4-26.ダンジョン
後書きの注記がだいぶ長いですけど、一応読んでおいて頂けるとありがたいです。
「戦況はどうなってるの?」
夜会に集められた招待客たちは、そのまま会場に留め置かれることになった。国の中枢にある要人たちを含めて数百人もの人数であるため、1ヶ所に固まっていてもらった方が守りやすいという判断だ。
会場の警護にはそれまで配置されていた皇城衛士隊ではなく、国の最精鋭である皇国第一騎士団が総員配置された。
「どうも封印して隠蔽されてたようなんですがねえ、解けちゃったみたいで」
「そんなのは分かってるわ。どこまで押し込まれてるのかって聞いてるの」
皇帝をはじめ皇族は全員が皇宮に引き上げた。広い皇城でも、最奥に位置する皇宮がもっとも堅牢で防御性に優れているのは言うまでもない。
皇宮を守備するのはもちろん、皇室直属の皇国親衛騎士団である。彼らは皇族が大広間を退出する段階から付き従い、皇族と皇妃を取り囲んで厳重に警護していった。
「ランクの低い魔獣や魔物程度なら何とかなるんですがね、さっきのはこっちの態勢が整う前に出て行っちゃったらしいんすよね」
「あれはいいわ、下手に手を出しても死ぬだけだから。他は?」
そう、無残にも胴体を真っ二つにされた皇国騎士団総騎士団長のように。
「最初は巡回衛士が押し留めて、すぐに増援の第五騎士団第一大隊が交代してます。魔術師団と一緒に、今は何とか地下から出さないよう防いでる形っすね」
「私達が行くまでそのまま抑えさせて。⸺で?皇太子は見つかったの?」
「親衛騎士団と皇宮衛士隊が血眼になって探してますけどね」
「話にならないわ」
皇太子の姿はどこにも見えなかった。給仕の侍女が会場を出ていったのを目撃していて、すぐに会場警護の衛士騎士に伝え、即座に捜索が開始されたが見つからないらしい。
「第七騎士団も全員呼び寄せて」
「言われなくたってもう総員招集かけてますよ、勇者様。第五と交代するよう指示されてます」
会話を重ねているのは勇者レギーナと、第七騎士団副団長のアルタン・イスハークである。ちなみに副団長というのは第一から第七まである騎士団をそれぞれ束ねる事実上の団長であり、騎士団長の名を与えられているのは全体を統括する総騎士団長ただひとりであるため、役職名として副団長を名乗っている。
まあその総騎士団長はすでに名誉の殉職を果たしたわけだが。なので現在の騎士団の総指揮は、代行として第一副団長が担っている。
「あなたの隊は戦えるんでしょうね?」
「第七は使い捨ての平民騎士ばっかりですからね、実戦経験が豊富なのだけが取り柄ってやつです」
「ならいいわ」
第七騎士団は皇太子主催の夜会に合わせて、皇城の敷地内警備を担当していた。副団長であるアルタンも蒼薔薇騎士団の居住スペースから呼び出されてその指揮を取っていたのだが、夜会の会場をいきなり魔族に襲われて総騎士団長まで殉職したものだから、慌てた第一副団長によって城内に緊急招集されていた。それでアルタンの顔を見かけたレギーナに声をかけられ、現在はふたりで情報のすり合わせをしているところだ。
ちなみにアナトリアの皇国騎士団は第一が皇都防衛、第二が現在は前線部隊として南方戦線に張り付いている。第三が国の東部の地方防衛、第四が同じく国の西部の地方防衛、第五が国の中央部の地方防衛、第六が遊撃部隊にして情報部隊、そして第七が予備役という名の使い捨てである。
「それと、今の総指揮は第一副団長、でいいのかしら?」
「そうっすね。⸺おーい、第一の。勇者様がお呼びですぜ」
アルタンの呼びかけに気付いて、少し離れた所で指示を飛ばしていた第一副団長がレギーナの元へとやって来る。壮年の、いかにも堅物そうな雰囲気の大柄な男だ。
