、それだけで数十は見えていた魔物たちがまとめて壁際まで吹っ飛ばされた。吹っ飛ばされただけでなく手足は千切れ、胴は真っ二つ、頭はかち割られて大半が絶命している。
「うぉわ、なんっ………は?」
「お、おい、今何が…………?」
「おい女、いきなり飛び込みやがって危ねえぞ!」
「いやいや副長、あれ勇者様だから」
「「「「「は?……え!? 」」」」」
唖然とする騎士たちのなか、やっと現れた勇者にひとり安堵するアルタンである。だが他の団員たちはレギーナとは初対面なので驚きを隠せない。
「いやあ助かりました勇者様。ぶっちゃけもうヤバかったっすわ」
「あなたね、戦えるって言うから任せたのに。人型なんてほとんど低ランクなのに、こんなのに苦戦してたら最下層まで降りれないわよ」
「いやいや、突入するのは勇者様にお任せしますよ〜」
親しげに話し出す上司と、ぶっきらぼうながらも答えを返す姫騎士を見て、騎士たちは唖然とするばかり。
えっこんなのが?こんな若い娘が勇者なの?
「気持ちは分かりますけど、間違いなく勇者様ですよ。実力も今見た通りで」
そんな騎士たちに苦笑しつつアルベルトが声をかけ、
「ちょっとそこ!また何か失礼なこと言ってるでしょ!」
すかさずレギーナにツッコまれている。
アルベルトとは先ほどまで一層上の皇城の最下層でも一緒だったので、第七の騎士たちも当然顔を覚えている。副団長だけでなく勇者の従者である彼までこの妙齢の美女をそう言う、ということは……
「えっ本物……?」
「うわマジか……」
「ていうかすっげぇ美人じゃん……」
「なんだっけ…………ああそう、“姫騎士勇者”!」
「「「「それな!」」」」
「強くて可愛いとか、やだなにそれ」
「「「「惚れんな!」」」」
どうも第七の騎士たちは大変仲がよろしいようです。
と、騎士たちがわちゃわちゃやっている間にも、ダンジョンからは新たな魔物たちが顔を出し始めている。
腹だけ膨れた痩せこけた小さな体躯と緑色の皮膚で襤褸布を腰に巻き、額に短い一本の角を生やした“小鬼”。
ドワーフのようなずんぐりした体形に粗末な鎧をまとった、潰れた醜い顔の“醜人”。
人間と変わらぬ体躯に薄汚れて黒ずんだ褐色の皮膚に額には短い2本角、これまた粗末な鎧と武器で身を固めた“醜鬼”。
さらには闇に堕ちたエルフの成れの果てとも言われる、暗褐色の肌に痩身で美貌の“闇妖精”までもが姿を現した。
その他にも醜く長い牙を生やした“牙狼”、朝鳴鳥の姿に蛇の尾を持つ“鶏蛇”、横に膨らんだ頭部に王冠のような真っ赤な鶏冠を生やした小さな蛇“王蛇”などがわらわらと湧いてくる。
「げっ、新手だ」
「マジかよ、もう動けねーぞ」
「おい誰か増援を呼、」
「[豪火球]⸺」
敵の新手に浮足立つ第七騎士団の騎士たちが、ダンジョン入口から一歩後ずさったその時。何とも場にそぐわない可愛らしい声で、とんでもない術式名が聞こえた。と同時に、直径50デジはあろうかという巨大な炎の塊が、湧き出して来る魔物たちに次々と襲いかかった。
巨大な火球は3つ、4つ、6つ、8つと次々と飛んでいき、さらに膨大な熱量を感じて振り返ると、そこにはまだいくつも同じサイズの火球を浮かせたクレアが立っている。
そしてその火球が飛んでいくたびに、地底から這い出て来た魔物たちが魔術の炎に巻かれ、灼かれ、次々と灰塵に帰してゆく。
「なっ……」
「ウソだろ…………」
「あんな子供が……」
「⸺そ、そうか、あれが“未完の魔女”」
「その名前、きらい」
「「「「あっスイマセン」」」」
「「「「悪気はないんで勘弁して下さい」」」」
息を呑む騎士たちがうっかり彼女の二つ名を呼んでしまい、クレアがむくれている。
だがそうこうしているうちに、新手の魔物たちはすっかり丸焦げになっている。闇妖精などは人間以上に魔術に耐性があるはずなのだが、どうやらクレアの術の方が上回っているらしい。
「さ、さすがは勇者パーティ……」
「俺らあんなに頑張ったのに……」
「まあしょうがないですよ。あの人たち“到達者”とか“達人”とかですからね」
「「「「「あー……」」」」」
あまりの実力差に打ちひしがれる騎士たちは、アルベルトのフォローでトドメを刺されてしまった。冒険者ランクで話が通じてしまうのは、それだけ普段は冒険者として活動しているメンバーが多いということだ。
「じゃ、ミカエラが簡易結界を張り終えたら突入するから。準備しなさい」
レギーナがアルベルトに声をかける。当然のように応えを返す彼を見て騎士たちが(やっぱ従者は連れてくんだ……)(ていうか知識はあるけどコイツ戦えんの?)(俺もついて行きたいけど多分死ぬ……)とか様々な感情を浮かべていたが、例によってアルベルトもレギーナも気付かなかった。
【二つ名】
皆さんお忘れでしょうけど、勇者レギーナの二つ名は“姫騎士勇者”です。一章11話でチラッと書いています。
クレアの二つ名“未完の魔女”はここが初出です。
ミカエラの二つ名は、次話で出てくるのでここでは書いていません。
なお、ヴィオレは普段から目立たないようにしているせいか、知られた二つ名はありません。
いつもお読みいただきありがとうございます。
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