「お呼びでございますか」
「ええ。これから私たちはダンジョンへ潜るけど、終わったら封印するから魔術師団も地下へ向かわせてちょうだい。全員ではなく、儀式魔術で封印を担えるような実力者が数名いればいいわ。あと念のため、青加護と白加護の法術師も手配して」
「承りました。ですが拝炎教には封印の術がなく」
「だったら神教神殿から派遣させて。この街にも神殿はあるでしょう?」
「なるほど、ではそのように致しましょう」
第一副団長は拒否することもなく、頭を下げて離れて行った。その態度や表情には、レギーナを女と見下す様子は特に見られなかった。緊急事態に勇者の意向に逆らうほど狭量でも尊大でもなさそうだ。
あとは、この場に姿の見えない魔術師団がどういう対応を取るかだが、そこについては協力的であることを願うしかない。最悪の場合、ミカエラとクレアだけで儀式魔術を組むことにもなりかねないが、それはそれで蛇王の再封印の予行演習にはなりそうである。
「じゃ、勇者たちは一旦戻って装備を整えてくるから、それまで持ちこたえさせなさい。ただし決して突入しないように。そして私たちが到着し次第、最前線まで案内しなさい」
「じゃあスレヤを付けますんで、彼女に案内させましょう」
「スレヤって、彼女は第五の所属でしょう?あなたとは指揮系統が違うんじゃない?」
当然の疑問をレギーナが呈すると、アルタンは少しだけ顔を近付けて小声になった。
「彼女、実力は確かなんですがね、女だから後方支援とか伝令ばっかりやらされてるんですわ」
そう言われれば納得せざるを得ない。いや納得すらしたくはないのだが、男尊女卑のアナトリアではどうしてもそういう扱いなのだろう。
第五騎士団は最初に接敵した隊であるため、第七との交代にあたって引き継ぎが発生している。スレヤが伝令役であるのなら、一時的にアルタンの指揮下にも置かれているのだろう。
「じゃ、スレヤを呼んで頂戴」
「居室の方へ行くよう指示しておきます」
今この場でスレヤの扱いに異議を唱えても詮無いことだ。だからレギーナはミカエラやクレアとともに大広間から居室へと足を向ける。案内は控室までついて来ていたべステだ。
「レギーナさん!」
と、そこへ声をかけてきた男がいて、見るとアルベルトが駆け寄ってくるではないか。彼はもうすでに愛用の革鎧を着込んで準備万端、腰にはこれまた愛用の片手剣も提げていて、大きな背嚢まで背負っている。
「え、あなたも来たの?」
「だってこの感じ、瘴脈が湧いてるんだよね?だったら戦い手は多いほうがいいと思って。それに騎士たちは対人戦闘には慣れてるだろうけど、対魔物は不慣れなんじゃないかな?」
つまりアルベルトは、魔物相手なら冒険者としてキャリアの長い自分が役に立つと言っているのだ。
確かに、そう言われれば一理ある。
「そうね。じゃ、あなたはアルタンの隊と一緒に一足先に向かっておいてくれる?」
「うちの隊が最前線に出るんで、サポートしてもらえるのなら有り難い」
「分かったよ。じゃあ急がないと」
「魔族が既に一匹突破してきているから、油断しては駄目よ。他にもいるかも知れないわ」
「了解。何とか頑張ってみるよ」
そうしてアルベルトはアルタンとともに地下へ、レギーナたち蒼薔薇騎士団は上階の居室へと、それぞれ駆け出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
レギーナたち蒼薔薇騎士団は駆け足で居室まで戻ると、可能な限り急いでドレスを脱ぎ、部屋に上げていた装備を整える。念のために、というか最終的に血路を切り開いて皇城を脱出する事までほぼ想定していて、居室に装備一式を持ち込んでいたのだ。
「ウチは別にこんままでも良かっちゃけど」
「その礼装ダメにしたら主祭司徒から怒られるんでしょ?いいから着替えなさいよ」
若干めんどくさそうなミカエラにレギーナがツッコむ。その隣ではクレアがそそくさといつもの漆黒のローブを羽織って三角帽子を被ろうとしている。
三人はすぐに準備を整えて、ちょうどそのタイミングでやって来たスレヤの案内で地下の入り口を目指す。べステたち侍女は部屋の中で待機させて、絶対に外に出ないよう厳命しておいた。
「戦況は?」
「今のところはランクの低い魔獣や魔物が大半ですが、とにかく数が多くて!それに場所も狭いので苦戦してます!」
「マリー、ダンジョンの強度と想定される敵のランクを教えなさい!」
『はいはいレギーナ氏。えー、皇城の地下ダンジョンは生成直後でおよそ10階層と推定、想定される敵ランクは“黒”っすね!』
「凄腕!?じゃああの魔族は何なの!?」
あっさりと倒したようにも見えるが、あの魔族はランク的には“凄腕”どころか“達人”に届きそうな実力の持ち主だとレギーナは感じていた。最初から出し惜しみせずにドゥリンダナを“開放”したのは、実は戦いを長引かせたくなかったからである。
もしあの場でドゥリンダナを携えていなければ、おそらくはそれなりに手こずるハメになっていた事だろう。そうなれば全てが後手に回っていたかも知れなかった。
『あれは瘴気に惹かれて外からやって来たやつっす!ダンジョン内にはおそらくあのレベルのやつは居ないっすね!』
「ってことは放っといたら外からどんどん集まって来ちゃうってことじゃない!」
『そうなるっすね』
そんなことになったらたちまち城内は阿鼻叫喚の煉獄と化すだろう。そうなる前に、最低でも封印を施さなくてはならない。
大地から瘴気の湧き出る瘴脈は、放っておくとどんどん瘴気を湧き出させ周囲の動植物を汚染していく。そうして魔獣や魔樹、魔花などが発生すると言われている。稀に山奥などで湧いて人知れず時だけが経過した瘴脈があると、それは動植物だけでなく土地そのものを汚染し始める。
そうなるとどうなるか。土地の汚染が一定値を超えると、瘴脈を中心にその地下にダンジョンが発生するのだ。
ダンジョンは最初は数階層から十数階層の低層ダンジョンとして形成され、中には魔獣や魔物が姿を現す。ダンジョンとなってからもさらに放置された場合、階層はどんどん深くなり発生する魔物もランクが跳ね上がっていく。そうして最終的には、ダンジョンそのものが魔王を生み出すのだ。
過去の事例で何度かそうして顕現した魔王が確認されていて、それらは“迷宮王”と通称されている。中でももっとも有名なのは「両刃斧宮の牛魔王」だろうか。牛人族の種族名の語源となった魔王である。
牛人族はその牛魔王に姿形が似ているとしてそう呼ばれるようになったのだが、そのせいで長らく迫害される不遇の時代を過ごしたという。もちろん今は無関係だと周知されていて、牛人族は傭兵や隊商護衛などで人間社会に混じって暮らしている。
「ねえ、瘴脈がどれほど放置されていたか予測はつくかしら?」
『そっすねえ、推測にしかならないっすけど、まあ陰謀と同期間ぐらいの想定はしておく方がいいかも知れんっすね』
「じゃ、警戒するに越したことはないわね」
さすがに皇城地下の発生直後のダンジョンにいきなり魔王が顕現することまではないだろうが、封印され閉じ込められていた瘴気が全て地下に向かっていたと仮定すれば、自ずと警戒度が跳ね上がる。この時点でレギーナは想定敵ランクを“達人”に定めた。
「ダンジョンアタックとか久々やなあ」
「今日中に終わらせるとか、ちょっと大変かも…」
今日中、というか今夜中にである。何しろ明日の朝にはアナトリアは勇者条約批准国から外れてしまうのだから。そうなるとレギーナが勇者としてダンジョンを攻略すること自体ができなくなってしまうため、最低でもダンジョン踏破にメドがつくところまで進めなくてはならないのだ。
そして今日は、もうすでに陽神が沈んでしまった後なのだ。
「⸺ああもう!戻ったらただじゃおかないからね!覚悟しなさいよ皇后ハリーデ!」
悪態をつきながらもレギーナたちは駆ける。
ダンジョン入口のある、地下へ向かって。
【冒険者ランクと該当冒険者】
冒険者のランクは8段階。それ以上が2種類あります。
以下、ランクと主な該当冒険者を。他作品の登場人物や本編未登場の人物も少し書いてます。
〖一般冒険者〗
“駆け出し”(認識票は白)
・アリア
“見習い”(認識票は黄)
・ミック
“一人前”(認識票は緑)
・アルベルト
“腕利き”(認識票は青)
・フリージア
・ファーナ
・アナスタシア(先代勇者パーティ。死亡時)
・ディアーヌ(『公女さまが殿下に婚約破棄された』)
“熟練者”(認識票は赤)
・ザンディス(土妖精)
・ザンディ(巨人族)
・ロンメル(ユーリの同期)
※凄腕相当の実力があるが、自身のパーティを二度全滅させたことがあり審査で落とされている
・アンジェラ(『わたくしの望みはただひとつ!』)
・マイン(同上)
・“黒旋”
・“賽の目”
〖高位冒険者〗
“凄腕”(認識票は黒)
・“死神”
・“影跳び”
“達人”(認識票は銀)
・ヴィオレ
・クレア
・“シノビ”
・サーヤ
※冒険者登録がないので暫定ランク
〖勇者相当〗
“到達者”(認識票は金)
・レギーナ(当代勇者候補)
・ミカエラ
・ヴォルフガング(当代勇者候補)
・リチャード(当代勇者候補)
・ジョーダン(先々代勇者パーティ法術師)
・マリア(先代勇者パーティ法術師/巫女)
・マスタング(竜人族/先代勇者パーティ魔術師)
・ナーン(先代勇者パーティ探索者)
※現在は消息不明
〖認定勇者(とその仲間)限定〗
“頂点”(認識票は白金)
・ロイ(先々代勇者)
・ユーリ(先代勇者)
・バーブラ(先々代勇者パーティ吟遊詩人)
・ギイ(先々代勇者パーティ魔術師/賢者の学院大導師)
・ザラック(先々代勇者パーティ戦士)
・ネフェルランリル(森妖精/先代勇者パーティ狩人)
〖それ以上〗
“超越者”
超越者は「神理を超越した者」とされ、有史以来数人程度しか該当者がないとされる。冒険者ランクではなく、一種の称号のようなもの。一般にも知られていない。
現代で該当すると考えられるのは以下の2名。
・クリスチャン・ローゼンクロイツ(ブロイス帝国筆頭宮廷魔術師)
※存在すると言われているが、人前に出たことはない
・シルレシルラワレイファス(森妖精の女王)
※エルフの都である森都シルウァステラの女王でネフェルランリルの姉
【敵ランク】
敵ランクは冒険者ランクを流用し、冒険者認識票の色で表すことにします。
これがそのまま、依頼難度の表示に適用されます。
以下、ランクと主な敵を挙げておきます。まだ出てないモンスターもチラホラと書いてますが、まあ気にしないで下さい。
“駆け出し”
該当なし
“見習い”
・樹蛇
・小鬼
“一人前”
・黒狼
・醜人
・醜鬼
“腕利き”
・洞窟猪
・蛇竜
・河竜
・一角兎
・二角馬
・鶏蛇
・王蛇
・闇妖精(一般)
・鬼人族
“熟練者”
・灰熊
・翼竜
・脚竜(アロサウル種)
・三角馬
・翼狼
・闇妖精(魔術師)
・闇鬼人族
・緑鬼
“凄腕”
・脚竜(ティレクス種)
・氷狼
・鷲獅子
・単眼巨人
“達人”
・巨竜
・百手巨人
“到達者”
・血鬼(吸血魔)
“頂点”
・魔王
・血祖(吸血魔)
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